助手さんのひとりごと

6月30日までのものは、こちらに移しました。

8月30日までのものは、こちらに移しました。

10月30日までのものは、こちらに移しました。

12月30日までのものは、こちらに移しました。

2月28日までのものは、こちらに移しました。

4月30日(火曜日)

 昨日まで僕の故郷の山口県防府市に帰省していた。行きは指定席を確保して、帰りは自由席に座って移動することができた。JRの予約は、インターネットや電話で可能だ。今回は、インターネットでは予約可能な時間的制約があったため、電話で予約した。ゴールデンウィークということで心配していたのだが、希望の列車を一つずらしただけで指定席を予約することができた。ADSLを導入したことで、自宅でも24時間つなぎっぱなしでインターネットを利用しているのだが、指定席の予約はうっかりしていたわけ。
 両親はある商店街で小売業を営んでいるのだが、僕が大学に入る頃には通りに面したお店のいくつかがテナントの入らない状態になっていたのだが、今回帰省してみたら、建物自体がなくなって更地になってしまっていて、商店街としての態をなしていないことに気がついた。郊外に大型店が相次いで出店したことはもちろんだが、駅の改築、道路の拡張や新規開通に伴い、人や物の流れが大きく変わったことが大きく影響しているようだ。

 毎日新聞のインターネット版を見ていると、フィルムカメラとデジタルカメラの話が出ている。娘が生まれるときに一眼レフのカメラを、と思い立った時、僕もフィルム式のカメラにするかデジタルカメラにするか、随分悩んだ。当時、お店でデジタルカメラをかなり勧められたのも事実。でも、まだまだ性能が向上する余地があると判断してフィルム式のカメラにしたのだが、あの時の判断は正しかったよう。デジタルカメラは、この記事にもかかれているが半年サイクルで後継機種が投入されているわけだから、性能はまだまだ上がり、価格は下がっていくだろう。今回の帰省でも、随分と写真をとった。海外に出かけること、特に、継続して長期間滞在するような時には、持ち込む機器類に注意が必要だ。僕が韓国で暮らし始める直前にAPS式のカメラの話を聞いたが、APSカメラの現像が韓国で可能になったのは、随分後だったような気がする。デジカメなんかは、画像として印刷すれば、どこででも見られるというメリットはあるのだろうが、性能のことも、修理のことも考えるとなかなか踏み切れない。
 カメラのメーカーにお願いしたいのは、デジカメに一眼レフ機種を投入する際、それまで使用していたレンズがそのまま使えるようにしていただきたいということ。そうすれば、既存のユーザーが乗り返しやすくなる。レンズの性能とそのレンズを通して得られた画像データの処理とは違う問題だと思う。
 某ゲーム機メーカーは、後継機種投入の際、旧機種でのソフトが利用できないということで随分ユーザーを失ったという。ユーザーの視点に立った機種の開発、投入をお願いしたい。

 どうでもいいことだが、某テレビ番組を真似て大食いに挑戦した中学3年生が死亡している。気の毒なことこの上ない。亡くなった中学3年生もまさかこんなことになるとは思っていなかったのだろうが、テレビ番組で取り上げられ、ある程度の視聴率を稼ぐという以上、番組に登場する人々の大食いぶりが「普通」ではないということに気付かなかったのだろうか。「判断力のない子供に影響を与えるテレビ番組云々」という言葉が今回も見られたが、15歳になって判断力がないというのは15歳を馬鹿にしているとしか思えない。善悪の判断能力、危険を判断する能力は15歳なら15歳なりに身についているものだ。全てをテレビなどのせいにしてしまおうというのは、家族をはじめとして周囲にいる大人の責任を少なくしようとしているとしか思えない。大食い番組を推奨するつもりはないが、こういった事故があると責任を問われた番組が中止に追い込まれることが多い。現に既にいくつかのイベントでの大食いが中止になっている。

 こんなことでといえば、亡くなった中学生やご家族に申し訳ないと思うが、影響を与えたのは確かだと思うが、それが全てではないはず。番組や企画の打ち切りで全てが解決したと考えている人たちがいるとしたら、それは大きな誤りだろう。大食いが倫理的にどうかというのは、ここでは全く問題にしていない。ただ、「番組に影響されて」という言葉が番組を中止に追い込むのはどうもいただけない現象だと思う。
 

4月26日(金曜日)

 何でも京都大学の研究チームが頭髪の色に関わる細胞を突き止めたとか。これで白髪を防ぐことができるというが、日に日に髪が減っている僕としては、「白くてもあればいいじゃん」とちょっとヤサグレ気味(笑)。

 今年も学内の先生方から研究プロジェクトへの参加について声をかけていただいた。ありがたいことだと思う。でも、去年の忙しさを見ると、メンバーにしていただいたところで、満足に活動できそうにもなく、今年は今年で学内の仕事がいくつか増えている上に自分の所属している研究会の仕事なども分担したため、お断りすることとなった。本来の仕事ができないほど仕事を抱えているのは、僕の要領が悪いだけなのかもしれないが、無理に背伸びをすることを今年は止めることにした。

 昨日、ある先生からワープロソフトの使い方がわからないから教えてほしいという話があった。同じソフトについての説明も、人によってはファンクションキーを多用するし、アイコンを多用する人もいる、右クリックを多用する人もいるという具合に、その先生に何人かの人間が説明をしていると、非常に具合が悪いことになる。情報が過多になって混乱してしまうからだ。僕は比較的右クリックを多用するので、キーボードをいじることが少ないのだが、マウスに依存しないでキーボードだけで入力するほうが速いし的確だという人も多い。これで稼いでいこうと思うのでなければ、自分にあった方法を覚えておけばいいだけのことなのだが。退職なさった大谷先生は、パソコンについて僕が説明するとメモをとって僕のいる場所で3回確認してみるという方だった。ものを教わるというのは、こういうことなのだと教えられることが非常に多かった。
 繰り返すこと、習うより慣れろというのは、的を射ていることだと思う。必要に迫られないとできないというのも確かなところ。しつこいようだけど、何でも余裕があるときにはじめておくのがいいと思います。

 パソコンソフトなども、必要だと思って検索したりお店に行って探すからいろいろなものが見つかるわけ。フリーウェアやシェアウェアでインターネット上からダウンロードできるものの中にも、結構役に立つものが多い。例えば、僕が使用しているソフトをいくつか紹介すると、今使用されている漢字を全て旧漢字に一括変換してくれるものや、異体字を候補としてあげてくれるものなどがある。漢字ひらがな混じり文を漢字カタカナ混じり文に一括変換してくれるソフトもある。これらも博士論文の提出期限に追われている最中に見つけたもの。全てを手作業で変換する手間を思えば、1か月分くらいの時間は稼げたのではないだろうか。

 アンテナをあちらこちらに張り巡らして、自分の関心のある情報を集める。結構楽しいことだと思う。

 アンテナをあちらこちらに張り巡らして、ということと関連があるといえばあるのだが、最近、自宅の近くにケーキのお店がオープンした。僕は町を歩く時にきょろきょろして歩くもので、いつも妻から危ないといわれはするのだが、今回はそのおかげで。実はこのケーキのお店のパティシエ、元某ホテルの主任パティシエで広島市内のデパートの中にお店を持っている人。同じケーキが、オープン特価で半額近くになっていた。普段は、ショーケースの向こうに並んでいるケーキを見ながら、二つ食べたらイタリアンのコースランチが食べられるねえとため息をついていた僕としては、オープン記念期間中、ほぼ毎日何かを買って帰るということになってしまっている。プリンが絶品なんだわ。(^¬^)

 上のお店、確か今週末までがセールだったはず。是非見つけてください(笑)

 さてさて、明日からゴールデンウィークの前半戦が始まります。帰省する人、旅行する人、気をつけてお出かけください。ホームページの更新は、予定では4月30日(火曜日)に行います。

4月25日(木曜日)

 年休をとっていたため、更新は久しぶりのような気が。年休を取ったタイミングが良かったのか、ちょうど熱を出して寝込んでしまい、あんまりいい休みではなかった。ゴールデンウィークも寝込んで過ごすなんてことにならなきゃいいけど。

 娘がバイバイをしてくれるようになって毎朝出勤するのに後ろ髪を引かれるような気分。言葉が出始めたらもっと大変になるんだろうなあ(笑)。
 言葉といえば、学部時代に心理言語学(言語心理学とも)の講義で読んだ本の中に、人間の最初に口にする単語はなにかということを研究した人の話が出ていた。唖の乳母に世話をさせて、特定の言語を聞かせないで育てた子供がどんな言葉を口にするかという、今日では想像もできないほどひどい実験をした学者がいたという。今、手元にその本がないので正確なところは思い出せないのだが、古代アッカド語か何かの単語で「パン」を意味する単語だったとか。今では笑い話にしかならないオチではあるが、今日でも子供の言語獲得、人間の言語獲得というテーマは非常に興味深いものだ。

 言葉を扱う研究者の多くが自分の子供の言葉の獲得過程を調べようとしていて、実際、多くの論文が出ている。最近では録音・録画などの記録媒体が発達してきたため、やろうと思えば24時間、子供の様子を記録することはできるんだけどね。

 娘の話ばかりで恐縮だが、娘はバナナが大好きだ。で、最近では1本近く食べる。どんなに泣いていても、バナナの姿を見ると泣き止んで手を伸ばし頂戴をするわけだ。この前、その様子を妻と見ていると、ふと妻が、童謡の「さっちゃん」の話をし始めた。あの歌の中のさっちゃんは、「まだ小さいからバナナを半分しか食べられない」といっていたのに、うちの娘は1本食べる・・・という話。まあ、元気なのだからいいんだろうけど。

