助手さんのひとりごと
10月29日(月曜日)
金曜日の退勤前、大学院時代の後輩が研究室にやってきた。11月から韓国に半年間滞在する予定。調査・研究が目的で、帰国してからは博士論文執筆が彼女を待っている。いい資料やデータの収集が出来るように祈っている。文化人類学や民俗学といった分野に関わらず、現地調査というか、現地体験というのは必要不可欠な場合が多い。文学関係の先生からも、その作品に描かれている場所に行ってみると、主人公の感じたものや作家の感じたことがわかりやすいという話を伺ったことがる。言葉の研究をするという時でさえも、現地でどのように話されているのか、実際の生きたデータを収集するというのは大切な作業である。言語系の論文を書こうとして、アンケート調査をすることがあるが、「次の文は正常な文として認められますか。」などという設問で適文・非分を選ばせることがあるが、一つの文だけをいきなり挙げられたところで、その文を発する背景や前後関係から考えると非文とはいえないという場合が多くなる。文は単独で存在するということが、ほとんどの場合、ありえないからだ。そんなこんなで、アンケート調査をする場合には例文も質問項目も練りに練ったものを準備しなければならないというのが、僕のかつての指導教官だった方々の教えだった。
話が少しずれるが、僕と妻は育った土地が違うため、言葉の行き違いというものが結構ある。通じないというのであれば、まだ始末に終えるほうで、厄介なのはその話しの流れの中に出てきてもおかしくない語彙で、それでいて意味やニュアンスが異なるという言葉。変な間があいたり、気がついたら一方が不機嫌になっていたりということもままある。言葉を扱う時には、出身地、世代、両親や祖父母など同居の家族の出身地まで考慮に入れる必要がある。 卒業論文を書いていた頃、指導教官から用例収集の大切さを懇々と諭されたのだが、めんどくさがりの僕はそれが身につかなかった。いまだにお会いするとそのことを指摘されて恥ずかしい思いをする。用例収集から法則を見つけ議論を展開するのと、法則を仮定し作例で議論を展開するのとでは、齟齬をきたしにくいのは前者であることは間違いないだろう。僕なんかは、後者で議論を進めていき、よく途中でひっくり返された(笑)
言葉は魅力的な研究対象で、実は僕も修士論文でまとめた対照言語学の論文内容について、今も少しずつ進めている部分がある。だけど、一朝一夕に出来るものではない。まあ、ぼちぼちと進めていくことにしている。
土曜日に縮景園に出かけた。歩いて30分といったところか。入場料を支払うと、ベビーカーで来ていることに気付いた係の人が蛍光ペンで色が塗られている園内の案内図を一枚手渡してくれた。黄色く塗られている道は、車椅子やベビーカーでも通行が可能な通路、ピンクの蛍光ペンでなぞられている道は通行が困難なところ。通れない未知には×印もついている。地図を見ると、車椅子やベビーカーでは回れない部分が半分以上あって残念ではあったが、こういう地図を用意してくれているということにとても感心した。
市内の一般道の場合も、路上駐輪が多い個所などをあらかじめ記した地図なんか用意してあると、ベビーカーや車椅子はもちろん、体の自由が利かないときなんかは、順路をあらかじめ考えられるから便利じゃないかしらん。放置自転車の撤去や放置しないようにというアナウンスはもちろん必要だが、現実問題に対応するには、そういう地図の作成というのも必要だと思うのだが・・
