助手さんのひとりごと

6月30日までのものは、こちらに移しました。

8月30日までのものは、こちらに移しました。

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12月30日までのものは、こちらに移しました。

2月28日(木曜日)

 ネット上の朝鮮日報日本語版でこんな記事を見た。詳しくはここをクリック。こんなことする必要があるのかしらん? だいたい、「1週間に7〜10の習い事をしている」なんてのが普通のようにかかれているのも異常だし、それに加えて遊ぶことにまで家庭教師をつけようという発想も受け入れにくいなあ、僕には。韓国はどこへ向かっていくのだろう…。まあ、外国なのだから自分が理解できないといって非難することはないのだから、なるほどと思ってみていたらいいのだろうけれども、韓国では10年位前は早期教育のブームがあって、小学校入学なども年齢をごまかして入学させようと努力したり、幼稚園の段階から山のような習い事に通わせるという状態だったが、今では全く逆で、小学校入学を1年遅らせるというのがブームだという。確かに、うちの娘や妻のように年度末生れの人間は、小学校などでは明らかに発育に差が出ていて苦労したというから小学校入学を1年遅らせることによって、十分授業についていける状態で入学させたいという気持ちもわからないではないのだが、ブームに左右されて子供の教育はしたくないなあというのが、こういう記事を読んだ時の僕の感想。

 韓国は、いろんな分野で最先端と考えられていることをしようという雰囲気に包まれるのが早い。少人数学級の導入や、英語の早期教育などもその一つだろう。だが、そういうことに踏み切るのが非常に急で、教員数が足りないということが制度が動き始めて問題になったりしている。教員の確保をした後では手遅れになるというのだろうか。まあ、日本のほうは遅々として進まず、手遅れになるということも多いけど。

 話は変わるが、ダイナモのついているラジオというものを入手した。普通の電源でも、乾電池でも、また、本体についているハンドルを回して発電しても聞くことが出来るというラジオ。以前、ぜんまい式のラジオがあるという話を聞いたが、これはダイナモ。ぜんまい式というのも非常に興味をそそったのだが、なかなか見当たらず、といってネット上で検索してまでと思っていたら、ダイナモ式のラジオが見つかった。まあ、非常用を兼ねたラジオを一つと思っていたので。ダイナモによる1分の充電で30分稼動する。ラジオについているハンドルをぐるぐると回すわけだ。
 阪神大震災のとき、被災地に送ったもので歓迎されたものの一つに携帯式テレビと乾電池というのがあったが、情報が途絶するというのが一番の不安だから、なるほどと思った。歓迎されたものには、濡れたお絞りのラップまきというのもあったそうだが、これも考えれば納得できるもの。

 さてさて、一昨日のひとりごとに書いた例の本、昨日1日かけて読んだ。というか、理解がついていかないので、まず、ざっと目を通し、次にその研究の手法の部分を繰り返し読んだ。理解できたかというとちょっと怪しい。結局は基礎的な智識が欠けているということ。勉強しなくちゃ。新しいことを覚えるというのは楽しいよね。いや、正確に言うと、覚えるだけの作業というのは無味乾燥で僕には不向き。それを覚えることによって視野が広がることがわかっているから、楽しく出来るんじゃないかな。勉強したいことが勉強したい時に出来るというのはとても恵まれていること。勉強する時間があてがわれていた学生時代には思いもしなかった。だけど、その『思いもしなかった』ということの背景には、その勉強を何故やるのかという動機付けの希薄さがあったに違いない。大学生の学力が低下しているというのは、学習の動機付けに失敗しているだけなんじゃないかしらん。そんなことを自分の今の状態を引き寄せて感じている。

 いつもお気遣いいただいている古書店に火曜日の退勤時、寄った。ご子息が来月から韓国へ留学するとの事。留学先が僕の勤めていた大学だったので、大学のパンフやその土地の地図などを持っていった。不思議な縁といえば不思議な縁ではある。働き始めたら、留学するなんて事が非常に難しくなってきている。うらやましいな。

2月26日(火曜日)

 1月は行く、2月は逃げるというが、2月ももうすぐ終り。大谷先生の最終講義から1ヶ月近くが過ぎようとしている。ちょっと信じられない。こんなんだから、勉強が出来ないわけだ。時間に追われていてはどうしようもない。さっきも先生方と話をしていて、あまりにも研究に割ける時間が少ないという話が出ていた。『研究に割ける』という言葉を使うことからしておかしいというのが僕の思い。研究職にある、あるいは教育職にあるんだから、『雑用に割ける時間が・・・』という話題になるのが正常な姿だと思うのだが。本務をそっちのけで雑用に追われるというのは、どう考えても変。僕がどうこうできる問題ではないんだけど、なんとかならないものか。

 アジア文化コースの様々なイベントのご案内をお送りしたり、掲示していたりしてお知らせしているのだが、問合せ先が僕になっている。ところが、僕は当日はもちろん、2〜3日前から準備でほとんど研究室にいない。今回のアジア文化セミナーでは、問い合わせても誰も出ないというご叱正をいただいた。22日にもこの話は書いたのだが、今後の問合せ先はアジア文化コースの教員複数で担当することを考えている。
 ご指摘とご叱正、ありがとうございました。

 話は変わるが、今日は久々にうれしい思いをしている。
 というのも、今一番関心を持っている分野について扱っている、そう、その分野そのものを扱っている、そんな本を手に入れたからだ。もうこのうれしさを表現するには女子大の中を踊って歩くしかないような(笑)。学生時代の不勉強が祟って、いざ新しいことについての論文を書こうとしたとき、必要な智識を持っていないことに気がつくことはままあるのだが、今もそんな状態に陥っている。『新しいこと』というのは、別に新しい分野に手を出すというわけではなく、今まで調べてきたデータの扱い方について、新しい見方を導入してみようかという話。一つの事象でも、見方を変えたら発見があるんじゃないかな。だって、僕の博士論文でも、朝鮮で使われていた『国語』の教科書と『内地』で使われていた『国語』の教科書との関連を調べてみようというところから始まったわけで、誰かがやっていそうなことなのに、実際はこの問題、国語教育界からは日本語教育のほうへ追いやられていて、日本語教育のほうでは教材よりも教育制度に気をとられていたというのが当時の状況だったわけだ。3月末の学会では、朝鮮と『内地』の教科書の比較についての発表をする方がいて、僕は別の話題での発表を予定しているが、この方の発表も楽しみにしている。

 あーそれにしても、それにしても、今日は家に帰るのが楽しみ。手に入った本を読みたくてうずうず。こうしてホームページの更新をする閑があったら読めよ、というご指摘もあるとは思うのだが、明日は研修日なので一日じっくりこの本を読むつもり。それで今日は雑用を片付けることに専念しているわけ。

 どうでもいいけど、昨日の夜、同じアジア文化コースの先生方と「豚の頭のしょうゆ煮」とかいうものを食べた。沖縄のものだという。見た目はなかなかグロテスクなんだけど、脂もおいしく、軟骨もこりこりしていておいしかった。

2月25日(月曜日)