 さてさて、土日に続けて月・火と年休を取り、水曜日の研修日ということもあって、5日ぶりに大学に出てきた。5月末締め切りの論文に時間を割こうとして年休を取ったわけ。というのも、ゴールデンウィークは帰省するし、5月最後の土日は学会で出かけるし、ともう満足に時間が取れないのが目に見えていたから。
 5日ぶりに出てくると、やはり仕事はたまっているものでメールも30通近く届いていた。大学宛のメールは自宅で読めるように転送設定していたので自宅でも見ることはできたのだが、転送すると発信者が大学の僕のメールアドレスになるため、学内メールだということで名前が書かれていないメールは返事ができなくなる。最低限、発信者の名前とメールアドレスくらいは書いておいてほしいと思う。
 メールアドレスといえば、4年生でもまだ自分のメールアドレスを持っていない学生がいる。最近は、就職活動で電子メールが必須の道具になってき始めているから、少し心配。大学からメールアドレスは在学中、割当てられているはずなのだが、必要ないのか、メールアドレスを調べた際に空欄で返ってきた学生が多かった。僕の同級生が就職活動にいそしんでいた92年ごろは、留守番電話が就職活動の必須の道具になり始めていた。それを思うと隔世の感があるが、企業によってはエントリーシートはメールでのみ受け付けるというところも出てきているから、フリーメールでもかまわないので一つは持っておきたいもの。

 と、偉そうに書いたが僕は携帯などを持っていないため、年に何回か携帯電話をとるような場面があると、大概、最初の1回は呼び出し音が切れる前に通話ができない。どのボタンを…と思っているうちに、相手が切ってしまうわけだ。何とも情けない話なのだが、今のところ、携帯電話を持つメリットを感じないので気にしてないわけ。

 受講登録も終って、本格的に授業がスタートしているよう。1年生が提出した時間割を見ていると、朝から夜まで毎日びっちりと授業を詰め込んでいる学生も何人かいる。連休明けの5月病も心配だけど、試験期間に入ってからのことがとても心配。無理せず、がんばっていきましょう。困ったことがあったら、チューターの先生や僕の部屋を気軽に訪ねてきて下さい。部屋が雑然としていますが、ぼちぼち片付けますから。

4月18日(木曜日)

 昨日は研修日をいただいてNHK広島放送局へ出かけた。というのも、調査を進めていく過程で下に紹介するような録音盤を入手したのだが、再生する手段をもっていないため、再生させていただけないかと相談したところ、お時間を割いていただけることになったからだ。
 入手した録音盤は次の5枚。

表・裏 タイトル 内容
文部方認定 尋常小学国語読本の読方 尋常小学国語読本巻一 10〜19ページ、28〜31ページまでの朗読
文部省認定 尋常小学国語読本の読方 尋常小学国語読本巻二 11課、14課、22課の朗読
文部省認定 小学国語読本模範朗読レコード 巻一 2〜30ページの朗読
文部省認定 小学国語読本模範朗読レコード 巻一 32〜47ページまでの朗読
学芸レコード(国語講座) 春の鳥(上)
学芸レコード(国語講座) 春の鳥(下)
流行歌 「あだなさけ」 西条八十作詞 全壽麟作曲 李アリス独唱(朝鮮人歌手による日本語歌唱)
流行歌 「いとしきけむり」 西条八十作詞 金教声作曲 姜石燕独唱(朝鮮人歌手による日本語歌唱)
ニュース ベルリンオリンピック 陸上マラソン実況 孫基貞選手が優勝したマラソンの実況放送
ニュース ベルリンオリンピック 陸上5000メートル実況 実況放送

 上にあげた5枚のSPレコードをカセットテープに落としていただいた。僕は以前にも書いたと思うが、日本語教育の歴史を調べていて、特に植民地であった朝鮮を対象にしている。博士論文では初等教育機関で使用されていた教科書を通時的に調べ、「内地」の教科書との比較対照を行い、改訂を重ねるごとに「内地」の教科書に統一されつつあることを示した。また、従来は見落とされていた部分改訂について注目し、句読点や送り仮名、文章表現にいたるまで---もちろん教材そのものも−−−何が変化したのかをまとめた。その作業の合間に、ラジオ放送を使った「国語」教育が行われていたという記述を見つけ、その全体像を明らかにしたいと考えているのが、今の段階。本学の紀要にとりあえずわかったことをまとめて掲載していただいた。3月の下旬には、日本植民地教育史研究会でも報告させていただいた。
 で、そのラジオ放送の録音盤があるんじゃないかなあと思って調べていたら、上の表の1,2に示したような「内地」の教科書の模範朗読が見つかったわけ。

 NHKの方にデータはあるのにそれを再生する機器がないという話をしていたら、それはどこでも同じことらしく、NHK自体が古くなった再生機器の廃棄をしているということ。で、思い出したのは、以前通っていた大学の附属図書館のこと。方言に関する書籍を借り出したところ、方言を録音したソノシートがついていた。実家に帰れば、アナログレコード(33回転・45回転)プレーヤーはあるのだが、下宿には持ってきていなかったので、図書館の方に再生したいという話をした。ところが、再生する機器がないといわれ、僕がせめてカセットテープにダビングしておいたほうが利用しやすいのではというと、予算も人もいないという話になった。何も蝋管の再生機を置けというわけじゃないんだけどなあと思ったのだが、このようなことはどこでも起きているのだろうか? 技術の進歩で、様々なデータ保存ができるようになる一方で、古いものは再生すらできない状態になりつつある。公の機関が再生する機器を備えておくのは、例え100年に1度しか利用しないとしても必要なことではないのだろうか。図書館に予算がないと返事をさせる構造は何かがおかしくなっているとしか思えない。

 SPレコードの再生機器を自分で購入することも検討しているが、今回、NHKの機器を使ってダビングしていただいく際の様子を見ていると、素人がやるよりも技術料をお支払いしてでもプロの方にお願いするのが良さそう。音が割れるからこうしようとか、傷があるからこうしよう、というのは、やっぱりプロじゃないと。

 どうでもいいことだが、僕はどんな仕事でもプロの方の仕事を見るのがすきだ。今回もSPレコードを再生させながらカセットに音を落とす作業の手際の良さ、無駄のなさはうっとりと(笑)させるものすらあった。
 今日は研究室でこのテープをマスターとして他のテープにダビングすることが一つの仕事になる。

 恥ずかしいから書かないけど(笑)、知らないことが一杯。そんなことを感じた昨日の研修日でした。

4月16日(火曜日)

 釜山近郊、金海空港の近くで飛行機が墜落したというニュース。韓国にも中国にも知人がいるので気になっている。「日本人乗客はいませんでした」という報道では何の意味もない。登場していた人の名簿なんかも、日本人らしい名前の乗客がいないということであれば、きっと新聞でもテレビなどでも取り上げられることはないだろう。しばらくの間、韓国の新聞を注意しておかなければならない。

 各種奨学金の案内が掲示され始めた。条件が合うようならばどんどん応募してみてはどうだろう。僕は高校時代からずっと日本育英会の奨学金を借りていて、下宿暮らしをする時の家賃は何とか奨学金でまかなえていた。後は仕送りとアルバイト。いろいろな助成金や奨学金の申請もしたんだけど、書類を書く時間のほうが大変で、アルバイトしたほうが気が楽だという面があった。今のいろいろなプロジェクトの書類を作るのといっしょ。書類を作る時間があるなら、本を何冊か読めるという気がしないでもない。

 新学期初めのオリエンテーションで配布しなければならない様々な書類が僕の部屋に積み上げられている。欠席した学生のものを引き取っているのだが、一向に減らない。人数分しかないはずなのに…とちょっと不思議な気持ちになっている。成績表も受け取っていない学生が何名か残っている。病気でもしているのかなあと心配になる一方で、もしかしたら事務局で既に受け取ってしまっているのではという気がしないでもない。まあ、受講登録期間が過ぎたら片付けることしよう。まだもらっていないという人、急いで受け取りに来てくださいね。

 

4月15日(月曜日)

 韓国語を担当していただいている非常勤講師の方から、昨年の3倍近い人数が受講しているという話を伺った。ワールドカップの影響だろうか。という僕も、韓国語をはじめたのは88オリンピックがきっかけだったから、ある意味、予想できたことではある。まだ受講登録前なので、ちょっと顔を出してから決めようという学生も多いはず。中国語やタイ語とは時間が重なっていないようなので受講登録でも複数受講する学生がいるかも。まあ、外国語を身につけるというのは、これからの学生生活の中で必要な基礎的部分だから、学生のほうも必死なんだろう。

 僕の経験からすると、韓国語はまず、文字の段階で挫折する人が何人かいる。でも、この文字は、人間の発声器官をかたどったものなので、丸暗記しようと考えずに理屈を考えて取り組めば簡単に覚えられる。覚えられないという人は、僕の研究室を尋ねてみてください。相談に乗ります(笑)。文字の段階をクリアすると、次は発音かな。発音で挫折する人がいるかもしれないが、日本語にない発音があるというのは、どの言語をはじめても同じこと。あまり深刻にならずに、何度も何度も音読してみるといい。交換留学生をはじめ、ネイティブの先生方もいらっしゃるので、時々は確認することも忘れずに。
 発音は気長に・・・というのも、僕だっていまだに発音し分けられているとは到底思えない発音があるし、聞き取りだって。でも、2年間韓国で暮らすのも何とかなったし、今、留学生たちと話をするのも単語を覚えていないから困るということこそあれ、発音で通じないという場面に出会うことは少ないから。結局は、一音一音を正しく発音するということを投げ出してはいけないが、実際に使う場面では文や単語の中で発音するわけだから、少しくらい正しくなくても大丈夫なわけ。気弱にならずにやってみましょう。
 発音を棚上げ状態にして、いざ、文章に取り組んでみると、これが意外に簡単だということに気付く。少なくとも、語順について悩むことはないから、単語がどこで切れているか(これも、基本的に文節で切れている分ち書きだから、そんなに大変ではない)さえわかれば、後は辞書を使ってどんどん読んでいく。半年もやってみれば、きっとワールドカップまでにはかなりできるようになるはず。

 せっかく勉強できる環境が整ってるんだから、使わなくちゃ。ね!

