![]()
このページをご覧の方の中で、朝鮮総督府編纂『普通学校国語読本』について、その所蔵先等情報をお持ちの方がいらっしゃいましたら、メールで教えていただけないでしょうか。よろしくお願いいたします。
ここに示したりストは、私の博士論文執筆にあたって収集したものが中心となっています。実物と、図書館等の収蔵物からの複写とがあります。
ここに挙げた『国語読本』(『日語読本』を含む)の体系的な研究はまだ行われていないといっても過言ではない状態です。今日まで進められてきた教科書の研究では見落とされてきたことがいくつもあります。おそらく、研究を進めていく上で、更に新たな視点が提供されていくことになるでしょう。
表に示すデータは、私の博士論文で必要となったデータです。つまり、「書名」、「初版発行年月日」、「所有している読本の発行年月日」、「使用年度符号」、「印刷所・または発行所」の6項目です。私の調査したところによると、教科書に掲載されている教材はもとより、日本語の動詞の活用や句読点の位置などに至るまで、「版」によって異なることがわかっています。詳細は、論文をご覧ください。論文がご覧になれない方、簡単に解説してほしいという方は、メールでお問合せください。可能な範囲内で対応いたします。
資料の複写を快くお許しくださった成城学園大学教育研究所様、東書文庫様、韓国国立中央図書館様、ソウル大学校中央図書館様、久留米大学研究員の朴英淑さんに心からの謝辞を申し上げます。
大まかな時期区分を下に示します。この時期区分は、「内地」の時期区分と対照させていますが、「内地」のほうは巻一使用開始年度による区分であり、朝鮮のほうは巻一初版発行年による区分であることをお断りしておきます。
| 「内地」 | 朝鮮 | |
| 1904(明治37)年 | 国定第一期 | |
| 1909(明治42)年 | 旧学部期学徒本 | |
| 1910(明治43)年 | 国定第二期 | (同 訂正本) |
| 1912(明治45)年 | 朝鮮第一期 | |
| 1918(大正7)年 | 国定第三期 | (同 部分改訂) |
| 1923(大正12)年 | 朝鮮第二期 | |
| 1930(昭和5)年 | 朝鮮第三期 | |
| 1933(昭和8)年 | 国定第四期 | |
| 1937(昭和12)年 | (同 部分改訂) | |
| 1939(昭和14)年 | 朝鮮第四期 | |
| 1941(昭和16)年 | 国定第五期 | |
| 1942(昭和17)年 | 朝鮮第五期 |
ここに示した「部分改訂」というのは、奥付から確認できるいわば「明示された部分改訂」であるといえます。調査によって、それ以外の「部分改訂」、いわば「明示されない部分改訂」の存在も確認されました。それは、リストの「符号」の違い、または「版」の違いによるものと考えています。
旧学部期には、4種類の読本が存在していたと考えています。発行時期によって、「学部本」、「大倉本」、「学徒本」、「訂正本」にわけられます。この4種類の異同については、上田(2000)をご覧ください。
| 書名 | 区分 | 初版発行年月日 | 該当書発行年月日 | 版 | 使用年度符号 | 印刷所または発行所 |
| 日語読本 巻一 | 学部本 | 不明 | 不明 | − | 無 | 学部編輯局 |
| 大倉本 | 大倉書店 | |||||
| 日語読本 巻一 | ||||||
| 日語読本 巻二 | ||||||
| 日語読本 巻三 | ||||||
| 日語読本 巻四 | ||||||
| 日語読本 巻一 | 光武11(1907)年2月 | 光武11(1907)年2月 | ||||
| 日語読本 巻二 | 光武11(1907)年2月 | 光武11(1907)年2月 | ||||
| 日語読本 巻三 | 光武11(1907)年2月 | 光武11(1907)年2月 | ||||
| 日語読本 巻四 | 光武11(1907)年2月 | 光武11(1907)年2月 | ||||
| 日語読本 巻五 | 隆煕2(1908)年3月 | 隆煕2(1908)年3月 | ||||
| 日語読本 巻六 | 隆煕2(1908)年3月 | 隆煕2(1908)年3月 | ||||
| 日語読本 巻七 | 隆煕2(1908)年3月 | 隆煕2(1908)年3月 | ||||
| 日語読本 巻八 | 隆煕2(1908)年3月 | 隆煕2(1908)年3月 | ||||
| 普通学校学徒用日語読本 巻一 | 学徒本 | 光武11(1907)年2月1日 | 隆煕3(1909)年11月1日 | 第五版 | ||
| 普通学校学徒用日語読本 巻二 | ||||||
| 普通学校学徒用日語読本 巻三 | ||||||
| 普通学校学徒用日語読本 巻四 | 隆煕3(1909)年3月15日 | 第四版 | ||||
| 隆煕3(1909)年11月1日 | 第五版 | |||||
| 普通学校学徒用日語読本 巻五 | 隆煕2(1908)年?月1日 | 隆煕3(1909)年?月?日 | 第三版 | |||