 土曜日、大学院時代の友人と飲みに出かけた。昨年秋に提出した博士論文が合格し、そのお祝いもかねて。博士論文を提出したという時にとりあえずのお祝いをしたのだが、今回は、博士論文が一部もらえるということで、出かけていった。会うのはそれ以来なのだから、もう半年近く会っていないことになる。僕は進学するたびに大学を変えているので、古くからの友人というのが近くにいない。それでお酒を飲む機会もめっきり減って、1ヶ月のうちに1度も飲まないことが多くなった。まあ、お酒が好きでたまらないというわけでもないからそれはそれで一向に構わないのだが。
 でも、お祝いで飲むお酒、楽しいお酒はいいよね。
 
 さて、昨日は子供と二人で(妻は自宅待機(笑))県立美術館に出かけた。ベビーカーを押して40分くらいだろう。「朝鮮王朝の美展」が開催中で、行く途中で前売り券を購入した。子供はというと、せっかく来たというのに美術館に入る直前から寝入ってしまい、せっかくいっしょに見ようと思ったのに残念だった。
 韓国で生活していた時、1ヶ月に1度ソウルに出かけ、そのたびに美術館、博物館に行っていたものだから、見覚えのあるものが多かったのは確か。でも久しぶりに朝鮮王朝の芸術品の数々を見ることが出来た。広島市内に引っ越してきて、こういう美術展などに気軽に出かけられるようになったのはありがたいこと。3月にも何ヶ所か出かけようと思っている。

 今日は大学入試前期日程。受験生の皆さん、がんばってくださいね。4月にキャンパスで会いましょう。

2月22日(金曜日)

 昨日のアジア文化セミナーでは、学内だけでなく、広く学外からも多数の方がおいでになり盛会のうちに終えることが出来た。活発な質疑応答も興味をそそるものがあった。受付では芳名帳がばらせないタイプであったために効率が悪く、せっかくおいでいただいたのにご記名いただけなかった方が何人もいらっしゃったようだ。今後の反省点としたい。反省点といえば、今回、問合せ先が僕のところだったのだが、当日は準備のため席空の状態が長く続いたというのも反省点である。結局はスタッフが少ないというところに行き着いてしまうのだから、研究室に留守番電話でも置こうかしら。

 昨日のセミナーは、受付と写真撮影を担当していたので、お話を座ってお聞きするような間がなかったのだが、外で聞いていて面白かったことがいくつか。中国語の講演に通訳の方がつくという形だったのだが、昨日は、聞き手のおよそ3割(と見込んでいるのだが)が中国語を理解できる方々であったため、講師の方のお話で笑いが起こり、通訳の方のお話で笑いが起こるという現象が起きていた。いつものセミナーだと、外国語での講演の際、その外国語を理解できる聞き手はそんなに多くないので、もっぱら通訳の方の話で笑いが起こっていたので、今回はとても新鮮だった。まあ、当然といえば当然のことなんだけど。

 セミナーの後の懇親会の席も多数の方が参加してくださって、ちょっと太めの僕は(ちょっとではなくなってきているという噂もある・・・季節代わりに服が縮んでいるのに気がつくことが増えてきたし)、窮屈な思いを両側の方にさせていたような気もする。懇親会の席では、中国に留学していた、あるいは留学中の本学の学生も参加していた。日本語で自己紹介をする先生方の通訳をしていたり、中国語で自己紹介をする来賓の方々の話を日本語に通訳したりと活躍していた。留学している学生は、着実に語学力を身に付けて帰ってきている。何か一つでも見につけて帰国してくれると、スタッフとしては非常にうれしい。

 セミナーの写真はまだ現像できていませんが、現像し、整理が出来ましたら、また7階の掲示板に張り出します。是非ご覧下さい。

 さてと。これでコースの仕事は一段落かなあ。あ、大谷先生の歓送会の準備が残ってた。だけど、とりあえずこれで3月下旬の学会発表の準備に取り組めそう。がんばらなくちゃ。

2月21日(木曜日)

 今日はアジア文化セミナーが開催される。昨日は、研修日だったのだが、その準備や会議などがあって大学に出てきていた。偶然、韓国から書店の方がおいでになり、何冊かの書籍をお願いし、ビデオやDVDのカタログを送っていただくようにお願いした。次においでになるのは5月というから、それまでに1回韓国に行っておきたいと思うのだが、どうなることやら。出かける予定にしているのは、3月末に東京だが、神保町界隈の古書店を巡って大散財しそう。

 話がそれたが、今日のアジア文化セミナー。新聞紙上に案内を掲載していただいたこともあって、一般の方からの問合せ電話が研究室にかかってくる。ありがたいこと。今日は午後から案内の看板を立ててまわることになる。こういうイベントがあると、もう一人二人助手さんがいればいいのになあと思う。一人でやれることは限られていて、計画を立ててやってはいるんだけど、どういうわけか、突発的に入ってくる仕事があり(それもどういうわけかいつも)複数のものが重なってお手上げになることもしばしば。後回しにできる仕事があればいいんだけど、どれもこれもテンパっていると泣きたくなることも(笑)。
 今日は要領よく準備を済ませて、講師の方に気持ちよく講演していただきたいもの。おいでいただく方に気持ちよく講演を聴いていただきたいもの。欲をいえばきりがないが、あれもこれもと思うことに手が回るような状態だと気持ちが楽なんだけどな。気がついているのに手が回らないというのは、精神衛生上、非常によくないから。

 関係ない話になるが、娘が近くのスーパーの家電売り場で音楽のキーボードや電子ピアノにくぎ付け。というか、近くに行ったら、手をひょいと伸ばして鍵盤を抑え、音が鳴ったのがうれしかったらしい。あるメーカーのものは、鍵盤をたたくと、その鍵盤が赤く光るというものもあって娘は興味津々。引き離すと泣き出すという手におえない状態になったのがもう1ヶ月くらい前のこと。
 妻の両親にその話をすると、「将来、音楽家になるかもしれん」ということになり(笑)、妻が学生時代に使っていたというキーボードが届いた。確かに興味を持って鍵盤をたたいてはいるのだが、いつも上に座って、妙な和音が流れることになったり、デモとかかれた赤いボタンを何度も押し、デモ曲が延々と流れるという事態も招いている。
 同じ頃、砂鉄を利用したお絵かき盤のようなものにも手を伸ばして喜んでいた。で、妻と「将来、画家になるかもしれん」(笑)ということになり、先週の誕生日にはクレヨンを買ってやった。最近は、食べても大丈夫という蜜蝋クレヨンや、水で洗えば落ちるクレヨンなどがあることを初めて知った。

 親ばかとはこのことかと感じている今日この頃。m(._.)m 
 

2月20日(水曜日)

 韓国KBSの大河ドラマが来月新たにスタートする。『帝国の朝』というタイトル。高麗王朝の創始者〈王建〉が主人公であった『太祖王建』に続く時代を描いたものである。僕が韓国にいた時には『燦爛とした黎明』という大河ドラマで、日本に併合される時代が舞台であった。高麗王朝を描くのであるから、日本語や日本人は多分あまり出てこないと思うのだが、『燦爛とした―』には日本語や日本人訳の俳優が多数登場していた。韓国の反日小説や反日映画はそれなりに知っていたが、毎週放送される連続ドラマにも特定のイメージに描かれた日本人が登場していたのを見て少なからぬショックを受けたのを覚えている。ある時代の出来事をどのように切り取ってどのように描くかというのは関係者が多ければ多いほど難しいことになるのだろう。
 でも、何のかんの言っても僕は韓国のこういった大河ドラマというか、時代ドラマというか、結構好きだった。『太祖王建』は韓国に一大ブームを起こしたというし、機会があれば是非見たいと思う。年末に某テレビ局が12時間ドラマとかいって放送するドラマもあるが、ケーブルテレビなどで放送しないかしらん。