4月12日(金曜日)

 カップ焼きそばを食べた。焼きそばが好きなので研究室に備えておく非常食(笑)になってもいる。登場した頃、湯きりに失敗して中身が全て流しにこぼれてしまったという経験を良くしていたものだが、最近は『湯きり口』が作られ、そういった失敗もなくなった。(本当にどうでもいいことだが、具の乾燥キャベツを麺の下に敷くと湯きりの際、キャベツの流れ出る量が押さえられるという発見は誰がしたのだろう。げに偉大な発見である) 今回、気がついたのは、ふたに湯きりの際に指を置く印がつけられているということ。余計なお世話だという気はしないのだが、他のところに指を置くとやけどをする懼れもあるだろうし、うまくお湯が切れない恐れもある。とはいえ、それはメーカー側がわざわざ言うほどのことなのだろうか。なんか、自分が行う行為がどのような結果を引きを越すかということに対する想像力がはなはだ欠落し始めているように思えてならない。湯切り口の近くに指を置けば、当然熱いわけであって、熱いと思えば持ち方を変えればいいだけのこと。『親切』というか、『万全の配慮』というか、そういう名前を借りて、人々の想像力、責任のようなものを少しずつ剥ぎ取っていっているような気がする。

 そのうち、文庫本なんかを買ったら表紙に『縦書き』とか書いてあったり、『表紙からめくって読みます』、『2ページめくると話の筋が追えません』、『音読する必要はありません』とか注意書きが書かれる日が来るのでは・・・くすくす。

 随分前になるが、ある外資系のお店に買い物に行って気になったことをメールに書き記して送ったことがある。2,3日して丁寧な返事が届いた。具体的にどのような方法で対処するか、対処し終えたかが記されており、『是非、ご来店いただき実際にご確認ください』という言葉で結ばれていた。いくつかの企業はそういった言葉だけでなく、そのお店で使える小額の商品券を同封して来店を促す方法もとっているという。顧客のクレームというのは、企業にとっては大切なものという認識の表れだろう。

 翻って我が身を思う。

 学生は僕が助手で授業を担当していないからなのか、いつも研究室にいて暇だと思われているからなのか(笑)、研究室にやってきていろんな話をしていく。その話は、大学に関する話、友達に関する話、バイトに関する話など盛りだくさん。バイトに関する話などは、結構、いろんな企業の裏事情がわかって面白い。それはともかくとして、学生が僕に「大学が○○だったらよかったのに」という話をすることがある。これも一種のクレームだ。クレームというと悪い印象があるが、実際、僕たちがある企業に対してクレームをつけるというのはどういう場合かを考えてみる。悪意がある場合は問題外だが、普通、その企業であれば対応ができるはずと信じているとか、その企業に好意を寄せているからこそ出てくるという部分が多い。学生は学生で自分たちの大学がこんなふうになればいいなと思っている。自分たちがどんな教育を受けたいか、受けたかったか、それぞれが意見をもっているわけ。意見が寄せられるというのはありがたいこと。

 だって、この人には何を言ってもだめだって思ったら、誰だって何も言わなくなる。自分が何かを話して、それに反対意見がないなんてことはまず考えられない。反対意見が出るうちが自分の意見を本気で検討してもらっているということ。学会などで鋭い突っ込みがあると、慌てちゃうけど、僕はすごくうれしい。投稿論文が意見付きで『不採用』と戻されても、読んでもらえたということと、読んで検討してもらえたということがわかるからとてもうれしいわけ。まあ、『不採用』よりも『採用』のほうがずっとうれしいとは思うんだけどね。

4月11日(木曜日)

 最近、テレビを見ていると僕をターゲットにしたとしか思えないようなコマーシャルが目に付いてならない。例えば、某携帯電話のコマーシャル。母親が初めて立ち上がる赤ん坊の映像を動画で送り、会社で父親がそれを見て涙ぐむというもの。例えば、某お茶のコマーシャルで子供を抱いた母親が真情を吐露するもの。例えば、某カメラのコマーシャルで、子供の写真を大きく引き伸ばして部屋に飾っている様子を見せるもの。たまたま自分がそういう環境にあるから気になるだけかもしれないけど、コマーシャルというのは購買層を絞りきるとなかなか影響力があるもの。

 つい昨日の夜のことだが、娘がようやく何も持たずに立つようになった。↑の話題はここからなのだが、実際、なかなか感動的なものだ。子供を持ってはじめてわかることのなんと多いことか。

 さて昨日のオリエンテーション、就職活動等で欠席した学生も多かったようだ。4年生はこの時期、既に追い込みにかかっている状態の学生も多く、今朝、僕の部屋にやってきた学生は、今日が最終面接の日だそうだ。就職が決まれば、卒業論文に打ち込めるのかもしれないが、昨今の就職状況の厳しさを見ていると、そうそう簡単に内定が取れるものでもない。かといって、就職活動に専念してしまうと、11月になって卒業論文の中間報告をする際に何も出来ていないということになりかねない。関心のあるテーマと指導教員は昨年の12月に届け出てあるわけだから、少なくとも関連の資料や論文の第一次リスト作成とその請求くらい連休前に済ませておきたいもの。4年生のチューター・原田教授からもそのような話が4年生に向けてあった。資料さえ自分の手の届くところに集めておけば、寝る前に少しずつ読むとか、就職試験の帰りに読むということも出来るから。去年の4年生で、11月の中間報告の1週間前になって、僕のところに資料の集め方がわからないという相談をしにきた学生がいた。もちろん、どうやって探すか、どうやって集めるかという話をして、いっしょに図書館に行って書類を書いたりしたのだが、彼女がその資料を手に入れたのは卒業論文の提出期限も間近になった12月末のことだった。運が悪いといえばそれまでだが、資料の収集には意外と時間がかかるもの。早め早めに動きましょう。それと、就職活動で東京へ行くという人は、国会図書館をはじめとする各専門図書館がたくさんありますから、事前に資料の所蔵状況を調べておいて、2〜3日東京に滞在して調べてくるというのもいいよね。

 オリエンテーション欠席の学生が書類などを取りにくるのを待っているのだけれども、出足は鈍い。1年生については、僕のほうが不安になってくるわけ。初めての大学生活で、授業登録に必要な書類一色が僕のところにある。学内に掲示を出したんだけど、まだ来ていない。
 掲示板を見るというのは、大学生活の基本中の基本です。掲示板を見なかったから知らなかったというのは、いいわけにはなりません。大学での情報は「与えられる」ものよりも「探求する」もののほうがはるかに多いものです。授業で与えられる知識や技術はほんの一部。それで満足するのではあまりにもつまらない大学生活になります。それを手がかりに自分で探す、調べる、尋ねる。それが大学生活を充実させる秘訣だと僕は思ってます。

 僕が大学院に進学しようと考えるきっかけとなったのは、当時の指導教官が自分の担当している科目の中で専門分野について解説されるのに触れたこと。こんなに人を夢中にさせるものとは一体何なんだろうというのが、そのときの正直な気持ち。そしてちょうどその頃、先輩の自主的にやっていた勉強会に声をかけてもらって、本を読んでいくことになった。寺村秀夫の『日本語のシンタクスと意味』がそれだ。時々、先生が参加なさるのが刺激にもなり、緊張感を持続させることにもなった。今の僕があるのは、当時の指導教官と先輩、そして、そのとき読んだこの本があればこそ。言葉に対する関心は、確かに高校の時から持ってはいたんだけれども、大学で自分が手にとった本が今まで聞いたこともない話を次々に提供してくれるのは、とても大きな驚きであり、喜びだった。
 それを思うと、就職活動に追われている先輩を持つ新入生や2年生を見るとかわいそうに思える。

 話が長くなるがもう一つ。
 高等学校の教科書についての報道があった。教育する内容が減るということには僕自身非常に心配している。詰め込み教育が悪いという指摘は確かに的を得ている部分もあるだろう。だが、だからといって教育する内容を減らせばいいというのはあまりにも安易な発想だ。週休二日制の導入も、ふたを明けてみれば、国公立こそ導入したが私立学校では導入の見送りが相次いでいる。10年も待たず、国公立学校出身者と私立学校出身者の学力差ははっきりと現れてくるだろう。僕自身、旧制高校や旧制大学を卒業した方と話しているときに、よって立つ基本的な知識量の違いにがく然とする。そんなお年を召した方でなくとも、本学の教授、助教授世代の先生と話をしていると、専門分野は別として、大学入学以前に得られたと思われる知識量の違いは、恥ずかしくなるというか、焦ってしまうというか、そういう気持ちにさせるほどだ。伝承、というと大げさかもしれないが、世代を越えて伝えられていくべき知識が毎年削られている。かなり不安になっているこのごろ。

4月9日(火曜日)

 新入生のオリエンテーションに参加した。学生の自己紹介を聞いていると、自分の高校の後輩にあたる学生がいたり、僕の同級生が教鞭をとっている高校の出身者がいた。他にも、学部時代や大学院時代に暮らした地域から入学してきた学生もいて、とても懐かしく思いながら過ごした。どうでもいいことではあるのだが。

 どうでもいいことといえば、モーニング娘。のアルバムを買った。今回収録されている曲には、いろいろ気になる日本語が潜んでいる。何かのキャンペーンソングだったと思うのだが、『でっかい宇宙に愛がある』という曲がある。この歌詞には「でっかいでっかい」という言葉と「でっかなでっかな」と言葉がある。初めて聞いた時は聞き間違いかと思ったが、歌詞カードを確認したところ間違いではないようだ。果たして、現在の日本語で「でっかい」の連体形というか、連体詞扱いになるのかなあ「でっかな」という語彙が認知されているのだろうか? 歌詞を見てみると、4句からなる一連の歌詞があって、一つ一つの句が連体修飾語句とそれのかかる名詞から成り立っている。で、最初の2句は学校文法で言うところの形容詞の連体形+名詞という形になり、後の2句は連体詞+名詞という形にしたかったらしいということがわかる。問題は、連体詞として「でっかな」が認められるかどうかというところ。作詞はつんくということで、彼の語感や語彙獲得の背景などを調べる必要もあるのだろうが、彼の造語といった感がぬぐえなくもない。「大きい」−「小さい」、「大きな」−「小さな」という形容詞の連体形と連体詞の対応があるのだから、「でっかい」-「ちっちゃい」に「*でっかな」-「ちっちゃな」という対応があってもよさそうなものだが、実際にはそんなことにはなっていない。(*は日本語として認められないことを示す)

