助手さんのひとりごと

6月30日までのものは、こちらに移しました。

8月30日までのものは、こちらに移しました。

10月30日までのものは、こちらに移しました。

12月28日(金曜日)

 今日は仕事納め。ホームページの次回更新は、早くて来年1月7日になります。『楽しみに』待ってくださっている方がいらっしゃるかどうかというところから疑問ではありますが。

 この前から、研究室の片付け、とばかり書いていて、仕事をしていないのかという話もあったが、片付けというのは掃除だけではなくて、借り出している図書のチェックであるとか、コース内事務の書類のファイリングとか、そんなことが多くて、掃除に取り掛かれたのはやっと今朝になってから。演習室と自分の研究室とを掃除しなくてはと思いながら、結局、自分の研究室の棚を整理したところで午後6時になった。机周りや本棚の整理は来年だ。でもでも、床は掃き掃除も拭き掃除もやったのでちょっと気持ちがいい。

 ということで、年内の更新はこれでおしまい。

 今年一年お付き合いいただいた皆さん、どうもありがとうございました。良いお年をお迎えください。

 来年も宜しくお願いします。m(._.)m

12月27日(木曜日)

 今年ももうすぐ終り。研究室のカレンダーも張り替えなければ、と思うのだが、今年はカレンダーをいただく機会が少なくて自宅のカレンダーを優先にしたため、研究室のカレンダーはパソコンの側に張った1枚のものだけ。まあ、最近はワープロでカレンダーを作成することも出来るから、そんなに困りはしないのだが、ちょっと寂しいような気もする。

 明日は仕事納め。研究室の片づけをしなくちゃ。

12月26日(水曜日)

 卒業論文や修士論文の提出日が迫ってきて、学生も院生もナーバスになっているよう。指導教員との連絡、学内掲示の確認は怠りのないように。「掲示を見ていませんでした」というのはいいわけにはならないから気をつけましょう。

 韓国で教えていたとき、レポートの締切を決めて学生にプリントで配布していたんだけど、書式や提出期限が守れない学生が結構いた。僕の前任の方は、自宅の住所を学生に教えていたものだから、締切日の夜遅くに新聞受けに放り込まれたり、深夜に学生が自宅に持ってきたりとなかなか大変な思いをしたという話を聞いた。

 集中講義でおいでいただいていた先生とお話をしているときに、卒業論文や修士論文の話になった。今の学生はワープロがあるということもあって、下書きから清書するときの時間を見積もって作業をするという必要がほとんどなくなっている。僕は卒業論文は手書きだったから、下書きをして、推敲をして、清書する時間をとってということで、締切の1週間前くらいには下書きは終えていた。救いはコピーした原稿でよいという点で、鉛筆で書いたものをコピーして提出したことを覚えている。
 僕の妻の場合、正本は万年筆だかボールペンだかで書いて提出しなければならないということで、各章ごとに紙を改めて、もし何かあってずれることになってもその章だけを書き直せばよいように工夫したといっていた。ホワイトだらけの原稿で提出後に指導教官が読むときに張り付いて読めないと言うことも頻繁に起こっていたのも懐かしい。グラフや表を手書きで作成する時の苦労も、忘れがたいものがある。

 こんな思いは、ワープロの登場でしなくて済むようになったんだろうなあ。

 時代といえば、今、僕たちは配布物を作る時にコピーを使ったり、印刷機を使ったりしているが、ガリを切ったことのある人なんてもう周囲にはほとんどいないのではないだろうか。僕が小学校の時・・・2年生だったか3年生だったかに、学級文集を作るといって渡されたのは普通の用紙の上に蝋紙が渡してあるもので、鉄筆というか、それでろうを削りながら原稿を書いた。小学校5年になった頃には、紙の上に鉛筆で原稿を書けばよくなったが、それでも今同じ作業をするのにかかる時間を考えれば、信じられないほどの時間が必要だった。原稿が出来てから配布物になるまでに1日は必ず見ておかなければならなかったからだ。中学校の時に和文タイプライターを使って原稿を作ったこともあったが、あれも今思えば大変な作業ではある。だって、文字盤の上に平仮名、カタカナ、アルファベット、漢字が並んでいるのを探してタイプするんだから。

 こういう苦労、卒論を書いたり修士論文を書いたり、学級文集を作ったりという作業の中の『原稿作り』とは関係のない部分だから、苦労しなければしなくてもいいところかもしれないけど、不思議と、原稿そのものよりもそういう作業のほうが思い出になってるんだよなあ。

 えっと、最後に一つ。
 助手さんは、12月29日〜1月6日まで不在です。その間は連絡は取れませんので、用のある方はこの期間を外してご連絡ください。
 

12月25日(火曜日)

 年末年始のテレビ番組をチェックしようと雑誌を買った。ページをめくってドラマや映画などどんな放送があるのかを見ていて気がついたのは、見たいものがない、ということ。嗜好が変わったかというとそうでもない。SF(宇宙モノに限るのだが)、時代劇なんかはやっぱり見てみたいなという気がするから。いつ頃から年末年始に見たいと思うテレビ番組がなくなったのか。そういえば、去年もそんなことをぼやいたような気がする。BSデジタル放送やケーブルテレビなど多チャンネル時代になって、プログラムが細分化されていく中で地上波は割を食ってるかのようだ。今、我が家は賃貸でケーブルテレビは見ようと思えば見られる状態。今一歩が踏み出せないのは、ケーブルテレビだったらインターネットサービスが当然あるはずなのに、うちの建物はそれに対応していないというから、メリットがそれほどないと判断しているため。ADSLなどの加入も考えてはいるのだが、どうなることか。

 関係ないが、出勤前にはテレビの星占いを必ず見る。別にラッキーアイテムを必ず身に付けるとかそういうことはしないのだが、なんとなく。今日のしし座は恋愛運・金運が最高といっていたが、結婚した後で恋愛運がよくなるというのはいかがなものか。金運だって、どうせなら大晦日の宝くじ抽選日に最高になってほしいもの。って、結構気にしているじゃん。

 研究室は個別に暖房が効いていて非常にありがたいのだが、エアコンの風は乾燥する。我が家のエアコンは加湿機能のついているものではあるが、暖房で使ったことは今まで数回しかない。暖房は基本的に灯油ストーブ。加湿器も併用している。僕は授業を担当していないから、しゃべることも少ないからいいけど、先生方は研究室にしても教室にしても加湿器がないとのどをやられるんじゃないかなあ。商売道具(笑)が使い物にならなくなったら大変だ。

 さてさて学生は卒業論文指導を受けにか、図書館で資料を見ているのか、はたまた大学のパソコンで卒論を書いているのか、学内には結構学生の姿が見える。ひとつだけ注意してほしいこと。27日木曜日は、月末休館日ということで図書館はしまっています。仕事始めは1月4日ですが、図書館は7日からの開館です。資料が必要な人は借り出しておきましょうね。

12月24日(月曜日)

 今日も集中講義をやっています。せっかくの連休、おいでいただいた先生に申し訳なく思いながら、今もレジメの準備から戻ってきたところ。
 明日が最終日だが、今のところ、一人の脱落者も出ていないようでほっとしている(笑)。
 さてさて、研究室の片付けは一向に進まない。まだ読んでない本や論文を見ているうちに、時間がたってしまう。なんとかならないものかしらん。

 12月23日(日曜日)

 1935年に録音された「春香伝」のテープを聞いている。本学の文学の授業で学生に聞かせていらっしゃったものだったのだが、実は、僕はこの録音されたものの歌詞を持っていた。正確に言うと、韓国で発売されている『留声器音盤 歌詞集』という本を持っていて、その中に掲載されている春香伝の音声が今回聞いているものになる。『聞いている』といっても『聞き流している』というか、理解しながら聞いているわけではないところが語学力の乏しさを感じさせるところではある。がんばらなくちゃ。

 さて、集中講義でおいでになっている先生方から最近のご研究などのお話を伺っていると、自分の不勉強さが如実にわかる。そういった意味でも、集中講義でおいでいただく先生方とお昼をご一緒したりするのはいい刺激になる。大学院生のときも、集中講義でおいでになった先生方と一緒に食事に出かけたりしていたのだが、最近の学生はどうなのかしらん?社会人の大学院生は、結構積極的に先生方と食事に出かける時間を作っているようだけど、学部生というのはあまりそういうことはしないのかな。自分の大学にいる先生方とはまた違った情報を得られるチャンスだと思うから、積極的にいろいろな話をしてみると言うのがお薦め。

 さてと、研究室の片づけを続けることにしよう。

12月22日(土曜日)

 今日から集中講義が始まる。一つは土曜日、日曜日、振替休日、火曜日の4日間。もう一つは一日後れの日程。前者は大学院生向けの集中講義で、社会人の方がほとんどであるという事情から仕事を休む日を極力少なくするという方針でこの連休に行うよう先生にお願いし快く了承していただけた。最初は「クリスマスあたりに集中講義をやっても学生は来るのか?」という心配をしていらっしゃったのだが、教室には受講申請した通りの学生が集まっていてほっとした。資料の準備などのお手伝いがあるので、この3連休は大学に来ています。