 日本と韓国の俳優が出演するドラマ、先日の深田恭子出演のドラマは韓国でちょっとした話題になっている。朝鮮日報日本語版の記事はこちら。他にも多くのアイドルが韓国語に挑戦しながらさまざまな番組を提供している。質の良し悪しはあるにしても、最近、マスコミに流れる韓国に関する情報は、多種多様になっているような気がする。

 韓国に関わることを研究している一人として、このような現象がワールドカップに向けた一時のブームに終らないことを祈っている。

 さてさて、韓国料理を提供するお店は、ここ広島にもあるのだが、先日妻がぶらっと買い物に出かけた時、韓国の伝統茶を出すような店構えの店を見たと教えてくれた。ただ困ったことに、それがどこだったかまでは覚えていないという。この週末は『このあたりだったと思う』と言うあたりをベビーカーを押しながらうろうろするのかしらん。
 韓国の伝統茶(簡単な紹介はこちら)、僕は緑茶の『雨前』、柚子を蜂蜜に漬けた『柚子茶』が好き。特に柚子茶は風邪の引き始めに飲むと体が温まるし、のどもうるおっていい。日本で購入すると以上に高くなるのがたまにきずかな。お店を見つけられたら、改めてレポートをしますね。
 

2月19日(火曜日)

 もう2ヶ月くらい前の話になるのだが、灯油のポリタンクからストーブのタンクへ灯油を給油する時に使う手動式のポンプの押す所?(もむところ?握るところ?)、あの赤い部分に穴が開いたらしく・・・どうしてこんなところに穴が開くのか…きゅっとすると灯油が穴から漏れてくるという状態になったため、新しいのを買うことにした。で、どうせだから電動式のものにしてしまおうかといいながら広告を見ていると、比較的安く売っているのを発見した。安いのはセンサーがついていないタイプが多いのだが、特売品でもあったらしく、センサーがついているものを購入することが出来た。タンクが満タンになったら自動的に給油がストップして、音で知らせてくれるというもの。まあ、珍しくもないのかもしれないけど、ちょっと贅沢かなと思いながら買ったわけ。妻も僕もなんと便利なことかとホクホク。だって、給油している間、ちょっとした仕事ができそうじゃない?

 で、それから2ヶ月。いまだに二人とも、ポンプが給油を終えるのをタンクの側にしゃがんでじっと見ている。止まらないんじゃないかしらん、と不安なわけでもないし、上に書いたようにちょっとした仕事ができそうだとも思うんだけど、なんでか寒風に晒されながらじっと給油が終るのを待ってるんだよねえ。習性なのかしらん(笑)

 さて、昨日は卒業論文の口頭試問がおこなわれ、久しぶりに4年生の姿を見た。それは学生も同じだったようで、口頭試問の控室はちょっとした同窓会(卒業式もすんでないんだけどね)の雰囲気。ゼミによっては昨日の夜はみんなで食事に出かけた様子。僕にも声をかけてもらったんだけど、給料日前だし(笑)、家で女房娘が待ってるし(笑)、卒業式のあとのパーティでのおしゃべりを期待して帰った。卒業式まであと1ヶ月ちょっと。卒業旅行に出かけるという話も廊下で耳にした。怪我や事故にあわないようにしてほしい。

 卒業旅行といえば、僕は下呂温泉1泊2日。冬の高山線は雪に囲まれて風情がある。名古屋から富山に行くには湖西線経由と高山線経由があるが、僕は断然高山線経由がお薦め。急ぎの時には進められないけど。雪で止まるから。でもゆっくりとした旅行でよければ、冬の高山線はいい。一度だけ、予定の倍近い時間をかけて名古屋から富山へ抜けたことがあった。単線なので、上り下りのどちらか一方が遅れるとすれ違う場所でじっと待ってるわけだ。あの時は、お土産で買ったお菓子を列車の中で食べて時間をつぶしたっけ。

 書き忘れていたけど、日本言語学会の学会誌『言語研究』が届きました。興味のある方は研究室までどうぞ。
 

2月18日(月曜日)

 昨日の夕飯は、パスタ。久しぶりにミートソースから作った。まずまずの出来かな。とりあえず、おいしいといって食べてもらえたので気持ちがいい。
 料理を作ってご馳走して、おいしいといってもらうのはうれしいよね。一人暮らしのときにいっぱい試行錯誤で化学実験のような料理を食べたから、最近はそれなりにまともなものが作れると思うんだけど。いい材料といい道具があれば料理は楽しいし。

 今日の新聞の記事にもなっていたが、食材の産地が偽装されているという。なんというか、もう何も信じられないといった様相を呈し始めている。こういうのは一度疑念が生じたら、否定のしようがないところが厄介。生産地からずっと張り付いてみるわけにも行かないもんね。頭が痛くなってきた。

 話は変わって、今日から卒業論文の口頭試問。
 早めに来て、控室の様子を見に行ったら、もう学生が来ていて、自分の卒業論文を広げ、資料を広げて準備をしていた。落ち着いて臨んでほしい、と思ったけど、よく考えたら、就職の面接であるとか、大学院受験の面接であるとかで、もう面接なれはしているんだよね。僕の杞憂に過ぎないのかも。

 僕が卒業した愛知教育大学の日本語教育コースがもう15年目を迎えるという。僕が立ち上がって2年目に入学したことを思えば、なんと早いことか。なんでも15年目を機に学会を立ち上げるとの事。自分が関わっていた団体というか、そこが何かをやっているというのはうれしいもの。大学院時代に立ち上げた研究会も続いているようだし、僕もがんばらなくては。

2月15日(金曜日)

 陶芸をしている親戚から娘にと陶器の雛人形が贈られてきた。娘が割らないような位置に置こうと画策中。

 昨日はバレンタインデー。女子大に勤めているからといってチョコレートがもらえるというわけでもなく(笑)、というか、後期の試験は先週で終ったから、学内に学生の姿を見ることさえほとんどない。後輩の一人に、「チョコレートがまだ届きません」というメールを送ったら、「チョコ」と書かれたメールが送り返されてきた(苦)。結局、妻と母から二つもらった。娘は、何歳になったらくれはじめるのかな。

 さてさて、先月末におこなわれた日本語教育能力検定試験の問題を見た。出題傾向が変わっているのを確認した。研究室に日本語教育の世界で働きたいと希望する学生が訪ねてくることもあるが、具体的にどんな勉強をしたらいいのかということについては、僕は経験的な話しか出来ない。この日本語能力検定試験に合格したからといって必ずしも仕事があるわけでもない、というのが難しいところかな。まあ、資格というのはあっても邪魔になるものではないという考え方もあるけど、ね。日本語教育能力検定試験、来年度からは出題傾向(範囲)ががらっと変わるというから、受験を考えている人は準備をはじめておきましょう。一助になればと、過去問を注文しています。新年度になれば、研究室におけると思います。

 日本語教育を志しているのであれば、漠然と「日本語が教えたい」ということではなく、より具体的な自分の将来像を描いて勉強するほうがいいと思う。日本国内で教えたいのか、特定の国に行って教えたいのか。etc...