 今、僕は戦前のラジオについての研究を進めている。特にラジオ放送で行われていた語学講座である。で、現在、話され、使われている言葉にとても関心があるわけ。上に書いたモーニング娘。の曲は、幸か不幸かそれほどはやらなかったので、人口に膾炙するということにはならなかったが、それでも、この曲を日本の歌謡曲として口ずさむ非母語話者は、「でっかな○○」を日本語として身に付けることになるだろう。「正しい日本語」という考え方を持たない僕としては、目の前で日本語が変化していく過程が見られるかもという期待(というと変かな)でこの歌を聞いていた。

 確かに、歌謡曲の歌詞は曲から離して歌詞だけ見ると日本語として首をかしげる部分も多いのだが、その多くは音節数が合わないからとか、作曲上の必然に迫られることが多いような気がするのだが、この「でっかな」は「でっかい」といったところで音節数は変化しないから、純粋に韻に配慮したとしか思えないわけだ。どなたが正確なところがお分かりでしたら教えてください。

 と、柄にもなくモーニング娘。のCDを買った言い訳らしきものを書いたのだが(笑)、このアルバム、娘(1歳2ヶ月)に聞かせると体をゆすってリズムを取るので、家族みんなで楽しんでます。

4月8日(月曜日)

 今日は入学式。地元の学生が多いためか、保護者の方も多い入学式だった。今年の入学式の受付は他学科の助手さんの担当だったのだけれども、交換留学生をつかまえる(笑)ために受付の側にいた。これからの4年間の生活が充実したものになるように祈ってます。

 今週末から授業が始まり、来週末が受講登録期限となっている。しばらくの間、学生が僕の研究室を訪ねてくることが多いだろう。結構1年生とか2年生よりも4年生で尋ねてくる学生が多いのが実情。というのも、卒業がかかっているので、単位の数え間違いを懼れて僕のところで一緒に数えてほしいということになるのだが、卒業がかかっているというと僕のほうもドキドキしながら数えることになる。まあ、ほとんどの学生の場合、そんなにたくさんの授業を登録しなければならないという状態にはないんだけど。しかし、考えてみると4年生になると就職活動や進学のための勉強をはじめ、卒業論文のための調査旅行なんかもあるから、3年生までに授業をできるだけ取り終わっておくほうがいいわけだ。僕は自分が学部生のとき、4年生で残っていたのは教育実習などの教職関係の講義と再履修がいくつかだったように思う。
 学習便覧をよく読んで、まずは自分で確認して下さいね。

 一方の1年生がやってくると、決まって口にするのが『普通どのくらい授業をとるんですか』ということば。自分で好きなように取ればいいんだけど、今までの教育システムがそうだったためか、こういうことが気になるみたい。でもほんとにみんなまちまちだから、自分の無理のないように、必修科目はなるべく外さないようにとるのがいいと思います。

 研究室も片付けなくちゃ。とちょっといいかっこをしてみたりする。でもねえ、昔付き合っていた彼女が家にくるという時に、僕は片付けたつもりになっていたんだけど、その子が後になって「こんなに散らかってるんなら掃除をしてあげたほうがいいのかしら」と思っていたという話を聞いて苦笑したことがあるけど、きっと研究室の片付けも僕の【片付いた】という意識と学生の意識とには大きなずれがあるんだろうなあ。普段の姿は見せられないような気も・・・

 ま、気にせず、おしゃべりしに来てくださいな。なるべく片付けておきますから。
 

 

4月5日(金曜日)

 卒業式から2週間が過ぎた。卒業生の一人が、昨日大学に来ていた。僕は学生が演習準備に使う部屋のとなりに研究室があるので、よくその演習準備室を除くのだが、今年度はちょっと今までと違うような感じがする。とはいっても、ここで働き始めて3年目の僕にとっては、『今まで』という春休みの時期は2回しか経験してないんだけどね。
 何が違うかというと、在学生が姿を見せないこと。確かに入学式や新学期のガイダンスが週明けだということもあるのだろうが、去年の今ごろは交換留学生を何人かの学生に紹介して、花見に行ったとか、広島城を見に行ったとか、そんな話を聞いたと思うんだけど。

 昨日、顧先生から中国語の文法に関する解説の文章を見せていただいた。中国語は学部の教養時代に2年間勉強したのと、大学院の時に留学生にお願いして少し勉強したきりなので、忘れていることばかり。ある日本文を中国語にすると次のような誤った文が良く出てくるという話でも、僕にはその間違った文でさえ作れない(笑)ということの方が多いわけ。うちの大学で中国語を学んでいる学生よりも知識は劣っているはず。僕が例文を音読すると顧先生が一つ一つ直してくださる。正直な話、漢字を見てピンインがどれだけ頭に浮かぶかというと、非常に心もとない。顧先生とお話していたのだが、僕はピンインのアルファベットは思い浮かんでも声調が思い出せないわけ。顧先生に「アルファベットはピンインの一部です」と言われ、声調が思い出せない、というか、覚えていないのだから、厄介ではある。

 アジアの言語を一つ選択しなければならないということで、中国語、韓国・朝鮮語、タイ語が開設されている。僕はタイ語はかじったことすらないのだが、卒業生の中にはタイと関係のある企業に就職した学生もいるし、在学生の中にはタイに留学した学生もいる。中国は言うまでもなく、韓国にも留学している。気がつくと、教員のほうが現地の事情に疎いという状態が生れてくるわけ。だって、僕一人を見ても、韓国の仁川国際空港が開港して1年になろうというのに、まだ利用したことがない。

 新入生が中国語、韓国・朝鮮語、タイ語のどの言語を学ぼうとするのか、非常に関心がある。英語以外の言語に触れることで、言語の多様性に気付くというのが僕の好きな瞬間だ。だから、その瞬間を是非、学生の皆さんにも味わってもらいたいと思う。まあ、僕の場合、いろんな言葉に手を出そうとして、いつもすぐ挫折するんだけどね(笑)。

 

4月4日(木曜日)

 交換留学生5名に、事務局の方のお骨折りで自転車を渡すことが出来た。今はそうでもないのかもしれないが、僕が学部生だった頃には韓国の留学生には結構自転車に乗れないという学生が多かった。韓国で暮らしていた時も、自転車に乗れない学生が日本よりもはるかに高い割合でいたように思う。生活環境というか、要は韓国の都市部では自転車に頼らなくても困らないような交通環境にあるということでもある。バスやタクシーの費用は日本よりもはるかに安く、かえって自転車を買うほうが経済的に負担になるという判断があるのかもしれない。

 僕が韓国で自転車を買おうとしたとき、ママチャリにしようと思ったら、お店の人がおまえが乗るのはこれだとマウンテンバイクしか売ってくれなかったというのも、今となれば笑い話にしかならないのだが、マウンテンバイクにライトをつけて、籠をつけて、妙な格好で乗っていたのを覚えている。でも、以前に書いたように、2週間後には様々な部品が奪われて常用に耐えられなくなったから、とても高い買い物だったと思う。当時、学生からは『大学の先生は自転車には乗りません』と妙な乗り物に対する意識を開陳されたのも懐かしい。

 どうでもいいことだが、昨日、大学からの帰りに信号待ちしていたら、ゴールデンウィークをどう過ごすかという話をしている学生風の人がいた。よく考えると、今月末からもうゴールデンウィーク。新学期が始まって、受講登録が終って、気がついたら連休ということになる。5月病というのが話題になるが、緊張感が途切れた頃が連休明けというところなのかな。うまくいえないけど、今年も僕は水曜日以外は毎日朝9時にはきていますから、気軽に研究室に来ていろいろとしゃべっていってくださいね。一人で悩んでいるよりは、友達や先輩、それから“気の合う”先生に相談するのがいいと思います。せっかくの大学生活なんだから、楽しくなくちゃね。

 ついでにもひとつ。
 新学期が始まったら、図書館の企画で文献検索や資料収集の方法をガイダンスしてくれると思います。例年やっているので、今年もあると思うんだけど。文献検索の方法や資料収集の方法と聞いて、どうするのかわからないという学生さんは、是非、参加して下さい。1年生や2年生なら『知らない』というのもアリかもしれないけど、4年生で『知らない』というのはちょっと問題。卒業論文を書く段階でそんなことを言っていてはいけない。それと、情報教育センターではワードやエクセルの使い方のガイダンスをしてくれる企画があると思います。これも例年やっていますから、こちらにも参加して下さいね。昨年度は、何人かの1年生が7月になって、レポートをワープロで書こうと思うがソフトの扱い方がわからないという相談に来たことがあったし、4年生が卒業論文の資料を作るというのにエクセルの使い方がわからないと相談に来たこともあったから。もちろん、わからないというときの相談には載りますが、詳しい話はやっぱりプロに聞くのが一番。

 まあ、大学生活というのは、自分の積極性によって得られるものが違うという意味では非常に自由なところではあるわけ。期待に胸を膨らませて入学してくる皆さんにどう伝えればいいのか悩むところではあるんだけど、皆さんが自分で勉強しようとすればいろいろなものが勉強できます。高校までのように、相手から情報が与えられるという意識では、単調で面白くない生活になります。先生方はそれぞれの分野でトップを走ってる方ばかりだから、その先生方に「ごめん、わかんない」と言わせるくらいの勉強をして質問にいってみるというのも、ドキドキして楽しいかも(笑)。その点、僕はとても早い段階で「ごめん、わかんない」と言うと思います。お手柔らかに。m(._.)m
 

4月3日(水曜日)