 年末ということで、この3連休は研究室の片づけをしようと考えている。家のほうの大掃除は仕事納めの後かな。

 部屋を片付けるといえば、修士課程時代の指導教官を思い出す。片付けの基本、「出した所にしまう」を徹底していた方で、お宅にお邪魔した時など数十種類のスパイスが並んでいる棚の中の一つを遠くの部屋から「上から○段目、左から△番目」というふうに指示されたので驚いたことや、引出しの中のスプーンも整然と並んでいたことなどがありありと目に浮かんでくる。僕なんて、本はもちろん、資料や論文の抜きずりなどが「一体どこにっ」という騒ぎを日常茶飯事のように経験していて恥ずかしい限り。

 こんなんじゃあ子供に「片づけをしなさい」なんてとてもいえない。物心がつくまでになんとか整理整頓を身につけなくちゃ(笑)

12月21日(金曜日)

 昨日は人間ドックに行って、ドキドキ過ごした。初めてだったこともあるし、日ごろの不摂生の結果がどう現れてくるかという不安もあって。
 最終的な結果は後日送られてくるということだが、とりあえず、担当医から言われたことは「やせろ」ということ。以前、新聞の投書だったか何かだったかに、「人間の体の3分の2は水分で出来ているというコマーシャルを見たが、私は体脂肪率が33パーセントなので、水と油で100%になる」というのが出ていたように思うのだが、僕も人のことは笑えないなあというのが今の感想。学内でのエレベーター使用を控えて、7階まで階段を利用することに使用かしらん。うちの主任の先生は、階段を毎日利用していらっしゃるから、真似してみようかなあ。

 昨日の人間ドックにはオチもあって、脂っこいものを食べるのはやめるようにという食事指導もあって、それに関する冊子もいただき、殊勝な気持ちでお話を承っていたのだが、その病院の食堂の食事券をいただき食べることになった。豚肉の天麩羅?のようなものと、かきあげがおかずになっていて、「これは食べてはいけない、残すのも勇気だということを体験させるための食事か?」などと思いながらもおいしく全部いただいた。(笑)

 なんにしても、健康が一番。
 

12月18日(火曜日)

 「ダブルスクール」が流行し始めたのはいつの頃からだったろう? というか、おおっぴらに専門学校に通っているとか、予備校に通っているとか、それを大学で口にすることがタブー視されなくなったのはいつの頃からだったろう?
 「ダブルスクール」とか、専門学校とか、予備校とか考えると難しいかもしれないが、大学に通いながら他の勉強をするということで考えたらどうかな。やっぱり、バブルのあたりからだったのかな。僕の場合、そのバブルの時期と並行して大学生活を過ごしていて、アルバイトをする友人も確かにいたが、簿記の資格をとると他の学校に通ったり、英会話スクールに通ったり、公務員試験の対策予備校に通ったりという友人も多かった。

 なんでこんなことを思い始めたかというと、金曜日にパソコンの使い方なんかを切羽詰ってから尋ねに来ないでねと言うことを書いた後、じゃあどれくらいの学生が余裕を持って卒論そのものではなく、パソコンソフトの扱い方に取り組む時間があるのかなということを疑問に思ったから。実際、情報処理センターのほうで、ワードやパワーポイントなどの利用方法の講習会を開いていて、『先が読める』学生は参加しているようだが、アルバイトが忙しかったり、何とかなると思っている学生は結構この時期になって駆け込んでくることが多い。「手で書けばいいじゃん」と、内心思ったりもするのだが、これからワープロを使って文章を書くことは増えても減ることはないだろうと思うと、今、尋ねられる人が近くにいるときにしっかり覚えておくのもいいかなという気もする。

 僕がはじめてコンピューターに出会ったのは、小学校5年生の頃。友達が持っていたのだが、記憶媒体はカセットテープで、ゲームをロードする時なんか、カセットが巻かれていくのをじっと見守っていたのを覚えている。60分待つなんて事もざらだったんだけどね(笑)。それから5インチのフロッピーのパソコンをいじるようになって、大学に入ったときは5インチと3.5インチが拮抗していた頃かしらん。ワープロを習いに行っていた学院では5インチを使っていたけど、ワープロ専用機なんかは既に3.5インチの時代に突入していたから。そういえば、大学院に行った時に8インチのフロッピーを見たなあ。

 ワープロ専用機は、アルバイトで販売を担当していたこともあって、書院、文豪、オアシス、キャノワード、スララ、カシオワード、は一通り使える。一長一短があって、その人の使い勝手を話しながら探ってお薦めの機械を選ぶのが楽しかった。(ワープロ検定はオアシスで取りました)

 一長一短というのは、例えば、『カットアンドペースト』をする時を考えてみよう。今のワードでは、範囲指定をした後で『コピー』だの『切り取り』だのを選ぶことになっているが、当時は『コピー』や『切り取り』ボタンを押した後で範囲指定をする機種も結構あった。僕は一人で勝手に『日本語型』と『英語型』と名づけていたけど。つまり、「AからBまで」を「カット」という手順なのか、「カット」「AからBまで」という手順なのかということ。どうでもいいはなしだけど、今のソフトを眺めてみると、『英語型』が勝っているみたい。

 話が随分飛んでしまって、何が言いたいのか結局わかんないことになってしまった。まあ、たまにはこういうこともあるということで。m(_ _)m

12月17日(月曜日)

 明治時代、政府が「標準語」を成立させる(「国語」を成立させる)ことに精力的に取り組んだということは、教育史研究の分野で様々に扱われている。その背景には、当時の近代国家成立の要素の一つであった「統一された言語」というものがあったことは想像に難くない。それだけでなく、幕藩体制の中で各藩ごとの言語差が大きくなっていたことも、維新後の政治改革のための意思疎通に不可避であるという認識があったことも想像に難くない。
 国定読本が導入されるまでの「国語」教育は、検定教科書によって行われていたが、教科書採用をめぐる汚職が相次ぎ、国定読本の登場となる。国定読本の登場は1904年(明治37年)のことである。余談だが、台湾で「国語」が全島統一の教科書を使用して始まったのが国定読本の登場より早く、「内地」よりも先に「国語」が植民地で統一されたという興味深いことがある。第一期の国定読本は、方言の矯正を主目的に編纂されたといってもよいほどの語学的要素がふんだんに盛り込まれたものであった。これは、第二期以降の読本と決定的に違う点である。

 ま、それはさておき、というか、上に書いたことは拙論文や他の研究者の先行研究をご覧になればわかりますので、このくらいにして、と。

 いや、急にこんな話を書いてなんだろうと思う方もいらっしゃると思うが、「国語」教育の始まりは国民相互の意思疎通というのがかなり重要視されていたということが言いたいわけ。で、そこから何がいいたいかというと、点字とか手話とか、義務教育で教えてもいいんじゃないかということ。国民相互の意思疎通に必要な「言語教育」じゃないかしらん。アイヌ語や琉球語の教育を主張する人もいて、それはそれでわからなくもないのだが、僕個人では点字や手話を教育するほうが大切なのではないかな。今でも学ぼうと思えば学べる状況はあるが、国民相互の意思疎通が図れないという点で、今の日本の言語教育にはやや難点があるように思うのだが。

ということを考えた週末でした。

12月14日(金曜日)

 あの「ミノムシ」が絶滅寸前だそうだ。詳しくはこちら。子供の頃、庭の木にぶら下がっているのを眺めていたのを思い出して、ちょっと複雑な気持ち。葉を荒らす害虫という扱いではあるが、冬の風物詩だもんなあ。理科の実験で毛糸を刻んだものや色紙の刻んだものと一緒に箱に入れておくと、それを利用したカラフルなミノを作るってのをやったことがある。外来種によって固有種が絶滅に瀕してしまうというのは、日本の湖沼や川でも既に見られていることでもあり、植物についても固有種のタンポポやアジサイを見ることは少なくなったのではないだろうか。

 今日は12月14日。新聞記事でも目にするように、「師走半ばの十四日」といえば赤穂浪士の吉良邸討ち入りだ。まあ、実際は旧暦だから1月26日になるね、来年の。で、こんな記事を見つけた。『仮名手本忠臣蔵』はなぜ『仮名手本』なのかということを学部時代に聴いたことがある。いろは47文字に引っ掛けてあるんだって、47士の討ち入りを。どうでもいいことだけど。

 どうでもいいことだけど、という話はいくらでもあって、僕が大学時代に教えていただいた先生方の講義や演習は、その始まりのところのマクラの部分がとても面白かった。つい授業に吸い込まれてしまうというか、そんな感じの授業が多かった。今思うと、そのマクラの部分もなかなか聞き応えのある話だったような気がする。だって、そこから卒論、修論、博士論文のネタが生まれて来ている部分もあるから。

 「卒業論文提出予定者へ」という掲示が貼り出された。卒業論文の追い込み。大変だと思うけど、抜けのないように。ワープロの使い方、表計算ソフトの使い方などで困った時には、早め早めに相談して下さい。僕を含めて、先生方も使い慣れているソフトなら説明できますが、普段使わないソフトや機能については説明できませんから。っていうか、僕も論文を書く過程でワードやエクセル、ファイルメーカー、コリアンライター、といったソフトの使い方をマニュアルやヘルプを見ながら体で覚えてきたわけで、『聞けば済む』という部分も確かにあると思うけど、自分の力でやったほうが覚えられると思うよん。学生からだけでなく、先生方やうちの奥さんからも時々ワープロソフトの使い方について質問されるんだけど、僕は一太郎は使い慣れていないからわかりません。ごめんなさい。ワープロ検定で資格をとった富士通のOASYS、自分が使っていたキャノワード、のようなワープロ専用機はある程度わかりますが。