 アジア文化コースのスタッフには、日本語教育の経験者が複数います。中国、韓国、日本国内と、地域は限られていますが。
 それと、今年度の修士課程修了予定の院生には、現職の日本語教師の方が2名いらっしゃいます。関心があって、自分から動きさえすれば、結構いろいろな情報が得られる環境なんだけどなぁ。

 話は変わるが、来週の月曜日、火曜日は卒業論文の口頭試問。
 控室の設営はほぼ終って、一息ついたところ。
 控室には、卒業予定の皆さんへのお知らせが用意してあります。必ず見てくださいね。

2月14日(木曜日)

 2月12日の修士論文口頭試問、2月13日の大学院入試、と慌しく一日が過ぎていく。2月12日には、東方書店さんが本学においでになり、僕も1冊の詞典を購入した。広島女子大学の学内には書店がないので、ぶらっと本を買うということが出来ない。それが難点といえば難点。広島市内にあるとはいえ、大学を離れて書店に行くなんて時間は僕には今のところない。毎週水曜日の研修日や週末がその時間になるのだが、書店に並んでいる本というのも、大学の書店とは品揃えが自然と違い、なかなかほしい本がその場で手に入るということは難しい。で、勤め始めてからは、新聞の書評欄をはじめ、学会誌の書評欄を熟読するようになった。いい本を読みたいもんね。

 辞典類は、眺めているだけでも楽しいもの。前にも書いたけど、『節用集』の研究をなさっている岐阜大学の佐藤先生の発表をうかがった時に、人間が物事を整理する時の概念の持ち方というものにとてもとても興味を引かれ、それから辞典類を見る眼が変わってきている。日本語教育に関係する研究をしていると、留学生をはじめ、日本語を学ぼうとしている人たちに便利な辞書とはどんなものなのかということを常に気にするようになる。それは、学習者の学習進度に従っていなければならないだけでなく、その語彙がどういう文脈で使用されるのか、もう少し進めば、異なった文脈で使われたときに相手にどのような印象を与えるのか、なんて事までも配慮することができたらとてもすばらしいことだと思うのだけど。

 ということで、今回東方書店さんから購入したものは、そういう点に配慮されていると思えたから、参考にしようとして。中国語は学部時代に教養で2年間勉強したのと、大学院時代に留学生にお願いして勉強していたことはあるとはいえ、全然だめ、といったレベルだから(笑)。

 どうでもいいけど、今朝は大慌てをした。
 薄暗がりの中で目がさめると、目覚ましのデジタルが「829」だったわけ。間に合わないと大慌てで起きて、もう一度確認したら上下が逆で(カード型の時計なので、倒れると上下がわからなくなる)、実際は「628」だった。「2」ってデジタルだとどちらから見ても同じ形なんだよね。

 もひとつ。
 昨日の2月13日は娘の1歳の誕生日。ケーキを買ってきてささやかなお祝いを。去年の今ごろは、大騒ぎしてたんだよね、京都の出張から途中で引き返してきたりして。1年って早いなあ。

2月11日(月曜日)

 今日から始まる集中講義の準備もあって、休日ながら大学に来ている。先週の金曜日で定期試験が終って、集中講義期間に入ったわけだが、他大学も入試などで忙しい時期。おいでいただく先生のご都合に合わせて日程を調整すると、土曜日日曜日はもちろん、祝祭日にも集中講義が入ってくる。数日間とはいえ、本学においでくださる先生の授業準備にはいつも頭が下がる。数十枚のレジュメ、資料などを準備していらっしゃることはもとより、パワーポイントを利用しての授業、ビデオ機器、スライドを利用しての授業など、授業の運び方という面での勉強にもなる。

 授業の進め方というのは、先生の個性が現れるところではあるんだけど、自分が受けてきた授業方法の影響から抜けきれないところもあるんじゃないかな。よくわかんないけど。教授法の授業がどんな形で進められているのかしら、教育学部なんかで。
 日本語教育を専攻していた僕は、教授法の講義を取りはしたけど、どんな教授法かというのを文字で見たくらいで、実際に全ての教授法の実際の場面を見たわけではない。それだけに、教授法の実際を見られる機会があれば出来るだけ参加するようにしている。自分の経験したことのない教授法を見るのは刺激的なもの。同じことをどう教えているかの比較も面白いもんね。

 さてと、そろそろ帰ることにしよう。
 明日は修士論文の口頭試問、最終試験の日。明後日は、大学院入試。今週もなかなか大変な1週間になりそう。
 

2月8日(金曜日)

 このところ、一日が過ぎていくのが非常に早い。研究室の椅子に座って何かをしているという時間がほとんどないような気もする。そういえば、最近本を全然読んでいないということにも気付いた。注文ばかりしていて、読まないんだから本はたまる一方。図書館から借りた本も、読まないまま期限が過ぎてしまうということが多くなってきた。ちょっと自己嫌悪。

 さてさて、大谷先生の最終講義とその後におこなわれた懇親会の様子を撮影した写真の整理が一段落した。7階の掲示板に掲示してあるので、是非見てください。主な被写体の方の焼き増しは出来ていますので、順次持ってうかがいます。ほしいという写真がある方、上田までおっしゃってください。

 あ、そうだ。2月5日に書いた「韓国民謡大典」が届きました。まだ聞く余裕がないから感想も何もないんだけど、ね。

2月5日(火曜日)

 昨晩放送された日韓共同ドラマをご覧になっただろうか? 深田恭子とウォンビンが主演。というようなことを書いたが、実は僕は見逃してしまった。何で見逃したのかなあと考えてみたら、ちょうど子供が「寝られないよぅ」と泣き喚いていた頃。僕と妻と交互に抱っこしたり踊ったり(笑)で、大変だったわけだ。今日も放送されるはずなんだけど、昨日見てないからどうも見る気がしない。ま、そのうちビデオになるだろう。

 韓国の新聞報道の論調を見ると、芸能界での日韓交流に積極的なのは日本側なんだそうだ。確かに日本のドラマに出演する韓国の俳優、歌手の数は増えている。BoAも韓国の歌手だもんね。ただ、日本だけでなく韓国も芸能界の「栄枯盛衰」というのは激しいようで、96年、97年と2年間滞在した頃に活躍していた俳優や歌手の姿はあまり日本では見ないような気がする。ただ日本に進出していないだけなのかしらん。

 僕の研究室にある韓国の音楽CDも、もはや「最新流行」とは行かないものばかりになった。去年1年間、韓国に行ってないから、仕入れてもいないし。理想を言えば、毎年夏休みと春休みに1ヶ月ずつくらい韓国に滞在して調査なんかが出来るといいんだけどな。お金の問題もあるけど、時間の問題のほうが大きいと思う今日この頃。