| 普通学校学徒用日語読本 巻六 | 隆煕2(1908)年3月1日 | 隆煕3(1909)年11月1日 | ||||
| 普通学校学徒用日語読本 巻七 | ||||||
| 普通学校学徒用日語読本 巻八 | 隆煕2(1908)年?月1日 | 隆煕3(1909)年?月?日 | ||||
| 訂正普通学校学徒用国語読本 巻三 | 訂正本 | 明治44(1911)年3月15日 | 明治45(1912)年3月15日 | 第四版 | 朝鮮総督府印刷局 | |
| 訂正普通学校学徒用国語読本 巻四 | ||||||
| 訂正普通学校学徒用国語読本 巻八 | 明治44(1911)年12月15日 |
| 書名 | 初版発行年月日 | 該当書発行年月日 | 版 | 使用年度符号 | 印刷所または発行所 | |
| 普通学校国語読本 巻一 | 大正元(1912)年12月15日 | 大正元(1912)年12月15日 | 初版 | 無 | 総務局印刷所 | |
| ○ | 大正4(1915)年12月15日 | 第七版 | ||||
| 大正7(1918)年2月25日 | 訂正再版 | |||||
| 普通学校国語読本 巻二 | 大正2(1913)年1月15日 | 大正2(1913)年4月20日 | 再版 | |||
| ○ | 大正4(1915)年12月25日 | 第六版 | ||||
| 大正7(1918)年11月5日 | 訂正増刷 | |||||
| 普通学校国語読本 巻三 | ○ | 大正2(1913)年2月15日 | 大正4(1915)年12月15日 | 第六版 | ||
| 大正8(1919)年6月25日 | 訂正増刷 | |||||
| 普通学校国語読本 巻四 | ○ | 大正3(1914)年7月5日 | 第三版 | |||
| 大正8(1919)年10月30日 | 訂正増刷 | |||||
| 普通学校国語読本 巻五 | 大正3(1914)年2月15日 | 初版 | ||||
| ○ | 大正4(1915)年2月25日 | 第三版 | ||||
| 大正8(1919)年4月15日 | 訂正増刷 | |||||
| 大正10(1921)年10月30日 | 訂正増刷 | 凸版印刷株式会社 | ||||
| 普通学校国語読本 巻六 | 大正3(1914)年12月5日 | 大正4(1915)年2月25日 | 再版 | 総務局印刷所 | ||
| ○ | 大正5(1916)年1月28日 | 第三版 | ||||
| 大正8(1919)年11月30日 | 訂正増刷 | |||||
| 普通学校国語読本 巻七 | 大正4(1915)年3月15日 | 大正4(1915)年3月15日 | 初版 | |||
| ○ | 大正4(1915)年12月20日 | 第三版 | ||||
| 普通学校国語読本 巻八 | 大正4(1915)年10月15日 | 大正4(1915)年10月15日 | 初版 | |||
| ○ | 大正5(1916)年1月15日 | 再版 |
○は、平成12年3月15日発行の『福岡教育大学附属図書館蔵普通学校国語読本』(朴英淑)所収のものです。版によって内容が異なることが、上田の調査によって明らかになっており、異同は博士論文に全て記してあります。
| 書名 | 初版発行年月日 | 該当書発行年月日 | 版 | 使用年度符号 | 印刷所または発行所 | |
| 普通学校国語読本 巻一 | 大正12(1923)年1月15日 | 大正12(1923)年1月15日 | 初版 | 無 | 株式会社 秀英舎 | |
| ○ | 大正12(1923)年9月3日 翻刻 | 大正12(1923)年9月3日 翻刻 | ほ | 朝鮮書籍印刷株式会社 | ||
| 普通学校国語読本 巻二 | 大正12(1923)年9月15日 | 大正12(1923)年9月15日 | ほ | ? | ||
| ○ | と | 朝鮮書籍印刷株式会社 | ||||
| ち | ||||||
| 普通学校国語読本 巻三 | 大正11(1922)年12月15日 大正12(1923)年5月10日 翻刻 |
大正11(1922)年12月15日 大正12(1923)年5月10日 翻刻 |
無 | |||
| 大正12(1923)年5月10日 | 大正12(1923)年5月10日 | に | ||||
| ほ | ||||||
| ○ | と | |||||
| 普通学校国語読本 巻四 | 大正12(1923)年9月20日 | 大正12(1923)年9月20日 | 無 | |||
| ○ | 13 | |||||
| と | ||||||
| ほ | ||||||
| 普通学校国語読本 巻五 | 大正12(1923)年1月15日 大正12(1923)年5月30日 翻刻 |
大正12(1923)年1月15日 大正12(1923)年5月30日 翻刻 |
無 | |||
| ○ | 大正12(1923)年2月15日 大正12(1923)年5月30日 翻刻 |