 そういえば、学部時代に教育実習に行って(英語の教員免許を持ってます_(^^;)ゞイヤー)、そのときに指導してくださった先生が、子供を指導する時の心構えとしてこんなことをおっしゃった。「言って聞かせて、やってみせて、やらせてみて、それでやっとやれるようになる」。まあ、大学生なんだからとは思いながらも、教えるということと学ぶということは年齢には関係ないことだよなと思ったりもする。

 結局何がいいたいかというと、期限が決まっているものは早め早めにやっておきましょうということ。人のことは言えたようなもんじゃないけど(笑)

12月13日(木曜日)

 毎週水曜日の研修日。昨日も県立図書館に行ったのだが、その前に市内の本屋を回ったのが災いして、県立図書館のマイクロフィルム閲覧席は一杯になっていた。「一杯になっていた」とはいっても、一人の方が使っていらっしゃっただけなのだが。2台機械はあるのだが、前回、県立図書館に行ったときに、僕が調子が悪いと申し出た機械が「故障中」となっていたわけ。それにしてもと思うのが、政令指定都市を抱えている県庁所在地に存在する県立図書館のマイクロフィルム閲覧用の機械が2台しかないというのはどうなんだろう。僕が利用するようになったのはここ半年のことだが、毎週水曜日に県立図書館に行くと、僕より先か後かはともかくとして、常に二席埋まる。僕のように研究職についていて、毎週、時間をとって見に行ける、しかも距離的にも近く通うのに負担にならないという人が調べ物に出向いて、だめだったというのはまだ慰めようもある。でも、3年前だったら、僕は大学院生で、県立図書館にくるまでに交通費が往復で2000円程度かかるということを考えたら、わざわざ出向いて閲覧できなかった時のショックというのは計り知れない。もちろん、一般の書籍であっても、誰かが借り出していたら見られないのは同じだから、マイクロフィルムだけどうこうしろというつもりはないのだが、ちょっと昨日は困ったので。

 図書館といえば、東京都立図書館で蔵書の整理が始まったとか。本は増える一方だから、書庫のスペースのこともあっての判断だと思うが、これにしてももう少し何とかならないものかしらん。

 情報収集をネットで行う時に、いろいろなサイトのリンク集からたどっていったり、検索エンジンを使ってヒットするものを探したりするのだが、僕のパソコンの先生とも言うべき友人から「匿名掲示板」の利用について話を聞いた。ものが匿名だけに怪しげな情報や無責任な記述があふれている一方で、耳寄りな情報というものも拾うことが出来るという。玉石混交といったところ。実際僕も、大学の授業について好き勝手に書き込まれている掲示板を見て、自分が今調べていることについて授業で扱っている先生を見つけたり、自費出版の本の宣伝を見つけたりして、なかなか有用な情報が集まる。ただ、問題がいくつか。

 「リンクはここ」とかかれているところをクリックすると、いきなり有害サイトにつながるといった嫌な思いをすることが時々あることなど。で、これをどうしたらいいかなあということも、その友人と話をしていたら、有害サイトへのリンクを防止するソフトがあるということを教えてもらった。まあ、子供たちを有害サイトから守ろうという運動をしているページなんだけど、ここで紹介されているソフトが結構高い。ということでソフトの購入は検討するとして、今は我慢することにしている。

 有害サイトといえば、閲覧するだけでウィルスに感染するというページもあるとか。ウィルス対策ソフトの更新はこまめにしておかないと。そういえば、最近、ウィルスのついたメールがよく届くようになった。発信元を見ると、以前、古書の目録をお願いした古書店さんだったり、本を注文したお店であったり、問合せをした会社や個人の方だったりするから、みんなウィルスに感染してしまったのかしらん。
 先週末は、妻の妹からウィルスに感染したみたいだからメールを開いてはいけないという電話がかかってきた。僕も韓国にいたときにウィルスにやられてパソコンが動かなくなり、当座をしのぐためにパソコンを新たに買ったということがある。何にしても、ネットにつなぐ時には用心に用心を重ねなければ。

 ついでにいうと、僕はフロッピーを購入する時、フォーマットされていないものを選ぶことにしている。フォーマット済みのもののほうが手間はかからないとはいえ、ウィルス感染の危険性を少しでも低くするためだ。人とのフロッピーの貸し借りも本当はしたくないんだけどね。

 てなことで。今日は椅子に座っている時間がほとんどなくて、この更新作業も退勤40分前というときにようやく出来ています。
 年末は忙しいですね。

12月11日(火曜日)

 江戸屋猫八さんがお亡くなりになった。動物の鳴き声を真似るという芸もさることながら、「鬼平犯科帳」ファンの僕としては、「彦十」役での俳優としての姿も目に焼き付いている。今晩、某局で「鬼平犯科帳」の映画を放映する。ご冥福を祈りながら見たいと思う。

 それにしても、当然なのだが、子供の頃から映画やテレビで活躍なさっていた名優が次から次へと鬼籍に入っていかれる。寂しいと思うのと同時に、亡くなられた方を超える若手の俳優は育ってきているのだろうかという不安もある。

 それはそうと、年末に向けて卒論を抱えた学生の動きがあわただしい。思えば、僕も卒業論文を書いていた年は帰省しなかった。修士論文や博士論文を抱えていた時には帰省したのにね(笑)。卒論の時の指導教官はとても指導に熱心な方で、1月2日から卒論を見てくださった。まあ、おとそが入ってという状態ではあったが。一緒に銭湯に行ったり、サウナに入ったり、食事をしたり。卒論は進まなくてイライラしていたし、大学院入試の結果が思わしくなく卒業すること自体にためらいもあったりした時期におおくの時間を割いていただいたことは、とてもありがたいことだった。僕にはとても真似が出来ない。

 大学院入試といえば、僕は高校のときから奨学金を借りていたのだが、大学四年から修士課程に入るときに一年浪人した。一年浪人したら、大学四年までに借りていた奨学金には研究職についたとしても返済義務が生じる。あの時、卒業せずに留年していたら返済義務が生じなかった。なんというか、まっとうに卒業したほうが不利になるという制度も妙な感じ。そうそう、さっきネット上のニュース速報で見たけど、奨学金に希望者が多く基準を満たしながら支給されない人たちが増えてきているとか。日本の奨学金、日本育英会のものは「支給」ではなく「貸与」なんだから、必要という人には審査をすることなく全員に「貸与」すればいいのに。「支給」なら、予算が足りないといわれればある程度納得できるんだけど。だいたい、本人が勉強するというのに親の収入がどうこう言うところからしておかしい。年齢制限もあるから、社会人の方が休職して、あるいは、退職後に勉強しようとしたところで奨学金は申請する資格すらないというのもおかしい。

 話題になった「米百俵」の話は、今を耐え忍んで今は教育にお金をかけるというのがストーリーだったと思うんだけど、聖域を設けないということで教育関係の経費がどんどん削減されている。100年後を待つまでもなく、今の子供たちが社会に出る20年後、30年後、そしてその時代に教育を受ける子供たちが社会に出てくる時のことを考えると、ちょっと背筋が寒くなってくるんだけど、どうなんだろう。

 話は全然変わるけど、本学3階の掲示板を見ていると、先生方が主催なさっている自主的な勉強会の案内が出ている。こういう先生がおいでになるということは非常に大きな財産だと思う。僕は学部2年生のときに、寺村秀夫の「日本語のシンタクスと意味」を読むという勉強会というか読書会に先輩から声をかけてもらったのが日本語に興味を持ったきっかけにもなったのだが、こういう自主的な勉強会がもっと盛んになるといいね。別に学問学問したものでなくてもいいんじゃないかな。僕が卒業した広島大学には公務員試験の勉強をするという勉強会が学生主催で行われていて、OBを招いての講演会(会費でまかなってた)なんかもしてた。自分が過ごす大学4年間をどう使うかというのは、結局のところ、自分自身の問題だから、誰かが何かをしてくれると思っていたら、何にもしないで卒業なんてことになるかも。まあそれはそれでひとつの選択ではあるけど。

12月7日(金曜日)

 韓国の書店の方が営業活動で本学にいらっしゃった。僕の所属しているアジア文化コースには朝鮮関係の研究をしている先生方が僕を含め6名という日本でも有数の拠点になっているということもあり、おいでになっている。何でも、今の社長に変わってから日本の大学図書館に朝鮮関係の蔵書が少ないということに関心を持たれ、積極的に日本に売り込むという方針になったとか。そして、朝鮮関係の研究者がつねづね不便に思っていた点が何かということを十分にリサーチした上で営業方針を立てたという話をお聞きした。確かに、韓国の書籍を購入しようという時はなかなか大変だった。直接韓国に行って買えばいいのだが、往復の旅費、滞在費を考えると、本だけなら倍以上のお金がかけられるという事実に直面するわけだ。昨日はお昼をごいっしょしながら、僕の今調べていることについてお話していたら関心を持っていただけ、古書店を回るときに気にかけておきますといっていただいた。ありがたいこと。

 今年度はまだ韓国に1度も行っていない。来年はワールドカップがらみで大騒ぎだからあんまり行きたくないんだよなあ。ワールドカップが終ってから韓国に行く計画でも立てようかしらん。調査したいことが随分たまってきたことだし。