 日本語教育能力検定試験が1月末に行われた。次回から大幅に試験内容が変わるということだったが、実際は今回の試験内容も結構従来とは変わっていたらしい。智識偏重型から経験というか、常識というか、そちらを重視した内容だったとのこと。日本国内の経済状態に見切りをつけたのか、海外で仕事をと考えている人は意外に多い。学生と話をしていると、そんな印象は受けなかったんだけど、つまり、学生の中にはそういう意識を持つ人が少ないようだが、日本語教師養成講座などでは、会社を終えた人たちが駆け込んできて講座を受けている。僕は実際には2年しか経験がないから、どのくらいのことがわかっているかわからないけど、大学時代、日本語教育関連科目を主専攻で420時間修了したといっても、智識は全然足らないわけ。420時間で得たのは調べる方法、考える方法、説明する方法といったところかな。だから、大学時代よりも、韓国で2年間教鞭をとった後での方が「勉強しなくちゃ」という目的意識はあったような気がする。なんというか、自分に何が足りないかを把握して勉強できたという、そんな気がするわけ。

 平凡社さんから「韓国民謡大典」というCD12枚組+韓国語、英語、日本語の解説書という商品の案内が届いた。研究費で図書館にとも思ったが、それはまあ年度が代わってからということにして、とりあえず、私費で購入することにして申し込んだ。今週中には届くという。韓国の民謡258曲が収録されているもの。届いたら、研究室で聞いていると思いますから、興味のある方はお訪ねください。
 

2月4日(月曜日)

 もう2月。時間が過ぎるのが年年早くなっていくよう。もうすぐ娘も1歳になる。大きな病気をせずに1歳を迎えられるようで、ほっとしている。

 それはそれとして、2月の節分、僕の故郷の山口県防府市にある防府天満宮では牛替え神事が執り行われる。節分用の豆を境内で買ったり、市内のお店で買い物をしたりすると抽選券がもらえて、で、いろいろな賞品があたるというもの。前にも書いたような気がするけど、一番いい商品が牝牛、次が雄牛、ということになっている。今日あたり、親元から『牛があたった』という電話がかかったりして(笑)

 ふと思い出したけど、韓国の大田(テジョン)駅のキオスクで妻がコーラを買ったことがあった。一口飲むなり妻の表情はなんともいえないものに。口に含んだものを飲み込んだあとで、妻が僕に向かって、『飲んでみて』という。もらって飲むとそれはコーヒー味のコーラだった。よくよく缶を見てみるとコカコーラの缶にそっくりのつくりで、ハングルで『コーヒーコーラ』と書かれていた。『コーラを下さい』といったのだから、だまされたわけではないんだろうけど、意地悪されたのかなあとか話して、旅行自体はとても楽しく盛り上がった。

 話があちらこちらに行くが、この週末も家族で街に散歩に出かけた。先週は下に書いた大谷先生の最終講義に必要なものを買いに出かけたので、いろいろと忙しかったが、今回は別にこれというようもなく、ただ出かけただけだったのだが、気がつくともうすぐバレンタイン。町じゅう、チョコレートだらけ。チョコレート売り場はもちろん、手作りチョコのための材料や道具売り場も大変な混雑だった。で、何がいいたいかというと、昨日僕たちがベビーカーを押しながらまわったビルは、どういうわけか、最上階にだけエレベーターが行かない。例えば、8階建てで、9階に用があるのにエレベーターはなぜか7階まで。そんなビルを二つ回った。ベビーカーが一緒だと、エレベーターがないのは堪える。当然のようにエレベーターのない階へ行くことはない。エスカレーターでベビーカーというのは、何かあったときに恐いから。

 ということで、昨日はアナログレコード(中古)を見に行こうと思ったんだけど、だめだった。まあ、そのうちまた時間を見て。

 今日から大学院の集中講義の予定だったんだけど、おいでいただく予定の先生が急病で延期になってしまった。社会人院生が多いだけに、先生のほうも随分気になさっていたよう。僕も今朝知って驚いたのだが、年度末はいそがしいから本学の先生方もお疲れの様子。無理をしないようにと思っても、人が少ないんだよなあ、必要な人数に対して。こんなことが続いたら、授業の質を落とさず、研究の質を落とさずなんて、近いうちに破綻をきたすことになるような予感が。

 まあ、それでもがんばってやらなくちゃならないんだけどね。

1月31日(木曜日)

 昨日の大谷先生の最終講義は、県内外から多くの方がおいでくださり、また、学内の教職員の出席もあり、にぎやかなものでした。おいでいただいた皆さん、ありがとうございました。講義資料は、準備していたのが足りなくなりそうで、急遽、別室で作り足すという部分もありましたが、何とか無事に終りました。当日の写真、ビデオテープ、録音、などは現在整理中です。写真につきましては、整理が出来次第、7階の掲示板に貼り出そうと思っています。
 で、今日は日本文化コースの米田雄介教授の最終講義。一番前に座って、久しぶりに授業を取ったわけ。日本史に関係する分野、それも古代史に関わる分野の話を聞くのは、学部一年生の時にとった日本史の授業以来で、13年?ぶりになる。いただいた資料に記載されている本には、読んだことのあるものもあった。でも! その本を読んで米田先生のようになれるかどうかというと、そういうわけでもなく、いい本はいい読者を得てこそ、人を育てるものだというのを痛感した。以前、書いたことも有るが、僕は歴史の授業は好きだったので、今日の資料で米田先生が紹介なさっていた本や論文は近いうちに読んでみたいと思っている。
 大谷先生、米田先生と、今年度限りで本学を去られるわけだが、このようなすばらしい先生方に出会えて、本当にいい時期に女子大で働いたと実感している。考えが俗っぽくて仕方ないが、2ショットの写真を取らせていただくのと、揮毫でもいただけたら・・・なんて考えている。

1月29日(火曜日)

 いよいよ明日は大谷先生の最終講義の日。今日、ようやく講義資料の準備が終った。今回、大谷先生の資料準備のお手伝いをしていて、雑談でいろいろなお話を伺うことが出来、本当にうれしく思っている。本学で講義なさるのが最後ということもあるが、僕にとっては大谷先生の講義を受ける初めての時間になるというのも事実。大谷先生が僕と同じ年齢の頃に何をなさっていたのか、そして今まで何をなさってきたのかをうかがうたびに、自分の勉強不足を感じる。と同時に、時間の流れる早さも感じる。大谷先生のお話を伺っていると、助手でいらっしゃった時期、周りには戦前の朝鮮で働き、暮らし、調査した人たちが大勢いらっしゃったわけだ。そういう方々に囲まれての研究生活は、今の僕に比べ、はるかに刺激的であったと思う。今のような情報化社会は、かえって現地に出かけ、現地の生活を経験する機会を奪い取っているのかもしれない。

 言語学者の小倉進平、国語学者の時枝誠記も朝鮮での生活を経験している。そういった人たちが朝鮮で何を見、何を感じたのかは、直接話を聞かない限り、書かれたものからはなかなかわからないことが多い。大谷先生の場合、そのような方々に囲まれていたというのだから、うらやましいというほかない。