 昨日、懇意にしていただいている古書店の前を通った時、ご主人から声をかけられた。ご子息が韓国に留学なさっているということで、時々、韓国の話をしにいっていたのだが、僕にどうかと思って取っておいた本があるからということだった。戦前の国民学校時の教科書編纂趣意書や、教科書の内容解説の本、それから写真集だった。写真集は、その場で譲っていただき、その他の本も後日いただきに行くこととした。いつも心がけていただいて、ありがたいことだと思う。今もその写真集をめくっていたところ。

 さてさて、昨日は大学院生室をのぞいてみた。というのも、昨年度修了した院生よりも多い新入生を迎えるため、個人に割当てるロッカーや棚について整理しておかなければならなかったからだ。社会人の院生が多いため、日中は比較的ひっそりとしている。昨年度の修了生も、土曜日や日曜日、平日の夜間に来て論文を必死にまとめていたという話なのだが、僕のいない時間なので結局差し入れをするようなこともなかった。今年度はアジア文化の大学院生は、全員で10名になる。

 学部生が演習準備やレポートを書いたり、友達と話をしたりする部屋が僕の研究室のとなりにあるのだが、この部屋も昨日ちょっと片付けた。学生にやらせればいいのだが、ちょうど図書館からこちらの部屋に借り出している本の所在確認のリストがきていたので、ついでということもあって片付けた。あんまり手を出すとうるさがられるだろうなあとか思いながら。この部屋には、過去の卒業生が置いていった就職関係の資料などもある。昨年度末に図書館で使用していたと思われる雑誌立てを譲っていただいたので、それもこの部屋に置いた。結構、私費留学や検定試験の案内、外国語新聞の購読案内などが僕のところに届くのだが、これらをわかりやすく整理する棚がほしかったわけ。今、中国留学の案内と、ハングル検定試験の案内をおいている。

 この演習準備室には、文字通り演習の準備に使えるよう各種辞典類がそろっている。昨年度は、演習の準備をろくにしていなくて先生に怒鳴られてから部屋に駆け込み、しばらくしてから僕の部屋をノックした学生もいた。演習の授業は、自分の準備如何によって成果が全然違う。辞書類の使い方がわからないときは、気軽に研究室を尋ねてください。というか、僕に尋ねにくかったら、その演習を担当している先生方に直接尋ねてみればいいと思う。大学は自分が動かなければ何も得ることはないというのが原則。その代わり、自分が興味を持てば無限の可能性がある。
 今年度も、この前から書いているように5名の交換留学生が韓国からやってきています。演習準備室に来たら、彼女たちに会えるんじゃないかな。今月中ごろから末にかけて、留学生の相談相手というか遊び友達というか(笑)、日本人学生を募集します。関心のある人は積極的に申し出てください。もちろん、そこに募集しなくても、普通の講義に出席していますから気軽に声をかけてつきあってください。なんてったって、今年はワールドカップの年。いっしょにテレビの前で応援するのも楽しいと思うけどな。

 えっと、交換留学生が韓国からくるメールの確認をしたり韓国へハングルでメールを送りたいということもあって、この学生の部屋のパソコンのうち1台はそれが可能になるように設定してある。ただ、あまりにも古いパソコンなので、動きが鈍いというのが欠点ではある。日本人の学生でも韓国語でメールを送りたい、受け取りたいという人は僕の研究室を尋ねてください。フリーメールだから経済的な負担はありません。

 僕が韓国で暮らしていた時も、与えられた研究室に備え付けのパソコンがあった。今思えば、笑い話にしかならないのだが、赴任した当初、新しい機械を大学が購入してくれたわけ。ところが、その時はウィンドウズ95が普及していたにもかかわらず3.1しか入っていない代物で、再インストール用のCDロムを置いていってくれたにもかかわらず、CPUにはCDプレーヤーついていなかったという不思議なことになっていた。幸い、滞在していた2年の間に、再インストールしなければならなくなるようなことはなかったけど。くすくす。

4月2日(火曜日)

 出勤前にテレビを見ていたら、富山で白エビ漁が解禁になったという話をしていた。ただ、例年の5分の1程度の漁獲量だったというから、少し心配。富山で暮らしていた2年間は、今思えば、非常に贅沢な日々だった。

 ここから先に書かれる大学院生時代の食生活についてのご叱責はご容赦ください m(_ _)m。

 富山は氷見のブリをはじめ、この白エビや蛍烏賊などでも有名なのだが、刺身や寿司の類が非常に安価でおいしかった。アルバイトの帰りによって折を一つ作ってもらって帰るという生活をしていてもコンビニで弁当を買って帰るよりも安かった。
 蛍烏賊や白エビのお寿司は一度だけ食べたことがある。共に漁の期間が限られていることから食べる機会があまりなかった。当時の指導教官がうまいものを食べに行こうと連れて行ってくださったお店でそれを食べたのだが、カウンターに座り値札を見るとどれも『時価』と書いてあったので、値段がどのくらいかは全くわからない。指導教官は、1カンか2カン口にし、ビールを飲んだところで『いやあ、おなかいっぱいだぁ』とお店に響くくらいの声でおっしゃったものだから、食欲旺盛な僕としてはご馳走していただくという手前、これ以上食べてもいいものだろうかと逡巡したことを覚えている。どうでもいいことなんだけどね。
 富山にいるときには、庄川の鮎を食べに行ったり、鴨料理を食べに行ったり。いろんなところで生活したが、富山での生活は、こと食生活について言えば、最高だったと思う。(゚゚)(。。)(゚゚)(。。)ウンウン。
 そういえば、富山はロシアとの通商関係もあってか、結構本格的なロシア料理のお店があって、初めてキャビアというものを食べたのもこの富山時代。ただ、ここに書き連ねたものは一切値段がわからない。自分が払ってないから(笑)。あ、上のほうに書いたアルバイトの帰りの折は別。
 食べ物といえば、山口県で暮らしたことのある人なら誰でも思うのが、ふぐ。山口を離れて、ふぐがどれだけ高いかということを知った。山口県だとふぐは少し高めの魚というくらいの認識しかなくて、料亭で食べるのなら別だが、普段から付き合いのある鮮魚店で買えば、そんなに高くない。そんな話を妻にしたら、偉くうらやましがられたりしたのも新鮮な驚きだった。まあ確かに、大学に入ってからスーパーでふぐ刺しを買おうと思って値段を見たときに、何かの間違いではないかと思ったから、逆の話もあるわけだ。

 どうでもいいことではあるが、ラジオ語学講座が新規に開講した。テレビ語学講座のほうは、なんかちょっと前からアイドルが出演するようになっていて、新しい視聴者層の開拓に乗り出したような感じがしている。出勤前の時間を使って聞こうと思うと、聞ける講座は限られてくるのだが、4月になると何か新しいことをはじめたいと思ってついテキストを買うということが多い。3日坊主で終らなければいいと思いながらも、3日坊主で終るにしても『やってみようかな』と思ううちは、まだ勉強する気があるということで『ヨシ』としようと一人で言い訳をしている。

 来週は入学式もあり、在学生はそれぞれ新しい学年に。「今年はがんばろう」とか、「今年もがんばろう」と思えるうちはいい学生生活が送れるんじゃないかな。ということで、今年度もいっしょに張り切っていきましょう!

4月1日(月曜日)

 新年度の開始。今日の広島はとてもいい天気で、散歩するのには最適。
 3月29日に交換留学生5名が到着した。夕飯をいっしょにとって、その日の宿泊先まで案内した。今朝もホテルに迎えに行って、大学まで一緒に出てきた。下宿も決まったので、生活環境を整えるため、彼女たちは彼女たちで買い物に行ったりする様子。はやく日本人の友達が出来るといいなと思う。外国に行く機会があるなら、それは学生の間が一番だと思う。僕は韓国で2年間暮らしたとは言っても、教員として生活したから、学生が通訳をしてくれたり、社会的にもある程度の地位があったので、生活に困るということがほとんどなかった。一方、学生で留学した人たちは、寮で生活をし、けんかをしたりしながら過ごしていたので、韓国そのものを理解する機会がはるかに多かったように思う。結果として、韓国語の能力も僕は素質というのももちろんあるのだが、あんまり伸びることもなかった。それが悔やまれる。でも、海外に出るのをおっくうがる人にはよく言う。あんまり話せなくても2年暮らせたんだと。まあ、要は自分の背中を好奇心がどのくらいの強さで押してくれるかというところだろう。それは人それぞれだし、誰かが強制するものではないから、自分のペースでやっていけばいいんじゃないかしらん。ただ、今でも思うのは、自分が『外国人』であることを体感するということは必要なことだと思う。

 さてさて、東京での学会報告は、みなさん静かに聞いてくださり、質問やご意見も多数いただいたのはありがたかったのだが、僕自身の発表がとりとめもなく、事例の紹介に終ってしまったようで、非常に申し訳なく思っている。次回、発表する機会があれば、もう少し話題を絞り込んで発表していきたいと考えている。

 でも、学会報告をしたり、論文の抜きずりを送ったりすると、様々な分野の方から様々なご意見がいただけて、非常にありがたいと思う。自分が今何をやっているのかというのを打ち上げておかなければ、資料も情報も集まってこないわけだ。それは、学生にもよく言うことで、僕の研究室にやってきて、自分はこんなことに関心があって調べています、と話していってくれる学生がいると、資料を探している時にそれに関することが出てきたらコピーをとっておこうとか思うわけ。卒業論文を書く準備をはじめている人は、早めにいろんな先生に自分はこんなことをしたいと考えていて、資料を探しているんだということを伝えておくほうがいいと思う。頭の中では名作でも、文字にしてみると駄作になるというのは誰でも経験がると思うが、卒業論文のテーマも、自分の頭の仲では画期的なものであっても、実際に取り組んでみると、案外と面白くなくなってくるということはある。なるべく早く準備をはじめれば、方向を変えることも比較的早くできるから、余裕持って取り組めますよ。