12月6日(木曜日)

 昨日、研修日ということで市内の古書店・書店を回った。目録を送っていただいている古書店さんには2時間近く滞在しただろうか。県立図書館で古い新聞記事を調べていたところ、「京城在住の日本人が元始日本語に関する本を近く出版する」という記事があってそれ以来気になっていたのだが、実はその本が目録に掲載されていたわけ。目録が届いた時はあいにく臥せっていた時だったので身動きが出来なかったのだが、昨日、その本を見に行ったのだ。ある意味予想通りの内容であり、ある意味期待はずれの内容であった。「元始日本語」というものを扱おうという戦前の著作に共通している視点であり、見方によっては金沢庄三郎の『日鮮同祖論』と同じ視点を導入しているとも言える。
 韓国語を勉強してみると、日本の義務教育で教えられている英語をはじめとするSVO型の言語しか知らない日本人の中には韓国語と日本語の文構造の類似から『何かある』と思う人が多いようで、時々、学生だけではなくメールなどで質問していらっしゃる方がいる。可能な限り対応はしているのだが、中には清水義範氏の『蕎麦ときしめん』所収の「序文」をほうふつとさせるものもある。小学館の日本国語大辞典では25万項目が掲載されているというが、「似ている」という単語が25万のうち何パーセントあるのか。その中から漢字語彙をのぞいたらどうなるのか、そのあたりから考え、調べてみるというのが生産的といえば生産的なことだと思う。残念なことに、僕は統計学を勉強していないので調べた結果出てきた数字をどういじってどう扱えば何が見えてくるのかということについて専門的にお答えすることは出来ないが、統計学の手法で分析してみてようやく何かが見えてくるだろう。関心のある方は「計量言語学」とか「計量国語学」関係の論文や書籍をご覧いただくといいと思う。
 話があっちこっちにいったが、まあ、結局、上に書いた古書は購入しませんでした。

 話はまったく変わってしまうのだが、シェアウェアで「鼻歌ミュージシャン2」が登場した。前のソフトは僕が韓国にいるときに開発されていたからもう5年近く経つだろうか。何の事はない、パソコンに接続したマイクに向かって鼻歌を歌えば、それが五線譜に音符として現れてくるというソフト。音楽的才能のない僕としては、単なるおもちゃにしかならないが、曲作りをしてみようと思う人には面白いソフトかもしれない。詳しくはここ

 

12月5日(水曜日)

 今朝、出勤前に見ていたテレビ番組で産経新聞夕刊の記事を紹介していた。新版のコリンズ・イングリッシュ・ディクショナリーに新たに8語の日本語の単語が掲載されたという記事。詳しくは記事を見ていただきたいのだが、使用頻度の高いものを選んだという言葉が今一信じられないような単語も混じっていて、特定分野のデータじゃないだろうなあという感想を持った。

 昨晩、子供のベビージムの部品を取り外したりしていた時、ふと、子供の頃に壊れた時計やテレビを分解していたことを思い出した。両親の結婚記念だか何かの時計が動かなくなって、僕はドライバーを片手に分解に取り組み、再組み立てをした。当然のように「余った部品」がたくさん出てきて、えらく叱られた記憶がある。
 僕の住んでいた町では1年に1回だったかと思うが、市内全域の小学生が集まっていろいろな企画に参加するという催しがあった。子供会かなにかの行事だったように思う。そこでは提供された機械を子供たちが好きに分解して部品を持ち帰ってもよいという企画があって、僕はいつもドライバーを片手に親の嫌がるのも厭わず、積み上げられている物に向かった。提供されていたのは自動車とか、テレビとか、電話機だった。今にして思えば、なかなかワイルドな体験。それにしても、僕が成長していく過程で子供用のおもちゃというのは親が修理できなくなるという方向で進化しているような気がする。プラスチック製品にとって変わられた時点でベビージムやがらがらのようなものでさえ、修理するというのは非常に難しくなっている。木で作られているのなら何とかなるけどね。機械仕掛けのものでも、油をさせばよいとか、ぜんまいのばねの緩みを調整すればよいとか、そういうレベルではなく、裏ふたを開けたところで、何がどう動いているのかわからない集積回路が出てくるというのではどうしようもない。
 学研が大人向けの科学教材を発売して好評を博しているが、結局のところ、「自分で理解して動くもの」ということに飢えていることの反映なのではないだろうか。
 娘をお風呂に入れているとき、アヒルのおもちゃと一緒に入っているのだが、これがばね仕掛けでしっぽを振ったりする。まだ10ヶ月足らずの娘でも、そのおもちゃを手にとり、裏返してじっと見ている。少し大きくなってその関心が続くようだったら、一緒に分解してみても楽しいかな。

 江戸時代などのからくり人形に惹かれるのは、その動きが面白いだけではなく、構造を見たら理解し納得できるからではないだろうか。確かにAIBOのような一種のおもちゃに惹かれる部分も大きいが、中を見たところで理解も納得も出来ないような気がする。

 AIBOを分解しながら構造についての説明をするという授業だったか、企画だったかが催されたという記事を読んだことがあるが、開発担当者の方の話を聞きながらだったら、機械オンチの僕でも理解できるだろうか?

 何もかも理解して使うというのは難しいとはいえ、今、自分のの身の回りにある機会のほとんど全てが自分の理解を超えたところで動いていると思うと、なんとなく寂しいような気がする。
 

12月4日(火曜日)

 昨日、朝鮮日報を見ていたら「007」シリーズの最新作は北朝鮮が舞台とか。ストーリーも大枠は紹介されていた。どんな作品になるのか楽しみだ。そういえば最近は映画を見に行っていない。話題の「ハリーポッター」でも見に行ってこようかな。そういえばこの「ハリ−ポッター」、古代ギリシャ語とラテン語に翻訳されるとか。なんかだんだんと妙なことになってきている。オーストラリアのあるキリスト教系団体ではオカルト色が強いということで図書館から「ハリーポッター」を追放するとかいう話もあって、話題には事欠かない状態。
 それにしても、古代ギリシャ語とラテン語に翻訳とは。なんでも「くまのぷーさん」とか「不思議の国のアリス」なんかはすでにラテン語訳が出ているというが、今でも現代語から古典語に翻訳できる人がいるというのがちょっと驚き。語感も分らないだろうにとか心配してしまう。ルネサンス期に死語になったとか言うし。まあ、ラテン語や古代ギリシャ語を学習しようという学生にとっては面白い経験になるだろう。そのあたりが日本における古典文学や漢文学の位置付けと違う点じゃないかしらん。
 古典作品をマンガにしたり、現代の若者言葉に訳してみようという試みは既に多くの人によって行われているが、現代の作品を古語で書き表してみようとか、マンガのせりふを全て古語に置き換えてみようという試みは聞いたことがないような気がする。もっとも、一口に「古語」といっても、近世語、中世語と変化しているのだから大変なんだろうけど。
 ただ僕が古典作品を読んで面白いと思うのは、何百年も昔に生きた人と自分の感じ方が重なったりするところだから、どこかの出版社や研究者が遊び心で手を出してくれないかしらん。
 

12月3日(月曜日)

 更新を長く休んでいて申し訳ありませんでした。
 11月27日から昨日まで体調を崩し、家で休んでいました。

 本調子になるのにはもう少し時間がかかりそう。皆さんも体には気をつけてください。

11月22日(木曜日)

 灯油の値段がガソリンスタンドによってえらく違うことが分った。昨日、県立図書館に行った帰りに前を通ったガソリンスタンドでは、一缶666円という看板が立っていた。で、まあ例年並かなと思って家に帰り、家から一番近いところで灯油を買ったら一缶900円もする。車がなくなってから、徒歩圏内で買うようになったからあまり店が選べなくなったんだけど、安いほうは見間違えたかなあ。去年は何度か配達してもらったりしたんだけど、歩いて5分もかからないところにガソリンスタンドがあるわけだから、基本的には歩いて買いに。台車の一つでも買って、遠出してみようかな。
 うーむ。北海道大学生協では一缶765円だ大分県の価格で言えば、広島も同水準なのかな。アメリカの報復攻撃のために原油価格が高騰しているのかな。

 世界経済と自分が密接に関わっているということを体験するのは、何もこのような原油関係のことだけではない。以前にも書いたかもしれないが、僕の結婚指輪も世界経済と関わってひどい目にあったことがある。

 いや、指輪はプラチナで出来ているんだけどね、デザインリングを買うと高いということで、量り売り(笑)してくれるお店があったわけ。その指輪に使われているプラチナの重さがこれこれだから、この値段ってな感じで。当然、値段は日替わりです。最初、そこで買おうといっていたんだけど、ロシアの政変というか、プーチン氏が大統領になった時期と重なって、ロシアが金、プラチナの輸出を止めました。その結果、世界市場で金、プラチナは不足気味になり、価格は高騰。結果として、僕たちの結婚指輪は、普通の宝飾店で買うのもこの量り売りの店で買うのも大して価格に違いがない状態になったというわけ。1万円くらい安く上がる予定だったのに。

 他には、韓国で暮らしていた時、例のアジア金融危機と重なったこと。韓国ではIMF危機などといって、大騒ぎをしていました。しばらくして、ビビンバから目玉焼きが消えたのです。ビビンバはご存知のように、具の一つに目玉焼きが乗るんだけど、それがなくなったわけ。理由は、卵が不足しているから。驚いて調べてみたら、マヨネーズなどに使われる卵は、輸入の粉末卵だったことが判明。輸入が外貨不足で止まったので、国内産の卵を加工食品用にまわし、結果として卵不足に。当時、学生たちは、オムライスからも卵が消えるという噂でもちきりだった。(笑) よく考えてみると、日本でも一時期、マヨネーズには新鮮な卵を使用していますというのが売りになっていたから、日本でも同じようなことになっているんだろうなあ。

 一国の経済状況が悪化するというのは、その国の中で暮らしている分にはそれほど強く感じないんだけど、僕は韓国の大学を退職して日本に帰国する時期がこの経済危機と重なったため、ウォン建てでもらっていた給料は日に日に目減りし、日本円で22万円くらいだったものが、最後には15万円くらいになってしまった上に、退職金も当然のように目減りしてしまった。今にして思えば、ウォンのまま持っていて、韓国に出張した時に使えばよかったと思うんだけど、当時、帰国してから奨学金が再開されるまでの生活費がなかったので円に換えちゃったんだよね。今の1ヶ月の給料に相当する額が、為替差損として消えていった勘定になるかな。

 ということで、海外で生活しようと考えているあなた。世界経済に眼を配っておきましょう!