 さて、それはともかくとして、講義資料が足りるかというのがちょっと心配。「足りない」なんてことになったら、大変ではあるがそれはそれでうれしいこと。晴れますように、それと、暖かい日でありますように。

 おっと、案内の矢印を作るのを忘れてた。ということで、今日はこれで。

 明日は是非おいでください。m(._.)m

1月28日(月曜日)

 この週末、某デパートの中華街フェアに出かけた。「飲茶食べ放題」にも果敢に挑戦(笑)。それはともかく、この週末に家族と街に出かけたらやたらと学生に出会った。それがほとんど4年生で、卒業論文を提出しての開放感から街に出たのかなあとか思ったりもしたんだけど、よくよく考えてみたら、授業を担当していない僕としては、卒論を抱えている4年生くらいしか顔と名前が一致しないという状態で、お互いに気付くのは4年生だけだということもあるかも。

 さて娘がもうすぐ生まれて1年になる。ハイハイするのが遅いねと話をしていたら、ある日突然ハイハイをはじめ、最近では物につかまってしばらくの間立つことさえ出来るようになった。今困っているのは、歯磨き。指につけるブラシで磨くつもりだったのだが、頑として口を開かない。妻に話すと、検診で病院に行っても、頑なに口を開こうとしないらしく、どうやら口の中に何かを入れられるのが嫌いな性質らしい。でも虫歯になったら嫌だから、なんとかしなくては、と思って、いろいろな人に話を聞くこのごろ。僕は乳歯にはけっこう虫歯があったが、永久歯になってからは虫歯が1本もない。韓国で御飯を食べる時に思い切り石を噛んでしまい奥歯を割って歯医者さんに行ったのがここ20年近くの間で唯一の歯科治療だ。子供も丈夫な歯を持ってほしいと思うんだけども。

  

1月22日(火曜日)

 昨日、ふと思い出して、気になって、気になって。もう7年くらい前なのかなあ、「笑っていいとも」の中でタモリさんが話していたことなんだけどね。ある人がホテルの部屋で休んでいる時に、通風孔から泥棒が入ってきて財布や貴金属類を盗んで帰ろうとしたときに気がついて起きた。そのとき泥棒が口にしたというせりふ。これが気になる。

 「起きなくて殺されなくてよかったね」

 背中がむずむずするような気持ち悪さが残ることばではある。内容が、ではなく、ことばの語感というか、そういうレベルで。一般に動詞には「ないで」「なくて」「ずに」「ず」のどれも接続するんだけど、「なくて」を使うと原因や理由を著すというニュアンスが生じてくる。でも、続くとどうもすわりが悪い。

 「起きて殺されなくてよかったね」

 のほうが安心して聞いていられるような気がする。これは結局のところ、文の構造に違いがあるわけだ。つまり、「よかったね」にかかる部分が異なっているということ。
 最初のほうがすわりが悪いのは、「起きる」という語彙と「殺される」という語彙の間にも因果関係が生じた結果、「殺される」に接続する否定辞が「殺される」単体ではなく「起きなくて殺される」全体にかかるような印象を与えて、文全体の解釈に不安を与えるからなんじゃないかしらん。こういったことを綺麗に説明できるのが言語学で言うところの生成文法。まあ、興味のある人はその方面の本を読んでみてください。

 そういえば、修士論文で扱ったものにこんな文がある。

1)「コーヒーと紅茶を間違える」
2)「コーヒーを紅茶と間違える」
3)「コーヒーを紅茶だと間違える」

 この3つの文はそれぞれ意味も構造も大きく違う。日本語はよく語順が自由だという話を聞くが、とんでもない。述語との関係で1と2では全く意味が異なってくる。

 日本語を留学生に教えるとか、海外に出て日本語を教えるという仕事は日本語が話せるからできるというものではない。韓国に滞在していた時、日本人なら出来ると思ったからという理由で教壇に立っている人に何人もあった。日本にいても、そういう認識でいる人が余りに多い。最近、日本語を教えていますといっても「じゃあ、英語が上手なんですね」というような反応がなくなってきたのはうれしい。いや、10年程前なら、こういう反応が多かったんだよ、実際。少しずつ変わってきてはいるんだろうなあ。

 でもまだまだ日本人だったら日本語が教えられるという考えを持っている人が、大学の中にも結構いる。そんなに簡単なことじゃないんだけど。

 その一方で思うのは、「よし、海外に出てやろう」と思う学生の少なさ。実際には、在学中の留学なんかはアジア文化コースでは半数近い学生が経験していることではあるのだが、卒業後の進路として海外に出ようと考える学生は少ないみたい。それがちょっと寂しいような気がする。

1月21日(月曜日)

 センター試験も終わり、本学では卒業論文の提出期間に入る。無事に書き終われますように。

 市内に用があって出かけ、雨が降ったために自転車を置いてバスで帰宅。雨がやんだ2日後にとりに行ったら自転車がなくなっていたのは、もう1ヵ月半近く前のこと。自転車を撤去したという掲示もなく、問い合わせてみてもそこでは撤去を行っていないとのこと。やむなく盗難届を提出していたら、先週半ば、「自転車が撤去されています、取りに来てください」との通知が。確認した時にはないという返事だったのにね、と妻と二人で話していたのだが、この土曜日、妻が自転車を受け取りに出かけてくれた。

 受け取りに行ってみると、盗難届を出していたために保管料は必要ないとのこと。妻が撤去された場所をたずねてみると、なくなった場所から200メートルといった距離で、鍵も壊されておらず、狐につままれた感じ。盗難届をだしておいてよかった。とりあえずはね。

 さて、自転車を受け取ってから家に帰るまでのこと。事前に自転車を載せるキャリアをつけた車を持っているタクシー会社を調べておいたので、帰りはタクシーで帰ってきたのだが、料金は通常どおり。聞いてみると、車椅子に対応したタクシーもあり、これも通常料金で運行しているとのこと。運転手さんは講習も受けている方らしい。車椅子の方がドライブに行きたいという時に車椅子対応のトイレのことなどを話しておくと、ドライブコースを考えてくれて、適当な間隔でトイレのことも考えてもらえるという。

 タクシー業界もいろいろなアイデアで競争しているよう。心配なのは、しわ寄せが現場の運転手の方にだけ集中しているのではないかということ。組織の一部にだけ負担がかかるようなことは、思ったよりも早く破綻をきたしてしまうもの。5年後、10年後にサービスが低下していないことを祈っている。いつ僕がお世話になるかわからないし。少なくとも、何十年かあとにはお世話になるだろうし。

1月18日(金曜日)

 いよいよ明日からセンター試験。受験生の皆さん、落ち着いて取り組んでくださいね。天気がいいこと、交通機関に乱れが生じないこと、いろいろ祈ってます。
 で、来週は卒業論文の提出。こちらもヌケがないように落ち着いて取り組んでくださいね。

 この時期、卒論の指導を受けに来たのに先生がいない、と僕の部屋を訪ねてくる学生さんが何人かいる。で、僕が何時に約束したのか尋ねると、約束の時間に遅れてしまったという話になることが多い。卒業論文の指導を受けるために時間を決めたのであれば、少なくとも時間は守りたいもの。遅れると思うときには連絡をしておきましょう。この場合、メールで済ませようと思わないのがいい。相手が読んだのかどうかわからないでしょ。電話を1本しておくというのが、最低限のマナーだと思うんだけどな。もちろん、遅れないというのが基本中の基本。