 今日、4月1日は事務の方の移動もあって、今までお世話になっていた方がいらっしゃらなくなったり、新たにいらっしゃったりで、事務局がにぎやかな様子。助手ということもあって、事務の方にはいつも無理ばかりお願いしているので、離任される方には御礼を言いたいと思っていたのだが、実際にそれが出来たのはわずかな方にだけだ。
 で、今日出勤して改めて実感するのは、大谷先生と松重先生がいらっしゃらないということ、丸山先生が国内留学で不在であること。
 さっき、アジア文化コースのホームページを更新していたとき、大谷先生と松重先生のお名前を削除したのだが、なんともいえない気持ちになった。離任なさった事務局の方、退職、転出なさった先生方の今後のご健康とご活躍をお祈りしたい。

 

3月29日(金曜日)

 昨日までのひとりごとを読んでいて、書き漏らしていたことがあったことに気がついた。
 卒業式のあった22日の夜、卒業パーティが開催された。僕は授業を担当していないし、顔と名前の一致する学生もわずかだから出席するかどうか、随分悩んだのだが、4年生と話をする最後の機会だと思って出席した。パーティは盛会で、僕も多くの卒業生と話をすることが出来た。一緒に写真をとった卒業生の一人が「この写真はプレミアムがつきますよ」と言っていたんだけど、送ってくれるのかしらん? 手元にないとプレミア有無がつくつかない以前の問題だし。パーティの中でのビンゴゲームでは、地ビール3本セットをもらって帰った。花束やメッセージカードなどもうれしかったのだが、メッセージカード、僕宛に書くのは難しかったんじゃないかなあ。書く事を見つけるだけでも、ね(笑)。

 今日は退職なさる先生方の辞令交付の日で、大谷森繁先生も辞令を手に僕の研究室を覗かれた。先生の研究室の書棚が空っぽになっているのを見ると、なんともいえない気持ちになる。この気持ちを『寂しい』とか口で言うのは簡単かもしれないが、単に寂しいというだけではない。昨日、卒業生の一人と話をしていたとき、彼女が引越しの荷物を出し終えて、部屋の中ががらんとしたのを見たときに複雑な思いだったといっていたが、僕もこの10年の間に7回の引越しを経験しているから、部屋の中ががらんとしたのを見た時の気持ちというのはわかる。

 昨日の退勤間際、大谷先生から、何冊かの図書を譲っていただき、また、古希記念論文集もいただいた。退職なさる先生から図書を譲っていただくのはうれしいのはもちろんだが、その一方で本のほうが嫌がっていないかなという気持ちにもなる。大谷先生の研究を支えてきた本たちが、果たして僕のやっていることを見てどう思うか。書籍にしろ、資料にしろ、口が利けないというだけで、実際は人と付き合うのとよく似ている。毎日手にとり、何度も何度も見ていると、いろんな事を教えてくれる。何度目かにやっと気がつくようなこともある。僕は譲っていただいた本とどのようにつきあっていけるだろうと、心配になる。先生の最終講義の資料準備をお手伝いしていた時、先生が参考になさっていた資料はもうページが取れかかっているほど何度も何度も開いていらっしゃることがわかる資料だった。

 この大学にいらっしゃって6年。僕はその最後の2年をご一緒したことになる。人のめぐりあわせとは異なもので、実は、大谷先生にお会いする機会は7〜8年前にもあった。当時、僕は富山大学大学院の大学院生で、言語学を専攻していたのだが、朝鮮語関係の授業もとっていた。集中講義で朝鮮文学の授業においでになったのが大谷先生だったのだが、僕はその授業を取らなかった。女子大で働き始めて、先生とお話をするうちに、そのことがわかって驚いた。今にして思えば、その集中講義の期間、調査に出かけたり帰省したり、遊びに行ったりしないで授業を取っていれば、この2年間はまたちがった思いで過ごすことが出来たかもしれない。

3月28日(木曜日)

 月曜日から昨日まで、東京に出張してきた。国会図書館や神田の古書街をまわり、資料収集や調査をしてきた。国立国会図書館は、今年、関西に分館が出来るということで、アジア資料室は26日までしか開館していない。ちょうどいいタイミングで資料調査に出かけられたというわけ。今回は、急に出張が決まったということもあって、あまり準備ができないままでの調査となったものの、今進めているテーマの外堀を埋めるような資料が幾つか見つかった。神田の古書街では、ネットの検索では引っかからない、そんな物件を発見し即座に購入した。何でも、商品として展示しておいても売れそうにないということで倉庫に眠っていたものだったとか。今週末の土曜日、日曜日にも東京へ出張することになっているが、そのときには研究会報告などで時間的な余裕がないのはわかっていたから、今回の出張はとても有意義なものであった。

 ネットの発達で、地方にいることの不利というものをあまり感じなくなっていたが、今回の古書街での出来事のように、実際にその場に行って店員さんとやりとりをして出してきてもらうものを見るというのは、広島にいる限り、そうそうできることではない。まして、今の仕事の状況から見て、東京に行けるのは年に1回といったところだから、なおさら気が滅入ってくる。今回も年度末というのが関係しているのか、今週末に予定している展示会の準備のためなのか、閉まったままの古書店も数件あり、悔やまれる。

 わずか2泊3日の出張ではあったが、メールを確認してみると100通近いメールが。大学での仕事に関するメールなんて、1割もないのだから、ちょっとびっくりした。ダイレクトメールなんかももちろんあるが、研究内容に関する質問も何通かあって、さっきようやく返事をし終えたところ。

 正直なところ、今週末の学会報告の資料作りがまだ終ってなくて、今日、明日はそれに没頭したいのだが、さて、どうなることか。明日の更新が出来ていなかったら、資料作りに追われてるんだなあと理解して下さい(笑)。

3月22日(金曜日)

 今日は本学の卒業式。朝からあいにくの雨模様なのだが、式典が終りに近づくに連れ、雨も上がってきてくれたよう。女子大で見る卒業式は、これが二回目になるのだが、共学の大学と違って華やかであることは言うまでもない。他の助手さんの話では、ここ何年かの主流は袴なんだそうだ。そういわれて見回すと、確かに袴の卒業生が多いようだ。雨で、衣装が濡れるのを気にしながら歩いてきたのだろう、昨年よりも時間が迫ってからやってくる学生が多かったようだ。 何でも、今日はバス会社のストライキが予定されていたとかで、昨日の夜のニュース速報で回避されたという話を聞くまでは気が気ではなかった。なんか、去年もそんなことで気をもんだような気がする。

 さて、昨日の春分の日、気分転換がしたくて晩御飯を作ることにした。昨日は筍づくし。筍のお味噌汁に、筍をすりおろしたところにいろいろな材料を入れて油であげる「がんもどき」もどきなど。残ったのが、今日の弁当になっている(笑)。僕は料理をしていると気分転換が出来るので週末を中心に夕飯を作ることがある。でも、ある材料で作ることは苦手で、『これを作るぞ』と材料を買いに行くタイプだから家計の負担は多くなっているはず。僕が毎日の料理を担当するようになったら家計が破綻してしまうのではないかとドキドキしている。学生時代には破綻してたし(笑)

 どうでもいいけど、一人暮らしは経験しておくほうがいいと思う。今日卒業して、働き始める学生の中には会社の寮かもしれないけど、一人暮らしをはじめる学生も多いだろう。もちろん、学生生活の間も下宿生活していた学生も多いと思う。一人暮らしをして初めてわかることがあるはず。僕の友達でも男にしても女にしても、一人暮らしを経験したことがある人とない人とでは随分考え方や行動様式が違う。僕が一人暮らしを12年余りしていたこともあってだろうが、一人暮らしを経験したことのある人との方が話はよく合う。いや、実際のところ、朝、弁当を作って、朝御飯を作って食べて、着替えて出てくるという作業にどのくらい時間がかかるかとか、これに洗濯や掃除を組み合わせたらどんなことになるのかというのは、経験しないとわからないことだろう。
 経験をしないことや、自分がやらないでもかまわないということは、その作業を担当している人の苦労はまずわからない。企画し立案し、実行するという一連の作業を分業形態で進めることは、確かに効率のよい面もあるが、その一方で相互にどんな苦労をしているのかを理解していないという意味では、その組織に亀裂を生じさせる原因を産みかねない。

 自分を省みても、結婚し就職して以降、家事に関することをほとんど任せきりになっていて妻の苦労は体ではわかっていないのかもしれない。たまには役割分担を交代してみて、どんなことになっているのかを経験してみるように努力はしているのだが、中途半端に終って尻拭いを妻がやるということも多々あって、申し訳ないような気もする。でも、そうはいっても、まずやってみることが大切だと思う。
 相手の立場を考えるということが苦手な人は、相手の仕事をやってみることからはじめてみるのも一つの方法。

 卒業する皆さん、新しい生活がすばらしいものになるように祈っています。自分を育てることに躊躇せず、いろいろなことに挑戦して下さい。
 ホームページの掲示板にも書き込みして下さいね。

 本当に、おめでとうございます。    (*^^)//。・:*:・゚'★,。・:*:♪・゚'☆パチパチ

3月19日(火曜日)

 韓国で教育改革が進んでいる。体罰の許容、学校の補習の全面的再開と塾の深夜(午後10時以降)営業の禁止。教員の能力向上のため教育系大学への予算の重点的配分など、日本と異なった方向に進んでいる。韓国では、もう10年近く前からだろうか、小学校での英語教育を導入しており、教育に向ける国全体のエネルギーの大きさには驚くことがある。だが、日本と同様、人材しか資源がないような国では、その人材育成にどれだけの費用を傾けるか、人的資源にどう付加価値をつけていくかに注目するのもしかたがないところではある。教育の恐ろしさというのは、新しい制度のもとで育った子供たちがどのような大人になるのかということだけを見て結果が出たと判断できないこと。新しい制度のもとで育った子供たちが親となり、教員となってその次の世代をどう導いていくか、その影響を受けた次の世代が次次世代をどうしていくか、と何十年といった長さで結果を考えなければならないということ。
 僕と妻は学年で言えば2学年違うし、教科書も違っていたのだが、学校で教えられた内容の違いに驚くこともしばしば。多分、僕の娘が学校に入学して教科書をもらって帰ってきたら、もっと驚くことになるだろうな。