 関係ありませんが、私、今日は体の節々が痛く風邪のひきはじめかも。みなさん、気をつけてくださいね。

11月20日(火曜日)

 今週末は久々の連休。僕は横浜で開かれるワークショップに出かけてきます。もう楽しみで楽しみで。
 僕が取り組んでいる分野の研究は、多くの分野が関わっているから多種多様な学会・研究会に顔を出している。余裕があれば、表現学会とか、計量国語学会とかにも参加してみたい。でもねえ、毎年の学会費の納入が大変で。

 スターウォーズの新作が来年5月に封切られるとか。この映画の第一作目は、僕が小学3年生のときに映画館で見た最初の洋画ということで、非常に印象に残っている。父と二人で見に行って、字幕を見ながらの鑑賞だった。字幕の漢字には読めない文字が結構あったのに、とても楽しめた。ということで、わくわくしている。映画といえば、宇宙物のSF、例えば、スターウォーズやスタートレックなどが好きで、何度もレンタルビデオで楽しんでいる。他には時代劇も好き。愛知県刈谷市にある映画館は、2階席が畳敷きで、僕は「子連れ狼」を見に行って畳敷きのところに寝転がってみたのを覚えている。今もあるのかなあ。

 映画館で映画を見るということが僕の楽しみの一つに加わったのは、韓国で暮らしていた時から。日本に比べたらはるかに安いし。日本のように、1800円も払って映画を見るとなると、その娯楽の価値というところが微妙なところにあるように感じるのは僕だけかな。でもでも、一時期の映画産業が衰退していた時と違って、シネマコンプレックスなどは確実に映画ファンの開拓に成功しているよう。観客が増えれば、入場料が少しくらい安くなるんじゃないかなあ。
 

11月19日(月曜日)

 広島市内は「えびす講」の真っ最中。数年前、暴走族の騒ぎがあって歩行者天国が廃止された全国的に有名な祭り。いい話じゃないけどね。
 昨日は、そのえびす講に家族で出かけた。ちょっと体調を崩していたりしたのだが、気分転換もかねて散歩に出かけた感じ。露天もたくさん出ていて、見てまわるのはとても楽しかったんだけど、お祭りの露天の数々のグッズは、僕の記憶に残っているものよりも随分高くなっていた。風船を膨らませて、その空気で音が出る子供向けのおもちゃが400円もする。くるくるっと巻いてある紙の管を息で伸ばしたり縮めたりするおもちゃも400円。確かに手間のかかる作業だし、そんなに多く売れるものでもないだろうからこの価格設定も仕方ないのかしらんと思いながら、でも200円が限度だよなあと思う。
 夏、妻の実家のほうでの盆踊り会場に行って風船釣りをしたのだが、あれも1回300円という価格で驚いたし。
 ゲームセンターで遊んだほうが安く上がるんだなあ。

 去年の正月に高校時代から使っていた愛用の手袋に穴があいた。何度か繕って使っていたものだったので愛着があったのだが、ほつれたとかではなく、磨り減って穴があいたので、寿命ということで今年は新調することに。で、買いにいったんだけどね、金銭感覚が狂ってしまったような。ちょっといい感じだなと思って値札をひっくり返すと9000円もしたりして、笑ったのは、ショーケースの中の手袋がとても気に入ってお店の人に価格を尋ねたところ、「2万6000円」と言われたこと。誰が買うんだろう・・。ということで、手袋を新調しはしたのだが、安い方から3番目といったものに(笑)。でも、とても気に入っている。また何年も使うことになる。

 学部時代に言語学の講義を受け、ラテン語を個人的に教えていただいた先生がこのところ本をたくさんお出しになっている。ロマンス語を研究なさっている現名古屋大学教授の町田健先生。今回も先生のお出しになったシリーズを購入し始めた。授業を思い出しながら読んでいる。

 韓国の「青少年保護委員会」のホームページを見たら、面白い記事が掲載されていた。ここは、以前、未成年者に対する買春者の氏名、住所、年齢、職業を公開した事で話題になったところだ。年明けに第2段が予定されているというが、また大騒ぎになるんだろう。いや、このページに「外界人? 最悪の言語破壊」というバナーがあって、クリックしたら「言語破壊を今止めよう」というキャンペーンページにつながった。
 読んでみると、何の事はない、ネット上のチャットで使用される言語表現、文字表現や語彙が規範から外れている独特の文字使いになっていることに対する警鐘というものだった。日本でも、「2ちゃんねる」をはじめとして、掲示板サイトやチャットサイトでは外部からはすぐには理解できないような文字表現が多用されている。日本ではそれに対して政府がキャンペーンを展開するという動きはないようだが、韓国では政府機関のホームページからリンクされる。韓国は日本と異なって「国語」に対するなんというか、純血主義というか、そういった意識が強いので、こういう反応が出てきても仕方ないかも。だけど、そんなに目くじらを立てなくても。

 日本が植民地としていて、日本語を「国語」として教育したという事実。そして、日本が植民地にしていた時期が近代化(日本化というか)と重なるため、多くの新しい概念や機器、物質名が日本語語彙で存在しているという事実。結果として、現在も漢語に日本語経由の日本式漢語があふれている。昭和30年代の国語学辞典を見ると、軍隊用語は日本語だという記述もあるくらいで、36年の間に韓国語が日本語から受けた影響は語彙の面で広範な範囲におよぶ。現在でもそれを扱った論文や書籍、テレビ番組は多い。
 例えば、
『必ず 替えて使わなければならない 私たちの言葉の中の日本語』(本来のタイトルは韓国語)であるとか、「韓国語に使用される日本語に関する考察」であるとか、「ウリマルボン」という文法書の記述とか。

 興味がある人は、ちょっと調べてみてもいいかも。でも論文にするのは大変だろうな。リストを作っただけで終っても仕方ないし。というか、リストなんて多くの人が既に発表してるし。

 

11月16日(金曜日)

 今週末、九州大学で言語学会が開催される。プログラムは学内3階、7階の掲示板に張り出してあるので、興味ある人はぜひ参加してみてください。個別言語の研究も、かなり細かな点について扱われており、しばらく言語学系の論文を書いていない身としては学会の現況を把握するのがちと大変かな。今も、「The Encyclopedia of Language and Linguistics」(1994 PERGAMON PRESS)のある項目を読んでいるのだが、もう7年も前の記述だから現在どれだけ進歩していることか。そう思ってみると、第二言語習得に関するケンブリッジ大学の一連のシリーズは1985年のものだし、言語学関係の洋書や論文のほとんどは1997年以前のものだ。勉強しなくちゃ。今週末は東京三省堂で「語彙・辞書研究会」の第20回目の研究発表会も開かれる。

 今年は学会発表をする機会がなく、また論文の投稿も滞りがちで、恥ずかしい思いで一杯。
 来年はなんとか発表できるようにまとめていきたいもの。

 えっと、今日はホームページコンテンツの「研究の解説」を大幅に書き換えたものをアップしました。お時間があれば、ご覧下さい。

11月15日(木曜日)

 研修日の水曜日、またまた県立図書館に出かけた。マイクロフィルムの新聞史料を見ているのだが、一日で1本見るのが精一杯。基本的に、半年分を見る形になる。で、必要な個所をプリントアウトして帰ってくるわけ。今日からその新聞記事の必要個所を切り抜き、カードに貼っていく作業になる。そうして、また来週の水曜日、半年分の史料を見に出かけるわけだ。データベースソフトも利用しているが、カードでの整理にも長所がある。データベースソフトにしろ、情報カードの利用にしろ、その長所短所をつかんで使い分けるというのはなかなか難しい。

 新聞を見ていて思うのは、当時の社会状況がわかるということ。朝鮮総督府の行った一連の政策も、一つ一つの政策が独立して登場し展開したわけではなく、「内地」や台湾との関連で生じてきたことも少なくない。

 僕が取り上げている「国語」教育も、朝鮮での「国語」普及のみを考えて展開したのであれば、少なくとも、全6回の教科書改訂があのような方向で進むはずはないと感じている。何か朝鮮における「国語」普及よりも優先された事項があったはず。「あのような方向」というのは、非母語教育用教材として配慮された教科書から「内地」と同じ体裁の母語教育としての教科書への移行のことだ。教科書の改訂だけを見ていては分らないことも、少しマクロな視点で観察すると意外と理解しやすいことがある。