大正12(1923)年2月15日 大正12(1923)年5月30日 翻刻 |
13 | |||
| 大正12(1923)年5月30日 | 大正12(1923)年5月30日 | は | ||||
| と | ||||||
| 普通学校国語読本 巻六 | 大正12(1923)年9月20日 | 大正12(1923)年9月20日 | 無 | |||
| ○ | 13 | |||||
| ほ | ||||||
| り | ||||||
| 普通学校国語読本 巻七 | 大正13(1924)年1月18日 大正13(1924)年1月31日 翻刻 |
大正13(1924)年1月18日 大正13(1924)年1月31日 翻刻 |
無 | |||
| 大正13(1924)年1月31日 | 大正13(1924)年1月31日 | は | ||||
| ○ | ち | |||||
| 普通学校国語読本 巻八 | 大正13(1924)年8月18日 大正13(1924)年8月31日 翻刻 |
大正13(1924)年8月18日 大正13(1924)年8月31日 翻刻 |
13 | |||
| 大正13(1924)年8月31日 | 大正13(1924)年8月31日 | ほ | ||||
| ○ | ほ |
この時期から、普通学校は6年に延長されました。従来は4年でした。とはいっても、朝鮮では最後まで義務教育制度は導入されませんでしたから、途中で止めていく児童も、学校へ通えない児童も当然存在しました。教科書は、各学年2冊使用するので、実際には12巻まで必要ですが8巻までしか編纂されていません。9から12までは内地の国定読本を代用していたという記述が見られます。しかし、内地の国定読本は、この時期2種類使用されていました。他の時期は1種類なのですが。朝鮮でどちらの教科書が使用されていたのか、現在のところ、わかっていません。
また、この時期から使用年度符号が記されるようになります。使用年度符号は、内地の国定読本にも見られるものですが、同じ年度に同じ符号がつけられているのではありません。朝鮮における国語読本の符号と使用年度の対応(推測)は、次の通りです。
| 年度 | 1924 | 1925 | 1926 | 1927 | 1928 | 1929 | 1930 | 1931 | 1932 | 1933 | 1934 | 1935 | 1936 | 1937 | 1938 | 1939 | 1940 | 1941 | 1942 | 1943 | 1944 | 1945 |
| 符号 | 13 | ろ | は | に | ほ | へ | と | ち | り | ぬ | る | を | わ | か | よ | た | れ | そ | つ | ね | な | ら |
これら符号は、数字を除き全て変体仮名で記されています。フォントの関係上、通常のひらがなで記していることをお断りしておきます。そして、朝鮮第1期で版による違いがあることを述べましたが、この時期の読本は基本的に奥付からは初版発行年月日しかわかりません。『訂正』の文字は奥付には記されていないのです。しかしながら、使用年度符号による違いはかなり見られ、その異同データは博士論文にすべてあげてあります。
○は、あゆみ出版さんから復刻出版されたものです。版の違いによる内容の違いがあることが上田の調査によって明らかになっており、異同は博士論文に全て記してあります。
| 書名 | 初版発行年月日 | 該当書発行年月日 | 版 | 使用年度符号 | 印刷所または発行所 |
| 普通学校国語読本 巻一 | 昭和5(1930)年2月5日 | 昭和5(1930)年2月5日 | 初版 | ち | 朝鮮書籍印刷株式会社 |
| 普通学校国語読本 巻二 | 昭和5(1930)年9月15日 | 昭和5(1930)年9月15日 | ち | ||
| 普通学校国語読本 巻三 | 昭和6(1931)年3月28日 | 昭和6(1931)年3月28日 | わ | ||
| 普通学校国語読本 巻四 | 昭和6(1931)年9月25日 | 昭和6(1931)年9月25日 | わ | ||
| 昭和12(1937)年8月28日 | 改訂 | よ | |||
| 普通学校国語読本 巻五 | 昭和7(1932)年1月20日 | 昭和7(1932)年1月20日 | 初版 | り | |
| 昭和12(1937)年2月20日 | − | か | |||
| 普通学校国語読本 巻六 | 昭和7(1932)年9月25日 | 昭和12(1937)年8月28日 | 改訂 | よ | |
| 普通学校国語読本 巻七 | 昭和8(1933)年3月25日 | 昭和8(1933)年3月25日 | 初版 | ぬ | |
| 昭和12(1937)年12月20日 | 改訂 | よ | |||
| 普通学校国語読本 巻八 | 昭和8(1933)年11月15日 | 昭和8(1933)年11月15日 | 初版 | る | |