 さてさて、今週の金曜日は卒業式。何人かの学生の顔と名前がようやく一致してきたと思ったらもう卒業だ。木曜日に天気が崩れるというから、道路が濡れているかもしれないけど、当日は晴れるといいな。
 

3月18日(月曜日)

 私事ではあるが、先週の金曜日3月15日は結婚記念日だった。定時に帰ろうと思いながら、事情があって8時過ぎまで大学に残っていたので、家に帰るのが遅くなった。記念日だということで、帰りにケーキを買って帰ろうとした。当初、買おうと思っていたお店は7時までしか開いていないので、この日はもうどうしようもなく、近くの大型店に入っているケーキ屋さんで○ケーキを買った。大人二人で○ケーキというのもなんだが、ホワイトデー、結婚記念日、あともひとつ記念日も重なっていて、太る太ると思いながら○ケーキを “断腸の思い”で購入した(笑)
 さてそのケーキ屋さん、お年を召した方が(僕の両親よりは確実に年上と見た)店員をなさっていて、僕が店の前に立つと「お誕生日ですか? お名前を入れますよ」と声をかけてくださる。僕が記念日なんですと答えたら、文字入れはご希望に添ってとの返事だったので、一番小さな○ケーキを買った。そして、「結婚記念日なんです」と告げた。
 するとそのケーキ屋さん、「それじゃあ、結婚おめでとう、でいいですか?」との返事。何かがちがうよなあと思い、店の前で店員さんと二人であーでもないこーでもないといいあっていた。妻と二人の記念日にその構成員である僕が買ったケーキに「おめでとう」というのも変だという話もあった。でも「ありがとう」というのもなんだなあということから、結局、単に「おめでとう」と書いてもらうことに。
 家に帰って、夕飯を食べ、お風呂に入ってからケーキを切ろうと箱から出した途端、衝撃の事実が!というよりも、意外な文字が書かれていたのを発見。

お目出とう

 まさか漢字が混じっているとは。しかもこれは当て字じゃない?! 妻と二人でひとしきり笑った後でおいしくいただいた。
 まあ、でも、おかげさまで多分一生忘れないほどの強烈な思い出を作っていただけた。そういう意味では、感謝すべきかも知れない。

 話が変わるが、土曜日、子供を自転車に乗せて出かけてみた。子供と二人だけで自転車で出かけるというのは初めての経験。ベビーカーがないということの不便さというのを如実に感じた数時間だった。というのも、子供を自転車に残したままでトイレに行くわけにも行かず、食事をする時だって、抱きかかえておかなければならないというのは、想像以上に大変なことだった。デパートなどに行けば備え付けのベビーカーがるんだけど、普通のお店にはないもんね。
 一人で出かける時はまだベビーカーのほうがいいなあ。とそんなことを感じた週末でした。

3月15日(金曜日)

 研究室には8段の本棚が7連ある。助手以外の先生方の部屋には、その倍の本棚が基本的に設置されている。助手の研究室の壁、片側がコース関係の書類や備品などを入れるロッカーになっているのでこういう事になるわけ。僕は本を取り出しやすい高さにしかおいていないので、実際にはこの研究室の本棚全てが本で埋まっているわけではないのだが、アジア文化コースの先生方の研究室は、そのほとんどが本に埋もれているという状態。政治学を担当なさっている原先生のお部屋だけは、様子が違う。確かに、時々刻々と変化する世界情勢を相手にしている研究では、本になった時点ではその情勢は過去のものになっているわけで、本よりも雑誌、雑誌よりもネットや新聞の情報が重要であるというお話には頷ける。

 さて、先日、自宅の本棚を片付けていてふと中学校の時の先生の話を思い出した。「教科書を閉じて底を見る。底の汚れている部分が勉強したところ。」という話だったのだが、気になって持っている本を片っ端から覗き込んでみた。ショックだったのは、ほとんどの本が汚れていないということ。今、自分が関心を持って毎日読み返しているような本はしっかり汚れている。でもその他の本はきれいなまま。大学時代、大学院時代に読んだものも汚れているのに、働き始めて買った本のほとんどは、読んでいないか、一度しか読んでいないものということになる。自分がどれだけ勉強する時間を作っていないかということを目で確認したわけだ。情けない話ではある。
 

3月12日(火曜日)

 今日は子供の話から。
 食事の後、顔中がべたべたになっているので蒸しタオルを冷まして顔を拭いてやるのだが、妻が拭くと嫌がって大きな声で泣く。僕が拭くとにこにことして笑い声さえ出てくる。
 最近は夜泣きがはげしくて、隣近所から虐待しているのではないかと疑われるくらい泣くので毎晩閉口している。このときは、僕がどれだけ抱きかかえても泣きやまない。妻が抱きかかえると、ぴたりと泣き止んで機嫌のいい声が出てくる。どうも子供の中で父親・母親の役割分担があるらしい。

 話は変わるが、ネット環境が飛躍的に向上してから子供が寝静まるのを待って僕も妻もいろいろなサイトに入って楽しんでいる。子供が病気で外出できないとか、妻が病気で外出できないとか、そういうときでもネットを使って買い物をしたり、振込みが出来たりするというのは非常に助かる。買い物をしたら、家まで届けてくれるし。ネックになるのはそこにかかる費用なのだが、病気で動けないときにタクシーに乗って買い出しに行くことを考えれば、ある程度の費用は我慢できるんじゃないかな。子供の使っている物の中にも、ネットで購入したものが少なくない。お店に行ってもないというものが結構あるから。

 学生時代に、おかずの材料を届けてくれる業者をよく利用していた。おかずを作って持ってきてくれるのではなく、1週間の献立が複数のコースで掲載されていて、その中から作りたいものを注文しておくと、人数分の材料を持ってきてくれる。だから、たまねぎが4分の1とかいう量でもその日の材料であれば届けてくれるわけだ。外食が続くと経済的にきついということ、一人暮らしだからそんなにたくさんのものは買わなくていいということ、それに料理するのも結構好きだったから、僕としては助かった。料理する時間というのは、その前後の作業も含め、いい気分転換になる。

 さて、今日は大学入試の後期日程。いい結果が出ますように。
 どうでもいい話を一つ。僕は共通一次世代だけど、国公立複数受験が可能になった時期。その僕が大学院生のとき、塾や家庭教師のアルバイトを探していて、面接を受けに行ったことがある。面接の時に「センター試験対策をお願いしたい」という話があった。僕が「共通一次世代なんです」という話をしたら、面接している人が「共通一次ってなんですか」という。共通一次試験を知らない世代が、塾や家庭教師の面接をする人たちの中にいるというのが少なからずショックだった。もうそんなに昔のことなのかしらん。って、周りの先生方にその話をしたら、共通一次試験の前、一期校・二期校の時代の先生方が多かった。入試制度の移り変わりって、自分が思っているよりも頻繁なのかも。

3月11日(月曜日)

 週末、事情があって年休を取った。子供と二人で平和記念公園に出かけたのだが、例の赤ペンキ事件の後始末ということもあって、多くの人が原爆慰霊碑の周りに集まっていた。ちょっと前には、千羽鶴が燃やされるという事件もあり、嫌な気持ちを味わっているこのごろ。そういえば、最近、夜に火の用心を呼びかける車が回っているが、広島市中区で起こった火災の半数が放火だというから、これもまた嫌な話ではある。

 先月末に申し込んでおいたADSLが開通し、我が家も本格的なブロードバンド時代に突入。電話回線を使っていた頃と比べて驚くほどストレスのないインターネットの接続環境となった。動画のこまオチが時々気にはなるが、それでも前の状況と比べたら雲泥の差。それに、接続料金が基本料金のみになったので、これまで莫大な金額を払っていた電話代もかなり浮くはず。ADSLの導入は、随分前から家の中で話題になっていたのだが、引っ越すことになれば引越し先で利用できなくなるかもしれないという恐れがあり、そうなると設備投資の費用が無駄になるとか、電話回線に戻った時の不便さが計り知れないということなどから踏み切れなかったのだけれども、電話回線を利用しての電話料金のことを考えると、設備投資もそれほどでもないだろうという判断からの導入となった。おかげで、これからは自宅でも時間や費用を気にすることなく、いつでも必要な情報を取り込むことが出来るようになった。うれしい。

 子供と二人で、ベビーカーを押しながら町を歩くと、いろんなことに気がつく。市内の地下街は、一言で言えば不便である。交差点の4つの角にエレベーターがそれぞれついていて、地下へ降りるのは簡単なのだが、地下街を歩いて端のほうへ行ってもそこにはエレベーターがなく、地上に挙がるためには戻っていかなければならない。つまり、地上の交差点をわたるためにエレベーターが存在しているわけで、地下街の利用のために設置されているのではないように思えるということ。エレベーターのない地下街なんてのは論外だが、どうせエレベーターをつけるのなら、もう8基、設置してほしかった。地下街そのものは、段差もなく通りやすかったのだが、店によっては入り口が狭かったり、入り口に店舗のデザインなのだろう、わざと段差がついていたり、店内が段差だらけだったりで通りにくいことこの上ない。もちろん、店舗の面積に限りがあるのだから、商品の陳列棚を出来るだけ詰め込みたいという気持ちもわかるが、これではベビーカーといっしょに来る家族はもちろん、車椅子の人、松葉杖の人なんかも利用はしにくい。子供を抱っこしていても通りにくいと思うよ、実際。自分がベビーカーを押して歩くようになってから初めて気付いたことだから偉そうなことはいえないけど、ちょっと配慮しておけばなんとかなったんじゃないかと思うわけだ。

 さてさて、韓国の書店にお願いしていた韓国の高等学校で使用されている『日本語』の教科書が届いた。一覧は『最近入手した書籍について』をご覧下さい。研究室までおいでいただけましたら、実際に手にとってご覧いただけます。
 それにしても表紙だけ見ても面白い。日本語を学ぼうとする高校生がどのようなイメージで日本に向かうのかは、この教科書の内容に負うところも大きいだろうが、表紙に現れる日本のイメージはその代表例だろう。

3月7日(木曜日)