 とはいっても、僕の関心は「ことば」にあるわけで、新聞を見ていてもことばに関連する記事があるとうれしい。

 今日はこれから、どうしても始めなくちゃいけないと思っていたこと、二つに手をつけようと思う。何かって? 3日坊主に終らなかったら、いやいや、ある程度理解できて使えるようになったら、改めてご報告します(笑)
 こんなことになるなら、学生時代に勉強しとくんだった(・_・、)グスン

11月13日(火曜日)

 掲示板を再開して、アクセスカウンターの不具合も修正した。で、また0からのカウントしなおしということになる。
 
 昨日書いた研究会では、懇親会の中での近況報告で多くの方がホームページを運営なさっていることを知った。研究者の方のホームページは、読んでいると面白く、意外な発見があってとても面白い。今、僕が高校生であったり、大学4年生であったり、はたまた修士2年目であったりしたら、きっとホームページで情報を集めたことだろう。自分の指導教官から先生を紹介してもらうというのも手ではあるが、自分の興味がある分野のことを研究している人を探したり、あるいは、自分の想像しなかったことを研究している人を見つけるかもしれない。時間があるときに、ネットサーフィンというのも、無駄なことではないと思うけどな。特に、学生時代で大学のパソコンが自由に利用できて、それが無償でネットにつながれているという環境にあるなら。

 以前にもいったけど、こうしてホームページを解説しているとパソコンに詳しいのではと勘違いする人がいる。タグを一つ一つ入力しなければならなかった頃ならともかく、今は簡単にホームページを作成するソフトが売られていて、ワープロが使えるのであればまず問題なくホームページの作成は可能だ。結局のところ、ホームページを作ろうという意欲、自分から情報を発信しようという意欲があるかどうか、それとそこに傾ける時間があるかどうかにかかっている。
 とはいいながら、情報を発信していかなければならないというのは、これからますます重要視されることになる。僕も資料の検索をしている際に、いろいろな大学や研究機関、あるいは個人の開設しているホームページや掲示板を覗くことがあるが、情報の量・質共に大きな開きがある。消しゴム版画家のナンシー関さんのコラム、結構好きなんだけど、最近発売された本の中にホームページを取り上げたコラムがあった。国会議員や芸能人のホームページを取り上げていろいろといじりまわしているのだが、書いてあることは的を得ている。自分で作っているのか、他人に任せているのかは分らないが、僕はその人の個性が出ているホームページは結構好きだ。綺麗に仕上げてあっても、中身がないというのはいただけない。

 話が変な方向に行ったが、僕は機械の類は苦手である。ファックスなんて、初めて使った時は「受話器を取っておかなくちゃ」と、持ち上げたままで送信しようとしたという、今にしても思えば、とてつもなく変な経験もあるくらい(笑)。ワープロソフトも表計算ソフトも、データ管理ソフトも、ホームページ作成と同じでどれくらい自分が必要としているかというところと「使いこなす」ということには密接なかかわりがある。
 博士論文に取り組んでいる5年の間に、ワープロソフトは4回バージョンアップし、ウィンドウズも3.1から95、98へとバージョンアップしていった。そのたびに、データを移し替え、不具合が出てきたところを修正し、新しいOSやソフトの特徴をつかんで利用するというのは、無駄な部分もあったし、役に立ったこともあった。背水の陣という言葉があるけど、これをやらなくてはどうしようもないというところに追い込まれれば、何とか覚えられるもの。誰かに頼むことも出来ないし、サービスセンターに電話してつなぎっぱなしでソフトをいじるようなお金もないし。マニュアルは読んでも必要なことは書いてないし。あ、「誰かに頼むことも出来ないし」というのは、いじってもらっている時にデータが消えても文句をいわない、自分が責任を取るというつもりであれば誰かに頼めばいいわけ。
 誰かに頼んでしまえば、その場は楽であってもその人がいない環境では何も対応できなくなる。
 そんなこんなで、僕はパソコンをいじる時にはハードの問題でない限り、話を聞くことはあっても人に任せることはない。それはパソコンを使って仕事をする時、最初に覚えるマナーだとさえ考えているからだ。

 さて、昨日は3年生が卒業論文指導教員を選ぶのに悩んでいるという相談にきた。どれくらい適切なことが言えたのか不安が残るが、自分のやりたいことを考えて、多くの先生方に相談してみるのもいいかもね。それと、授業で教えていただいている内容がその先生の専門ということでは必ずしもないから、大学紀要(論文集)を見たり、図書館の情報検索でその先生の発表なさった論文なりを調べ、タイトルだけでいいから見ておいて、参考にするといいんじゃないかな。 

11月12日(月曜日)

 学部時代の指導教官(藤田保幸 滋賀大学教授)が博士号を授与され、それを刊行なさったのだが、今度はその本で金田一賞を受賞された。金田一賞についてはここをクリック。まだ、指導教官の名前は出ていない、というのも受賞自体最近決まった話だというので、まだホームページに反映されていないのだろう。過去の受賞者を遡ってみていると、妻の指導教官(沼本克明 広島大学教授)のお名前もある。もっとよく見ると、集中講義を聴いたことのある菊地康人先生や窪薗先生、影山先生のお名前もあって懐かしく思ったりもする。アイヌ語の研究が多いのは金田一賞だからだろうな、やっぱり。アイヌ語といえば、修士時代の指導教官はアイヌ語の研究者でした。

 この週末、岐阜で行われた中部日本・日本語学研究会に参加した。本学の修士論文中間報告会と重なっていて、どちらに参加するか悩んでいたのだが、聞きたい発表があるならと主任が快く研究会への参加を後押ししてくださったので、今回は研究会のほうへ出かけた。こちらの研究会についてはここをクリック。今回は、国立国語研究所の山崎先生の「大規模用例処理に基づく文法記述研究の現在」という発表がどうしても聞きたくて仕方がなかった。コーパス言語学の分野の研究は、かなり以前から関心を持っていたのだが、学生時代にそれについて教えていただく機会もなく、適当な文献もなく、更にいえば、データ処理に必要な統計学の知識が決定的に欠けていたため、そのままにしていた。今回の発表では、コンピューターに頼れる部分と、あくまで人間がやらなければならないこと、過去の研究の反省点なども言及があった。現段階で、僕の進めている研究に直接利用できる部分は少ないとはいえ、とても参考になった。もうお一人の田野村先生のご発表は、モダリティ研究への批判的考察といったもので、こちらも常々抱えていた疑問をある程度払拭してもらえて、うれしかった。もっとも、僕自身の勉強不足もあり、言語学で言うところのモダリティについては、更に自分自身で検討しなければならない。

 僕は今、日本の植民地であった地域の「国語」教育ということに関心を持っているが、その関心の出所というのは、学部時代の指導教官が授業で扱った「類聚名義抄」なんかが原点なのかもしれない。「類聚名義抄」そのものについて関心を持ったというのではなくて、そこで自分が感じた「言語の変化」とそれを示す「証拠探し」といったところか。
 日本の植民地では、そこの住民の母語が何であれ、日本語が「国語」として教育された。この事実を歴史学、教育学、日本語学、さまざまな分野からそれぞれのアプローチがなされていると思うが、僕は「そこで話されていた日本語」というものにとても興味がある。朝鮮や台湾で話されていた「国語」に現地方言化の兆しはなかったのか、なんてのはものすごく気になるところ。朝鮮語の影響が「国語」に現れていなかったのか、それを常に頭に置いて当時の言語資料を眺めている。でも、書き言葉に言語変化が反映するのはとても時間がかかるわけだ。規範意識というものが働くから。だから、出来れば音声言語のサンプルを集めたい、そう思ってのラジオ「国語講座」の研究ということになるわけ。

 ラジオ放送の開始は、急速に言語と生活習慣、文化の統一を推し進めたと思う。その「思う」を何とか証明していきたい。

 実は、先週半ばの調査を終えるまで、「ここを崩していけば証明できそう・・」とおぼろげに思っていたことが見事にひっくり返されてしまい、調査の大切さを改めて思い知ったのだが、そうそう簡単に結論に行き着けるような研究では面白くない。腰を落ち着けて追っかけていきたいと考えている。

 話が後先になるが、上に書いた朝鮮での「国語」変化のこと。適当な言い方かどうか分らないが、上からの変化と下からの変化があった、と考えられる。上からの変化というのは、いわゆる、「国語」政策の反映としての変化。句読法であるとか、送り仮名であるとか、漢字の使用制限であるとか、そういったもの。下からの変化というのは、現地に住む「内地人」の影響によって生じる日本語の「標準」の変化とでもいうもの。住んでいた「内地人」は山口県人が一番であったというが、ソウル(当時は京城)での人口構成もそうだったのか? 以前、朝鮮で話されていた「国語」は関西風であったという記録を見たことがあって、常々、気になっている。だって、教科書に現れる言語変化も「内地」では関西から関東へというシフトに思えるのだが、朝鮮では関東から関西にシフトしているように思えるから。

 まあ、この「思える」というのも、しっかり裏づけを取っていかなくちゃね。「思う」「思える」で論文が書けるわけではないし(笑)。

 ということで、この週末はとても充実していて楽しかった、というお話。
 大学時代の友達にも会えたし。

11月9日(金曜日)