今週で10月も終り。卒業論文を書いている皆さん、体調を崩さないようにがんばってくださいね。
10月26日(金曜日)
昨日、一昨日と、妻と日本語文法の話をしていた。時枝文法、橋本文法、山田文法など、高校までで習った国文法とは異なる様々な学説があって、それぞれに納得できる部分、納得できない部分があるという話で盛り上がった。まあ、「納得できない部分」として妻との間で処理された解釈も、もっと勉強してみるとすんなり納得できるものかもしれない。勉強不足なもので・・・f(^^;)。まあ、言葉というものは、なかなか説明しきれない部分もあるということ。それにもかかわらず、その言語を話している集団の間ではほとんど何の問題もなく意思疎通が出来るというのだから言葉を研究する魅力というのは尽きない。
今にして思えば、小・中・高校で習った文法の授業というのは一言で言って面白くなかった。先生の教え方がどうこういう前に、なぜそれを学ばなければならないのか、という学習の動機付けが薄弱だったからではないだろうか。これは、おそらく全ての教科目に共通していることでもあり、大学で学ぶこともこの『動機付け』というものの大切さが今一、学習者側に理解されていないような気もする。
高校進学してからは、嫌いだった科目はいうまでもなく、好きだった科目までも大学入試に向けての勉強でしかなく、理解するよりも暗記するというのが先立っていたように思う。まあ、そうはいっても丸暗記するということも大切なことで、暗記力が理解力を上回っている時期には丸暗記の訓練をするのもいいんじゃないかな。ちょっとその方面のことは詳しく知らないんだけど。
そういえば、某早期教育用教材の会社から娘のためにと教材購入の案内がきていた。どこから住所や名前が漏れたのかしらん。というのも、僕宛に届いたのであれば、懸賞好きの僕なので住所や名前が名簿業者などで売買されている可能性も否定できないんだけど、娘の名前はそういうところではデータにしていないから、娘宛にきた郵便物というのは非常に不気味である。送付元にどうやって住所や名前を手に入れたのかを問い合わせたいと考えているところだが、それはさておき、案内に同封されていたちょっとしたおもちゃに娘はくぎ付け。それがないと泣きそうな顔になるという困った状態になった。まさに相手の思う壺(笑)。
子供の言語習得の様子を観察してみたいと思ったりもしているのだが、記録を継続して取るという作業が苦手だから無理だろうなあ。
10月25日(木曜日)
古書店から本を購入すると、目録が送られてくることがある。目録を眺めていると、「これはっ」と思うものが結構あるのだが、今、どうしようかなあと考えているものは、ちと手が届かない。研究費で買えばといったところで、はなから全額投資しても購入は無理な金額なので(笑)、私費での購入しか方法がない。とはいえ、ポンと買えるような余裕はない。本を買わなくて後になってから味わう後悔というのは、今までもたびたび経験していて、目録を見てから今日までの3日間、頭の中はそれ一色。
どーしよーかなー。
卒論で相談に来る学生の中には、「先生に言われて買ったけどテーマを変えたから無駄になった」とぼやく学生もいるのだが、関心を持っているテーマなのだから、無駄にはならないと思うけどな、ともっともらしく諭したりしている。それに、その本を読んだからより関心のある新しいテーマが見つかったわけだし。ね!