 研修日の昨日、書店や役所を回って資料を集めてきた。広島市内の某書店では、韓国のマンガで日本語に翻訳されて出版されているものを集めたコーナーを作っていた。韓国のマンガが日本に輸出されてきたわけだ。まわるところが多かったのでゆっくり見る時間がなかったのが悔やまれるが、来年度の研究費で韓国の原典と日本語のものをペアで購入しようかなあ。

 韓国で日本語を教えていたときも、マンガを結構利用した。もちろん、日本の映画やドラマも利用したことはしたのだが、マンガもかなりの頻度で。
 教材に利用するときに、写真を利用するかイラストを利用するかというのは判断の難しいところで、初級段階の学生向けの教材に写真を見せると、時には情報過多の状態に陥って、学習能率が上がらないことも多いという。とはいっても、僕はイラストのセンスなんかがないから、マンガのカットを利用したりしたことも多い。

 それはさておき、ワールドカップを控えてか韓国語学習ブームだそうだ。詳しくはこちら。ブームというのが勉強や研究にあるというのは、どんなもんかなと思いながらも、学習者が増えてくるというのはうれしいこと。本学でも外国語として選択できるわけで、ハングルという文字自体にはなじみがないかもしれないけど、それにまあ向き不向きもあるとは思うけど、やってみると意外に簡単だと思う。漢字語の割合の高い新聞や論文のようなものだったら、半年も勉強したらある程度読めるようになりますよ。

3月5日(火曜日)

 昨日から大学院の集中講義が始まっている。本学の大学院は社会人に門戸を開いているということで、集中講義にも仕事を休んで参加なさる方が大勢いらっしゃる。若造なので伝えやすいのか(笑)、院生の皆さんからの要望がメールや電話、あるいは直接口頭で伝えられることも多い。出来るだけ対処しようと思って努力はするんだけど、なかなか難しい。でも、その中のいくつかは着実に変化していて、社会人の方に少しでも学びやすい環境をという努力は、教員の中でも続けられている。
 昨日、ふと気付いたのは、フルタイムの院生と社会人の院生とでは、同じ院生室を使用していても顔を合わすことが稀であるということ。昼夜間開講制とはいっても、フルタイムの院生は日中の講義を取ることがほとんどで、社会人の院生は夜間の講義をとることがほとんどなわけだ。昨日書いたような、勉強会を通じて相互に情報交換が出来るようになると、もっと充実した学生生活になりそうなんだけど。

 話は変わるが、僕が学生生活を送った広島大学、広島市から東広島市に移転して非常に不便になった。今回、大学のすぐ近くにある某大手スーパーの系列店が8月末で閉鎖されると発表された。僕が韓国から戻ってきてから開店したのだから、平成10年に開店したんじゃないかな。それがもう閉店。あのお店がなくなると、広島大学の周囲、徒歩圏内であるいは自転車県内で通えるスーパーはなくなるんじゃないかしらん。そのスーパーに依存して完成しかかっていた学生街もこれからどうなるのか非常に心配。特に、留学生会館で暮らす留学生たちは深刻なことになるんじゃないかな。
 広島大学の学生の自動車依存率はますます高くなりそう。今でさえ、駐車場が足りないからといって、学生の駐車場利用は、住んでいるところからの距離、学年、というハードルを越え、さらに交通安全講習会の受講が義務で、それをクリアしたあとで駐車場利用パスを購入しなければならない状態なんだから。あそこに移転した時点で、学生の大多数が車を使うようになるということは見通せていたはずなのに。

 見通せていたといえば、この年度末、忙しくなるというのはわかっていたのに、それなのに学会発表の準備や投稿論文の準備をしないままでこの時期に突入した。わかっていても難しいことはたくさんあるんだよね。実際の問題として。

3月4日(月曜日)

 紀要に掲載された論文をお送りした方から、コメントをいただいた。そのコメントに答えるメールをお送りしたら、さらにそれに関するコメントが。そして、今朝、そのコメントにお答えするメールをお送りした。
 コメントをいただいて、返事を書こうとすると自分の書いたものに何が不足していたのかがよくわかる。実際、返事を書きながらいろんな資料を引っ張り出してきた。コメントのやりとりの間で、問題が明確になり、論文や研究の発展方向が見えてくるというのはよくあること。学生時代には、演習の授業や指導教官とのやりとりの間、院生同士の勉強会の中でこのようなことを経験していたのだが、働き始めてからは学会や研究会で報告してコメントをいただくということしか機会がなくなってきている。アジア文化コースの大学院生と1ヶ月に1回の割合で進めていた勉強会も、土曜日や日曜日、祝日にやるというスタイルをとってはいても社会人の方の参加が難しく、発表者が固定化し、参加者も減っていったため、昨年度は夏休み明けに休業状態になった。来年度は仕切りなおしで始めてみようかと思いながらも、スタッフ側が仕切る形の研究会では、大学院生のほうの主体性がなくなって、結局参加者が先細りになってしまうような気がする。あくまでも僕が大学院生だったときのように、院生側が企画・運営するような形でない限り、それが社会人の方であろうとフルタイムの学生であろうと、続きはしないと思う。お客さんである限り、どうしようもないんじゃないかな。

 コメントとか評価という話だと、なんでも、外務省では上司の評価制度を実施するとか。評価項目をざっと見て思ったのは、評価項目は誰が決めたのかなということ。評価される側が「ここを評価してもらおう」と思う点と、評価する側が「ここを評価したい」と思う点とはずれがあるんじゃないかしらん。韓国で教鞭をとっていたとき、授業評価を最後の時間にやってもらうシステムになっていたのだが、予備校などと違い、評価表を配布するのも回収するのも教員で、公平な評価が出来ているのかと疑問に思ったことが多かった。無記名とはいえ、評価用紙を記入後に自分が一枚一枚教員に手渡すのではねえ。
 僕が学んだ某大学のインターネット上の掲示板には、堂々と「どの先生の英語が簡単に単位が取れますか」などという質問が書かれており、それに対する答えも書き込まれている。こういう情報を得て、特定の教官に学生が集中するとして、その教官の授業はどう評価されるのだろう。うーん。
 面白い授業、わかりやすい授業、自分の中の達成感がえられる授業、基準も尺度も様々で、難しいとは思うのだが、独善的にならないためには何らかのシステムは必要だとは思うんだけど。
 ただ、授業評価導入にしても、上司評価制度導入にしても、本務に専念できる時間が確保されていることが前提だと思う。本務に専念して受ける評価であれば、参考にもなるだろうが、本務に専念できない状態で受けた評価は、かえって評価された側の気持ちに割り切れないものを残してしまって悪い影響を残しそうに思う。

 話がまとまらないんだけど、要は自分に対する評価が寄せられれば、次が考えやすいんじゃないかということ。研究も、雑務も、何もかも。ただ寄せられる評価は、実際に役に立つ基準や尺度で判断されていないと何の役にも立たないだろうなと、そんなことを思った。

3月1日(金曜日)

 妻が『大正時代の身の上相談』(カタログハウス編 ちくま文庫 2002年)を貸してくれた。最近、忙しくて戦前の新聞を調査する時間がないのだが、調査していた時に、掲載されている広告が今とほとんど内容も企業も変わらないことに気がついて妻に話したことがあったが、こんな本が出ているとは。以前、『大正の小さな日記帳から』(上村秀男著 上村武男編 編集工房ノア 2000年)を紹介したことがあったが、大正時代の日本人の思考がわかるというのが面白いところ。

 韓国の書店にお願いしていた本を航空便で送ってくださったとのファックスが昨日とどいた。お願いしていたのは、韓国の高等学校で使用されている『日本語』の教科書。僕が韓国に滞在していた時に集めたのは、教育指導要領の改訂で使われなくなっているので、新しいものを入手しようとしたわけ。

 日本語というと普段使っているからぴんと来ないかもしれないが、ある言語を学ぶ、教えるということは困難なこと。普段使っている日本語について質問されて、どれだけ筋道を立てて説明できるか、また、どれだけの用例を瞬時に思いつくか、練習課題を準備できるかというのは、教師としての訓練を受けていないと出来ることではないだろう。日本語が話せるから日本語教師になることが出来るというのは、大きな誤解だ。例え母語が日本語でなくとも、しっかりと訓練を受けた教師のほうがネイティブスピーカーよりもはるかに優れているということを僕は韓国語を勉強した時に痛烈に実感した。そして、日本語教師を目指そうという学生が僕のところに来ていろいろと雑談することがあるが、そのとき思うのは、どれだけそのことを考えたことがあるのかということ。まあ、実際に勉強していけばわかることも多いと思うけど。

 ネイティブスピーカーが不利なことというのは、案外に多い。
 わかり安いところで言えば、自分が普段話している日本語は、他の地方の日本語とどれだけ違うのか自覚しているだろうか。僕の育った山口県も、その後過ごした愛知県も、富山県も、ここ広島も、語彙レベルにとどまらず、アクセントもイントネーションも、発音そのものでさえ違いがある。東京出身だからといって安心することは出来なくて、両親や祖父母の言語に影響されている部分があるはず。僕は『正しい日本語』という考え方には賛成していないのだが、『何が違うか』という点に、少なくとも注意しようとしたら出来る必要はあると思う。それをアクセント記号をつけて相手に示せるか、あるいは、アクセント記号のついているものを見て正確に発音できるか。

 日本語教師に必要とされている智識・技能はなかなか独学では身につけにくい。大学主専攻で卒業した僕でも、選択科目の取り方で全く勉強した覚えのない(笑)項目が教育能力検定試験の試験範囲だったりするから。

 取り留めのない話になったけど、4月から何かをはじめようと思っているのなら、3月のうちに準備は済ませておきましょう。日本語教育能力検定の勉強をはじめようと思っているのなら、試験範囲や試験会場、受験の申し込み方法、その他必要なことは3月のうちに調べてしまっておいて、4月からは勉強に専念できるように。3月には大学の講義はないんだから、時間はあると思うよん。ちょっと説教くさかったかな m(._.)m



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