 教員免許をとれば教員になれるという誤解をしている学生がいて、採用試験を受けて合格しなければだめだという話をしたら驚いていた。実際は、合格しても待機状態のままでいることも少なくないと聞く。実は、僕は英語の、妻は国語の教員免許を持っている。もっとも僕は英文学の授業をあと4単位受講するのがいやで、結局2種しか持っていないけど。妻は専修免許を持っていて、教員採用試験に何度か合格しながらも、なかなか踏み切ることが出来ず結局教員にはなっていない。
 教員免許を取って得したことはあるかと尋ねる学生もいるけど、これは何ともいえない。予備校の講師の採用は、結局は採用試験にパスしなくてはならないわけだし、通信教育添削のアルバイトも採用前の試験があるところもあって、教員免許の有無というよりはやはり実際の能力のほうが重要視されるように思う。とはいっても、家庭教師に行く時、履歴書に教員免許があると書くと安心してもらったこともあるから何ともいえないわ、やっぱり。

 昨日、朝鮮日報を読んでいたら「100%国内技術で作ったデジタルアニメ『ランディム』」という記事があった。これはこれで問題はないわけだ。僕の暮らしていた1997年には「100%国内技術で作ったアニメーション」というのがニュースであったことを思うと技術の進歩には目を見張るものがあると思う一方、韓国のインターネットの普及率は近い将来、アジアはいうに及ばず、世界的に優秀なプログラマーの輩出を予告しているようにも感じる。
 さて、今日、この記事を取り上げたのは記事の中の記述。「これらを操縦する天使たちのキャラクターも、以前と比べはるかにアップグレードされている。「鷲5兄弟」「ロボット大権」の主人公のように…」という部分の「鷲5兄弟」。これは、「トクスリ5兄弟」というアニメの「トクスリ」を翻訳したものだと思うのだが、この「トクスリ5兄弟」、実は「ガッチャマン」なんだよなあ。難癖をつけるわけではないが、翻訳をする時、もう少し資料を集めてほしかった。そう思うと、「ロボット大権」も元は何かというのが非常に気になる。原題は全然違うかも。だって、「ウルトラマンタロウ」は「Z-メン」になってたし。

 翻訳・通訳というのはとても大変。
 韓国で担当していた大学院の授業で「翻訳」と「通訳」があったが、理論的なものはもちろん、実際的なものも、自分にそれ相応の力がないとどうしようもない。文学作品の翻訳なんて、多くの翻訳家の人が嘆いているように、文化的背景が違うのだから美しい訳を作るのは奇跡に近いという。それでも、どう翻訳しようかとか、どう通訳しようかとか悩むのは、ある意味とても楽しいことではある。僕の記憶に残っているのは、韓国の小説の日本語訳の宿題を出したときのこと。翻訳といっても、一段落だけの翻訳だったんだけどね。スパイが銃で撃たれるわけ。そこの擬音語が、韓国語では「テンテンテン」という音だったんだけど、3人の院生がみんな違う訳をしてきた。「パンパンパン」、「ダッダッダ」、「バキューン、バキューン、バキューン」とか。日本語を母語としている人には分ると思うけど、この3種類、銃の種類が違うでしょ? 院生たちは自分の手持ちの韓日辞典を参考に訳しているんだけど、擬音語についてはあまり神経を使っていなかった、というよりも、辞書を見たところで「この音はライフルを、この音はマシンガンを、こっちのこの音は拳銃を」なんて説明があるとは思えないわけだ。韓国語の「テンテンテン」をそのまま生かしたほうがいいように思ったし、あえて日本語の「標準」の擬音語を選ぶのであれば、銃の種類なんかにも配慮して訳さないと、その場の雰囲気がまったく違ってくる。

 そんなことを思い出した。
 

11月8日(木曜日)

 昨日11月7日は、韓国で修能試験(日本でいうところのセンター試験のようなもの)が行われた。朝鮮日報や東亜日報、中央日報など韓国の新聞やホームページではそのことが結構取り扱われている。韓国も日本に負けず劣らず受験は学歴が重要視されている。もっとも、日本のほうでは学歴があっても仕事に就けない、という社会的状況があってか、学歴重視がそれほどでもなくなってきたような気もする。

 さて、昨日は研修日ということでまたまた県立図書館へ出かけた。間一髪のところで、マイクロフィルムを見る機械の使用申込が間に合った。2台ある機械はいつもは誰も使っていないのに、昨日に限って先客があり、僕が使っているところでさらに一人の申込があった。僕の後からきた人は、結局、どちらかが空くまで待っていなければならなかったよう。昨日は昭和3年の1月から6月末までの紙面を調査した。本学の紀要に投稿した論文、学会誌に投稿して審査を受けている論文に書いたことが、裏付けられた面もあり、ひっくり返ってしまったこともある。ひっくり返ったことについては、次の投稿論文に反映させる予定だが、資料が出てくれば出てくるだけ、新しい発見があるのがうれしい。
 ということで、今日は入手した資料を情報カードに切り貼りするという作業をワクワクしながら進めている。

 先日、図書の朗読ボランティアをしている方から、ラテン語の読み方について質問があった。ラテン語を勉強したのは、学部の4年生のときだったからもう10年近く昔になる。当時使ったテキストは、友達に貸したまま行方不明になってしまって、今研究室には「羅和辞典」しかない。久しぶりに手にとったけど、随分忘れてるわ。まあ、これから先も実際にラテン語の文書を読むなんて可能性は限りなく0に近いと思うから、まあ、読む手がかりだけはあるということで良しとしている。

 いろんな言語をかじってみて思ったのは、それぞれの言語のもつ概念の多様さ。日本語のように単数複数をほとんど文法的に意識しない言語がある一方で、英語は単数と複数を区別する。アラビア語なんかは、単数、双数、複数とを区別する。ネイティブアメリカンの言語の中には、飛行機と宇宙飛行士と鳥とが同じ単語でくくられている言語もあるという。そんなことを考えていると、日本で現代英語に偏った非母語教育を受けていると、思考が偏ってしまうんじゃないかと心配になってくる。
 

11月6日(火曜日)

 卒業論文の中間報告会が終りました。発表した皆さん、おつかれさまでした。今年は、昨年(僕が参加したのは、昨年が初めて)よりも1,2,3年生の姿が多かったような気がします。廊下で話をしただけだけど。
 パワーポイントを利用した発表もいくつかあったが、某大手私立大学では卒業論文の中間報告会や修士論文の中間報告会は、パワーポイントを使わないと参加できないという話を以前、本学に集中講義でおいでになっている先生から伺ったことがある。プレゼンテーションの腕というのも、これからの社会に必要とされる技術なのだろう。
 気になったのは、学生の間で卒業論文の進度にひどく差が開きつつあること。先行研究について「まだ調べていません」というのは、今の段階ではちとまずい。「先行研究がない」と断言した学生もいたけど、「ない」というものを断言するのは、とても大変なこと。「いろいろ資料を見ました」というときも、いくつかの資料の実名を挙げることが必要です。まあ、発表の技術なんていうのは、実際にどれだけの発表を聞いたことがあるか、また自分がどれだけ発表する機会があったかによるものだから、演習の授業などを利用して磨くのが一番。

 でも、いろんな関心を持った学生がいて、いろんな方法でアプローチしていて、発表は聞いていると楽しく興味深いものばかりだった。書き上げたものを是非読ませてほしいと思う。

 話は変わるが、本学に交換留学生としてやってきている韓国の学生が、広島国際文化財団主催の作文コンクールで最優秀賞を受賞した。今度、お祝いをしなくちゃ。・・・給料日の後・・・いやいやボーナスの後、くらいかな(笑)

11月5日(月曜日)

 昨日、一昨日と大学に出てきてみたら、結構学生が出てきている。卒業論文中間報告会の追い込みというところかしらん。出来れば今日の午前中には準備を終えておきたいもの。午後になったり、明日の朝になったりだと、学内の印刷機もコピー機も、学外近隣のコンビニにあるコピー機もフル稼働中かも。最悪の場合、トナーが切れたりして・・・
 でも去年よりはいいんじゃないかな。去年は事前に助手さんに提出して当日は印刷されたものが既に準備されていたわけだから、3日くらいは去年よりもたくさん時間があったということで。

 昨日の選挙には行きましたか? 投票率は過去最低だとか。30パーセント代ではどうしようもないねえ。有権者の3分の2がそっぽを向いたということだ。昨日、僕は検定試験の監督をしていたんだけど、監督が終ってから投票に家族みんなで出かけました。ベビーカーを押しながら。
 我が家では投票日の夜は外食するということにして、子供にも投票日は「特別な日」として認識させたいと考えている。僕は投票しないという選択は、批判する権利も放棄しているという考えなので、例え、自分の推したい候補者がいないときでも白票を投じに投票所へ向かう。その日にいけないことが分っていたら、不在者投票。韓国にいたときには海外投票制度がないのがつらかったし、海外投票制度が出来たところで韓国の場合、大使館や領事館に出かけなければならないという非常に面倒なことになっていたんだけど、国内にいる限り、投票所はすぐ近くに。一日をつぶすような作業ではないんだから、行けばいいのに。