 愚痴っぽくなるけど、僕のところにメールを送ってきて「○○先生に伝えてください」と連絡してくる学生さんが時々います。でも、僕も不在の時があるわけで、図書館での調べ物から戻ってきたら5時間も前にそんなメールが送られてきていたと知って困惑することがあります。メールで済むと判断したのなら、直接その先生にメールを送れば済むと思うんだけどなあ。先生方のメールアドレスは、アジア文化コースのホームページに入って、画面一番上の『教員紹介』をクリックし、開いたページに教員の一覧が出ていますから、目当ての先生の欄の右端のアイコンをクリックすればメールが送れるようになります。間に人を介せば介すほど、情報の伝達は不確かになっていきます。自分大切な用件は直接伝えるようにしないと。メッセージを聞いた人もちょっと嫌な気持ちになると思うんだけどな。

1月17日(木曜日)

 阪神大震災から7年。震災の日、僕は富山で暮らしていたが、それでも朝は揺れで目がさめた。大学に行って、テレビを見て初めて大きな災害であることを知った。修士論文を提出した直後で博士課程進学のための入試の準備をしていた頃のことだ。地震の被害があまりにも大きく、受験しようとした大学院の事務局では願書などの書類は受験日当日にそろえばかまわないという連絡をいただいた。受験の時には大阪まで特急雷鳥で出かけ、そこから快速で姫路(違うかも。もう記憶が薄れてしまって…)まで。そこでバスに乗り換えるために数百メートル歩いて、バスで隣の駅まで行った。で新幹線に乗って広島へ。帰りはその逆を。震災から1ヶ月も過ぎていなかった。
 進学が決まって、富山から広島へ引っ越す時のこと。瀬戸内側の高速道路網は寸断されているということだったので、山陰を通って帰ることにした。そのときに感じたのは、山陰から山陽へ抜ける高速道路の貧弱さであった。片側1車線の高速道路で、荷物を満載した軽自動車を運転する僕は、後ろからあおってくる大型トラックに冷や汗をかきながら山陰から山陽へ抜けていった。よく事故にならなかったと思う。時々、追い越しのためなのだろうか、2車線になる。山間を縫って走る高速道路なのだから、1車線というのも仕方がないのかもしれないが、実用に足る道路を作ってほしいもの。あれじゃあ、事故が起こった途端に山陰山陽間の自動車交通は絶たれてしまう。
 山陰地方に出かけることはほとんどないのだが、中国山地の南北の交通の便はあまりにも悪い。いざ、動こうとして地図を見たり、時刻表を見たりすると呆然とすることがしばしば。人口が減り過疎が進むというのは、その地方に魅力がないからという理由で全てが語り尽くせるわけではなく、かえって、それは副次的なもので、交通の便さえ確保されていれば、今ほど人口に偏りは生じないのではないかしらん。

 どうでもいいことだが、小学校の時から社会化の授業では一番好きな分野が歴史、次が公民(倫理、政治、経済)、最後が地理だった。というか、地理は嫌いだった。大学に入って、今まで暮らしていたところとは違う地域で暮らし始め、車を手に入れ自由に出かけられるようになった頃から、もう少しまじめに地理の勉強をしておくんだったなあと思った。その地方の産業や産物、風土などを知っておけば、旅はきっともっと面白くなる。そう思ったから。
 僕が大学時代を過ごした愛知教育大学のすぐそばに、尾張と三河の国境があった。僕は三河のほうに住んでいたんだけど、少し車で走れば織田信長が今川義元を討った桶狭間なんかもあって、その頃の歴史小説を読むのが好きだった僕にはドライブが楽しみだった。

 子供が大きくなったら、ドライブに一緒に行きたいなあ。前日には地図を一緒に見て、いろんな話をする。あれ?結婚するずぅっと前に『恋人が出来たら』と思っていたこととたいして変わんないじゃん・・・。なんなんだか。

1月16日(水曜日)

 アジア文化コースの大谷森繁教授の最終講義のポスターを作って構内に貼って回った。とはいっても、昨日に引き続き今日も雨なので、正門横の掲示板に貼るのは晴れる日を待ってということにしている。昨年末にカラーコピー機が導入されたので、今回のポスター作りには力が入った。日本文化コースの米田雄介教授の最終講義ポスターもなかなかカラフル。
 できあがりは学内の掲示板を見てくださいね。あわせて、学内の掲示板には少部ではあるが、お持ち帰り用の案内も用意したので自由に持って帰っていただきたい。もって帰るだけじゃなくて、是非、ご来聴ください。m(_ _)m

 広島女子大学のホームページにも案内をアップしていただきました。ここをクリック

 年度末、入試シーズン、加えて大谷先生のご退職にかかる一連の行事、挙句に3月末の学会発表、年末年始に蓄えた体力も今月末にはなくなりそう(笑)
 怪我や病気をしないで乗り越えていきたいもの。皆さんもご自愛ください。

1月15日(火曜日)

 先週金曜日は、修士論文の提出期限。提出した院生の皆さん、とりあえず、おつかれさまでした。これから審査が始まります。あと一息ですから、気を抜かず、準備をすすめてくださいね。何もかも終って、無事に学位授与式が終ったらお祝いしなくちゃ。

 さて、この週末、スーパーで銀杏を買ってきた。ペンチで殻を一つ一つ割って、ストーブの上で煎った。子供の頃から、毎年今の時期になると父がやっていたことをそのままやっている。大学に入ってからは銀杏を食べることなんてほとんどなかったのに、なぜか今年は銀杏を食べようかなという気分になった。違うのは、父が銀杏を煎る時に使っていたのは素焼きの「ほうろく」と呼ばれる器を使っていたのに対して、僕がフライパンを使っているところ。今日も出掛けに口の中になん粒か放り込んで出てきた。
 銀杏といえば、修士課程の時期2年間を過ごした富山大学では、キャンパスの中に銀杏の木が生えていて、この時期になると構内があの独特の臭いに包まれていた。学生の姿はあまり見なかったように思うが、教官や近所の人たちが銀杏を拾っていたのを思い出す。

1月11日(金曜日)

 広島女子大学のとなりは郵便局。24時間対応してくれる局なので、夜遅くに書留を投函しに行っても大丈夫。さて、この郵便局の入り口側のロビーがちょっとした展示会場になっていて、今は「午年」にちなんだ一般の方々の作品が展示されているようだ。七夕飾りのようなものも見えて、面白いのだが、僕が一番惹かれたのは書初めの作品。「年越しそば」とかいてある。正月早々「年越しそば」という文字を選ぶというセンスも面白いが、書初めの題材にこれを選ぶというセンスに唸った。

 4年生が卒業アルバムに寄せることばをお願いしますと頼んできたのは先々月のことで、先月にはそれを渡したのだが、集めにきた学生が「ありきたりで先生らしくない」といっていた。一体どういう人間に思われているのかというところも非常に気になるのだが、それはさておき、こういうときにどんなことばを選ぶかというのはとてもとても考えるところ。僕のいわゆる座右の銘なんていうのは、孟子の中のフレーズがそれ(でも秘密)。