| わ | |||||
| 国語読本 巻八 | 昭和12(1937)年8月28日 | 改訂 | た | ||
| 普通学校国語読本 巻九 | 昭和9(1934)年3月25日 | 昭和9(1934)年3月25日 | 初版 | る | |
| 昭和12(1937)年2月20日 | 改訂 | よ | |||
| 普通学校国語読本 巻十 | 昭和9(1934)年10月5日 | 昭和9(1934)年10月5日 | 初版 | を | |
| 国語読本 巻十 | 昭和12(1937)年8月28日 | 改訂 | れ | ||
| 普通学校国語読本 巻十一 | 昭和10(1935)年3月31日 | 昭和10(1935)年3月31日 | 初版 | を | |
| 国語読本 巻十一 | 昭和13(1938)年2月28日 | 改訂 | よ | ||
| 普通学校国語読本 巻十二 | 昭和10(1935)年9月30日 | 昭和10(1935)年9月30日 | 初版 | わ |
この時期、学校制度が変わりました。第三次朝鮮教育令によるものです。しかしながら、教科書の改訂は間に合わなかったらしく(朝鮮第4期は1939年から)、教科書の表紙に掲げられた題目から『普通学校』という文字がなくされたり、あるいは、印刷後、消されたりしています。使用年度符号が異なる場合、朝鮮第二期と同様に、同じ発行年月日のものであっても内容に異なりが見られます。この時期に行われた改訂(1937年から38年にかけて)では、教材の題目だけ見ると変化がないようなものでも、内容はかなり書き換えられていることがわかりました。
| 書名 | 初版発行年月日 | 該当書発行年月日 | 版 | 使用年度符号 | 印刷所または発行所 |
| 初等国語読本 巻一 | 昭和14(1939)年3月10日 | 昭和14(1939)年3月10日 | 初版 | た | 朝鮮書籍印刷株式会社 |
| れ | |||||
| 初等国語読本 巻二 | 不明 | 不明 | 不明 | 不明 | 不明 |
| 初等国語読本 巻三 | 昭和15(1940)年5月31日 | 昭和15(1940)年5月31日 | 初版 | れ | 朝鮮書籍印刷株式会社 |
| 初等国語読本 巻五 | 昭和16(1941)年3月31日 | 昭和16(1941)年3月31日 | そ | ||
| 初等国語読本 巻六 | 昭和16(1941)年9月20日 | 昭和16(1941)年9月20日 | つ | ||
| 尋常科用小学国語読本 巻八 | 昭和16(1941)年10月5日 | 昭和16(1941)年10月5日 | つ | ||
| 尋常科用小学国語読本 巻十二 | 昭和14(1939)年9月10日 | 昭和14(1939)年9月10日 | れ |
この時期の教科書の収集は非常に困難です。朝鮮第四期という期間が3年しかなかったことが、発行部数の少なさに現れていると考えられます。朝鮮総督府は、巻6までを編纂し、残りの巻は内地のものを朝鮮書籍印刷株式会社が翻刻して使用していました。
| 書名 | 初版発行年月日 | 該当書発行年月日 | 版 | 使用年度符号 | 印刷所または発行所 |
| ヨミカタ 二ネン上 | 昭和17(1942)年3月30日 | 昭和17(1942)年3月30日 | 初版 | つ | 朝鮮書籍印刷株式会社 |
| よみかた 二年下 | 昭和17(1942)年9月20日 | 昭和17(1942)年9月20日 | 初版 | ね | |
| 初等国語 第四学年上 | 昭和18(1943)年3月25日 | 昭和18(1943)年3月25日 | 初版 | ね | |
| 初等国語 第四学年下 | 昭和18(1943)年9月20日 | 昭和19(1944)年10月30日 | 第二版 | ら | |
| 初等国語 第五学年上 | 昭和19(1944)年2月28日 | 昭和19(1944)年2月28日 | 初版 | な | |
| 初等国語 第五学年下 | 昭和19(1944)年10月10日 | 昭和19(1944)年10月10日 | 初版 | ら | |
| 初等国語 第六学年上 | 昭和19(1944)年2月10日 | 昭和19(1944)年2月10日 | 初版 | な | |
| 初等国語 第六学年下 | 昭和19(1944)年9月15日 | 昭和19(1944)年9月15日 | 初版 | ら |
朝鮮人児童が主に行く学校、内地人児童が主に行く学校、このような区別は学校制度が内地と統一されても残っていました。それは、この教科書の使用についての総督府の資料からわかることです。この時期の教科書は、他の時期に比べ、格段に紙の質が悪くなってきており、物資が欠乏していた状況を如実に反映しています。実際、活字を鋳るための金属なども統制の元に置かれており、原則として明朝体とゴシック体以外の活字の製造が止められていたようです。教科書には教科書体という活字が用いられています。これも、内地の教科書で試された後で導入されたようです。
![]()