 それはそうと、昨日の夜は↑のような事情で外食を。妻が家の近くにイタリアンの店があるというので、そのイタリアンのお店に。前菜も、パスタも、リゾットも、サラダも、もうおいしくておいしくて。おいしさを表す語彙が貧弱なのが非常につらい。でも、あのお店は友人がきたときに出かけてもいいお勧めの1店になった。

 前にも書いたけど、男とか、女とか、そういうことは関係なく、楽しい人生を送ろうと思ったら料理は覚えるべき。複数のおかずを同時にアツアツの状態で出すにはどうしたらいいか、手順をどう組み立てておけばいいか、この作業をするのに自分はどれだけ時間がかかるか、などを把握して料理をするのって結構楽しいよん。韓国で2年間生活していて、学生が家に遊びに来たり、近所の人を家に招いたり、日本人で集まって食事をしたりという時、やっぱり、手作りの料理がどれだけ提供できるかというのは楽しさの一つのバロメーターに。前それに、日本語・日本事情の授業で日本の料理について扱ったときなんか、興味のある学生を家に招いて、一緒に作ったりということもあったし。

 海外に出て働きたいと思っているのであれば、料理に限らず、日本の何かを身につけておきたいね。
 海外に出た時、自分の周りにいる人たちは自分を「日本人」の典型的な例として見るから。

 話があっちこっちに行って恐縮だが、韓国で働いている時に研究室に電話がかかってきたことがある。法廷通訳をしている人からの電話だったようなのだが、日本人の名前が読めないという。電話の向こうで、漢字の説明をしてくれるのだが、その漢字をどう読むのかなんて本人じゃないと分らないじゃない。「分らない」といったら、「日本人なのになぜ分らないのか」と電話の向こうで大声で怒られた・・・罵られた、のほうが適当か?・・・ことがあった。法廷通訳なら、弁護士なり、検事なりに確認すればいいじゃないかと思ったんだけどねえ。日本のことは日本人に聞けば分るという気持ちになるのもわからなくはないけど、そうもいえないことがたくさんあるんだよね。

11月3日(土曜日)

 今日の広島は雨。朝から降り続いている。

 毎回、卒業論文の話で恐縮だが、学生が質問や相談に来て一緒に調べてみたり、一人で勝手に資料をあたってみたりすると、知らないことがたくさん分ってとても面白い。中間発表が楽しみ。でもでも、インターネット上で集めた資料だけで論文を書こうとか、そういうのはやめたほうがいいと思うよ。いや、分野によっては、最新の情報を利用しなければならなくて今年の春の情報はもう利用価値がないということもあると思うけど、誰にでも調べられる資料で誰でも考えられるような結論を導き出しても面白くないじゃん。

 昨日はとってもワクワク出来た。というのも、韓国の国立中央図書館(昔の朝鮮総督府附属図書館)が電子図書館化の一環として蔵書をネット上で画像としてみることが出来るサービスを始めているのを知ったからだ。単に表紙や目次だけが見られるというのではなく、全ページが見られる。もちろん、プリントアウトも出来る。韓国に行って探す必要がなくなった。少なくとも、基本的な資料の収集は、こうして研究室に座っているだけでそろうわけだ。
 韓国の往復の旅費、宿泊費、国内交通費、複写費、もろもろでそうは言っても1回行く度に10万円近い費用がかかることを思えば、10万円もうけたのと同じ効果が(笑)。何にしても、今日も明日も、月曜からも、その資料のプリントアウトに励むことになりそう。ああ・・うれしい。

 国立中央図書館やソウル大学附属中央図書館などは、朝鮮研究者だけでなく日本語・日本文学研究者も注目するに足る資料がある。広島大学名誉教授の小林芳規先生が発見なさったと報道された角筆文献もふんだんに朝鮮には存在するが、これは朝鮮資料のこと。僕が言っているのは、ソウル大学が旧京城帝国大学ということで、広島大学をはじめ、僕の通っていた大学の図書館の蔵書をはるかに上回る質と量をそろえている図書館であるということ。旧刊書庫の更に貴重書保管室からは、日本で発見されていなかった・・・存在も知られていなかった・・・江戸時代の黄表紙本などが出てきて、大騒ぎになったこともある。まあ、時枝誠記や小倉進平などが教鞭をとっていた大学なんだからねえ。
 まだその貴重書保管室に日本人は一部の研究者を除いて立ち入りが制限されているというが、今後、日本語・日本文学を研究する人たちの立ち入り調査が全面的に解禁されれば、新たな発見は相次ぐことだろう。僕が生きているうちにそういう時代が来るかなあ。

 明日は広島県知事選挙。雨だと投票率が悪くなるんだろうなあ。

11月2日(金曜日)

 学生が「じてんを貸してください」と研究室にやってくることがある。「じてん」とただいわれても困るんだわ。だって、
@ 辞典
A 事典
B 字典
があるでしょ? と、偉そうにいいますが、僕も大学院生になってからだったかなあ(苦笑)・・・区別するために
@ 辞典 ⇒ ことばてん
A 事典 ⇒ ことてん
B 字典 ⇒ もじてん
というようになったのは。これは、先輩の大学院生に教えてもらったんだけど、出身大学や大学院の違う妻と話をしていても通じるところを見ると、結構、使われている言葉みたい。
 用途を言えば、どれが必要なのかは分るから必要ではないといえば必要ではない言い方とも考えられるだけど、区別する方法を覚えておいてもいいんじゃないかな。

 辞典がらみの話が出たのでついでにいくつか。
 国語辞典に限らず、日韓辞典、韓日辞典、英和、和英、日中、中日、どの辞書でもそうなんだけど、一つのものだけに頼るというのはやめたほうが無難。外国語を勉強し始めた初歩の段階であれば、それは仕方がないことだし、自分の家に何冊も同じ言語の辞書を置いておくなんてのも不経済だから、それはかまわない。だけど、レポートを書くとか、卒業論文を書くとかいう段階で、何かの定義について調べたり、ある語彙の意味を調べようとするのであれば、出来るだけ多くの辞書の記述にあたるべき。それから、新発売の辞書を買っても、その辞書作成のために語彙を収集し始めたのは何年も前であるということを意識しておくべき。「べき」ってのが続くと非常に押し付けがましいような気がすると思うけど、辞書の記述というのは相互に矛盾していることがあるから、気をつけてみましょう。記述にずれがあったら、そのずれの原因や自分の語感を動員して意味を考えてみるのも面白いよね。

 卒業論文中間報告会は来週の火曜日。3年生、2年生はもちろん、1年生の皆さんも関心があるテーマを見つけたら、気軽に会場へ足を運んでください。

11月1日(木曜日)

 昨日は研修日ということで、県立図書館と古書店を回った。県立図書館では、時間を忘れて資料に見入ってしまい、空腹に気がつくと既に3時近くになっていた。古い新聞のマイクロフィルムを見ているのだが、昨日は6時間近くかかってようやく1年分を見終わった。新聞の全体ではなく、一部を見るだけなのでこのくらいの時間で終ったが、普段大学で読んでいる新聞のほうは、6時間では1か月分を見るのがやっとだろう。朝鮮語でかかれているということもあるし、字が小さくて読みづらいというのもあるが、全てのページにわたって読んでいるわけだから。
 県立図書館はなかなか資料が整っているのだが、前にもいったが、ネットで外部から検索できないというのが難点でもあり、図書館内で検索できるシステムがまた使いにくいというのが資料を収集に行くときにはちとつらいかも。

 古書店も足を伸ばして久しぶりに顔を出すところもあった。今回の収穫は昭和15年から昭和19年にかけて予約出版された研究社の「英米文学語学講座」シリーズ。1冊が100円から400円程度で、ごそっと(40冊くらいか?)出ていたのでまとめ買いをしたかったのだけど、とりあえず、自分の関心ある部分だけを購入した。詳しくは、こちらのリストを。
 今回うれしかったのは、「ベーシック英語」の解説書が手に入ったこと。いや、戦前の日本語教育についていろいろ調べていると、土居光知という人の「基礎日本語」というものが引っかかってくるわけ。これは、日本語の語彙数を制限してしまって、非母語話者が習得しやすくしようというものなのだけれども、その発想の原点がイギリス・ケンブリッジ大学のオグデン教授の手による「BASIC ENGLISH」だったわけだ。土居自身も著書の中でオグデンの著作にヒントを得たようなことを書いているし、併せて日本語の海外進出の役に立つのではないかという期待も持っていたよう。ベーシックイングリッシュの概念について勉強したことがなかったので、思わず手が伸びた。もちろん、現在発行されているものの中にも解説本はあるんだろうと思うんだけど、ここで大切なのは、現代風の解釈ではなく、日本語教育に利用できるのではないかと考えられた当時の解釈が知りたいということ。
 日本語の語彙辞退を制限しようと言うのは、今でも野本菊雄氏が「簡約日本語」というものを提唱している。こちらも残念ながら、詳しい話は聞いたことがない。

 戦前の新聞を見ていて卒業論文なんかのテーマに面白いかなあと思ったのは、「青い目をしたお人形」の話。昭和2年の話だったようで、当時の新聞にはその話がたくさん出ている。単に僕が知らなかっただけなのかもしれないが、当時は日本領だった朝鮮にも人形は配られている。江原道にいくつ、京畿道にいくつといった形。朝鮮の子供の作った歌が入選したという記事などもあって、これなら台湾や関東州、サハリンにも配られたんじゃないかな…とか考えた。時間があったら調べてみると面白いかも。



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