 昨日の夜、集中講義においでいただいた先生を囲んでの懇親会を開いた。先生にお会いしたいということで、遠くは東京から参加された方もいらっしゃった。こういう懇親会をはじめ、学会での懇親会などでリタイアなさった先生方のお話を伺っていて感嘆するのは、知識の豊富さ、論理の緻密さ、指摘の的確さ。妻もある調査団の一員として1週間程度の調査に行くことがあるのだが、やはり、旧制中学、旧制高校、旧制大学出の先生方は違うという。
 戦前戦中の高等教育がエリート教育であったということを実感するのがこういう懇親会の席。そして、戦中に勉強する時間を“奪われた”方たちの研究に対する“貪欲さ”というのは真摯であるだけに恐ろしく感じることさえある。「恐ろしく感じる」というのは、自分の智識では同じ話題についていけないというのが大きな原因になっているのだと思っている。外国語の論文を読んで、文章が洗練されているなんて言われても僕にはお手上げ。
 今の僕たちのほうが、研究するには遙に快適で有利な条件に囲まれているのに、とてもかなわない。
 今年度で退職なさるアジア文化コースの大谷森繁先生には、よくお食事をご一緒したり、研究室でお茶をご馳走になったりするのだが、論文の一言一句に注意を払われる姿を見ていると、自分が非常に恥ずかしく思える。ご専門の朝鮮文学には全くの門外漢であるが、お茶をいただきながら先生のお考えを伺っていると、わからないことだらけなのについ引き込まれてしまい、長居をすることになる。

 とはいえ、「門前の小僧・・」のようにはならないのが悲しいところ。
 

1月10日(木曜日)

 明日から授業が再開される。修士論文はいよいよ明日が提出。

 どうでもいいが、正月休の間にマンガ喫茶に行ってみた。24時間営業で、雑誌、マンガを読みながら時間をつぶすということになるのだが、飲み物は料金に込められていてセルフサービスで自由に飲めるし、席によってはインターネットに接続されていたり、テレビが見られたり、ゲーム機が接続されていたりしている。ちょうど体に疲れが溜まっていたから、僕はマッサージ椅子の個室をとってもらってゆっくりすごした。サラリーマン風の人が多かったのが印象深く、また、小さな子供たちもよく姿を見かけた。料金的には、他の時間のつぶし方に比べると安上がりかもしれない。広島市内には「マンガ図書館」もあるから、マンガを読むだけだったら図書館を利用したほうが安いのは確かだけど。

 希望を言えば、禁煙フロアと喫煙フロアを分けてほしいということかな。

 

1月9日(水曜日)

 さて、入試時期に近づいてきた。センター試験までは後10日。そろそろ徹夜をふくめた夜型の生活から朝型の生活に切り替える頃かな。僕はもともと徹夜が苦手で、各種受験の時はもちろん博士論文を抱えていた時でもほとんど徹夜の経験がない。徹夜をすると翌日から2〜3日、自分のリズムが戻らなくて、かえって時間的な損失が大きいから。ということで、大学受験などを控えた皆さん、体調に気をつけて過ごしてくださいね。栄養のあるものを食べて、それから気分転換をうまくやって。

 と同じようなことは明後日の修士論文提出を控えた大学院生や、センター試験直後に卒業論文の提出を控えた学部生の皆さんにも言えること。応援してます。あと一息ですね。

1月8日(火曜日)

 今朝は雪が舞っていた。とはいえ、年明けすぐに雪が降った日に比べると暖かく感じる。
 雪といえば、韓国大邱市に住んでいたとき、一度、大雪が降ったことがある。ほんの2年暮らしただけなので大邱にはどの程度雪が降るものかわからないのだが、当時住んでいた団地が小高い山の上にあって、その山を越えるように幹線道路が通じていたわけ。「大雪だから、早めに家を出よう」と思ったのは僕だけではなかったらしく、最寄のバス停には人だかりが。笑うに笑えないのは、チェーンをつけた車、スタッドレスタイヤにしている車はもちろんほとんど走っておらず、タイヤのみぞがつるっつるになっている車も多かったせいか、そのバス停を頂上としている小高い山をとおる幹線道路、上りきれない車が続出。あちらこちらで、車のタイヤが路面をむなしくこする音、エンジンのふかす音がして、自分が今とんでもないところにいるということを感じた。 バスはチェーンをつけていたのだが、バスの前にそんな車が渋滞を作っているのだから、バス停にくることも出来ない。てなことで、その日は大学院に通っていた富山時代のように長靴を持っていたわけでもないので、革靴のまま雪に埋まりながら歩いて大学に行った。

 路面凍結防止剤くらいおいておけばいいのに、と思ったりしたが、あれからもう5年。随分変わってきているんだろうなあ。

 さて、年末年始に特別番組を見ていたのだが、伝統技能を守る職人さんを紹介する番組などを見て、妻と二人で驚嘆すること頻り。そして二人で話すのは、その伝統技能を受け継ぐ人材がいないということ。その方がお亡くなりになった時点でその技術が途絶えるかと思うとやりきれない。僕の実家は荒物の小売業を営んでいるが、イグサの上敷きは国産イグサを使っているものだけを扱っている。量販店の安売りで扱われている商品に比べたら、2倍3倍の価格は当たり前という状態。それでも国産イグサを使っているものを探してきたという人が半日かけて車でいらっしゃることもある。すし桶、神棚といったものも扱っているが、それぞれ祖父の代からのお付き合いのある方から購入しており、細かなところまで配慮された商品が納入される。
 必ずしも国産品がいいというわけではない。値段が違うということは、単純に日本と海外との人件費の差が出ているということではなく、表面から見てもわからないところに職人さんの“ワザ”がこめられていて、そこに値段がついているということ。3年前に亡くなったおばは、結婚する時に嫁入り道具として持たされた商品のすし桶を亡くなるまで40年近く愛用していた。毎年新しいものに替えるというライフスタイルがある一方で、自分と共に年を重ねていく道具を持つというライフスタイルもある。途絶えた伝統、途絶えた技術はなかなか取り戻すことは出来ない。安いものにばかり目を奪われず、本物を見抜く目をもちたいものだと思う。

 って偉そうに書いたけど、僕は3代目なので全然だめ(笑)。

 どうでもいいけど、僕の祖父は第二次大戦中に作り菓子屋から荒物業へと商売替えをした。砂糖が入手できなくなったのが主な原因だという。僕が生まれた時、既に祖父は他界していたが、祖父は戦後、祖母やおば、母などがほしいというと、材料を買ってきて台所でお菓子を作ってくれたという。その技術を受け継いだものはいない。かろうじて1年に1度、実家ではカキモチを作っている。カキモチ作りだけは、何とか僕も受け継いで子供たちに伝えていきたいと思っている。

 そんなことを考えた今年のお正月でした。

1月7日(月曜日)

 明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします。m(._.)m

 さて、年末年始に溜まった仕事を片付けなくちゃ。落ち着いたらホームページの更新作業を始めます。古書を多く譲っていただきましたので。



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