戦前の国語辞典であるとか、雑誌であるとか、人が見ればゴミとしか思えないようなものであっても、必要とする人にとっては宝の山。古書目録を見て購入を決めたとしても、注文後に『既に売れました』と言われたときには非常に悔しい思いをする一方で、自分と同じ関心がある人が今も(それを今回購入した人)昔も(その本を手放した人)いるということがわかってうれしい気もする。僕が買わないとしても、その本がまとめて誰かの手元にある状態になるように祈っている。散逸したら二度と集まらないだろうから。
さてさて、卒業論文の中間発表のプログラムが発表され、学生もその準備に大騒ぎしている様子。とりあえず、配布する資料に使用する用紙の準備はできたので、いつでもどうぞ。再来週が発表の日です。少なくとも、前日までに一応準備を終えておきましょうね。
機械というのは直前になって持ち主を裏切ります(笑)。僕は博士論文を書いていて、一次審査の提出締切が1週間後に迫った時、ノートブックパソコンのACアダプターが突如壊れ、交換品を送ってもらうのに4日かかったという思い出や、最終審査のために製本して提出しなくてはならないんだけど、業者に渡さなくてはならない3日前にプリンターが突如壊れ、大学院生室の共用のプリンターを使ってみたら、こちらは印刷速度が遅い上にかすれるということが分って、急遽、今の妻の妹からプリンターを送って貰って印刷したという苦い思い出があります。なんてったって、A4で500枚近い量だから急に手書きに切り替えるわけにもいかないしねえ。
てなことで、文書ファイルの保存はハードディスクだけでなくフロッピーにも2、3枚やっておくのをお薦めします。それと、その日に出来たところまでを、とりあえずプリントアウト。いざという時には、のりとはさみで切り貼りです。文書作成中もこまめに保存。自動保存の機能があるので、最低10分おきには自動保存するようにしましょう。
締切という日に『パソコンが壊れた』と提出できない理由を言ったところで受け付けてはもらえませんよ。それは自分の都合であって、先方には何の落ち度もないからです。ということで、何事も余裕を持って対処しておきましょう。(^O^)
10月23日(火曜日)
今日の正午が卒業論文の中間報告タイトル提出期限。忘れている人はいませんか? って、最近、図書館の利用者数がぐっと増えた感じがする。就職活動が一段落し、卒業論文に専念できるようになった学生が増えたのかもしれない。僕もそうだったが、学生は先生の“利用”方法を間違っているような気がする。就職指導が上手だったり、生活の相談に親身になって考えてくれる先生も多いが、そうはいっても大学教員は研究のプロなんだから、研究のことでもっと質問したり、研究室を訪ねたりすればいいのに。
授業をもっていない僕の研究室にやってくる学生というのは、大体、書類の提出場所が分らないとか、先生方の所在がつかめないとか言う学生が多かったんだけど、最近、ちょっとした異変が起こっているような感じが。
始まりは後期が始まってすぐの頃。
単位を落としたという1年生がやってきて、どうしたらいいのかという相談にきたこと。来年度、再履修するしか方法はないんだけど、大学生活始めての成績評価で不合格が出たということのショックというのは意外と大きいんだなあと感じた。僕も結構単位は落としたほうだけど、あんまり深刻にならなかったから。かえって僕の父が心配して電話をしてきたりした(笑)。学費を負担してもらっていたので、成績はコピーして送っていたわけだ。単位を落としてあせったのは、英語の教員免許に必要な科目を落としたとき。3年生の後期に開講されていたので、4年の後期がラストチャンスなわけ。必修科目だけにあれは焦った。
他に、卒業論文のテーマについて相談に来る学生も増えてきた。大学4年の10月までいろいろな科目を履修してきて、いろんな関心を持つようになっている学生が、学生生活最後の課題に何を選ぶかというのは、やっぱり悩むところらしい。僕は、「ことば」そのものに関心があった。ただ、卒業論文で扱えるようなテーマというのを見つけるのには苦労した。面白そう、と思ったテーマの先行研究を見ると膨大な量の論文があって、それを読むうちにその論文を超えるような発想も結論も得られないと断念することが多かった。結局何を選んだかというと、「〜ずに」「〜ず」「〜ないで」「〜なくて」の違い。いわゆるテ形接続に興味があったんだけど、これはとても卒業論文でやり切れるようなものではないと判断したわけ。今思うと、選んだテーマも五十歩百歩だ(笑)。とはいえ、この卒業論文を進めているうちに、大学院での研究テーマが固まってきたというのも確か。大学院修士課程では日本語と朝鮮語の対照研究を「引用表現」を取り上げて行った。博士論文とはまた大きくテーマが異なってはいるが、実際のところ、「ことば」そのものをめぐる問題意識という根底は何ら変化していない。だから、植民地期の「国語」教育について当時の教科書をめくっていても、そこに出てくる日本語の変化に注目していて、従来の研究が何度も指摘してきているイデオロギー的な面や法制度の面にはほとんど立ち入っていない。それは、僕以外の人がやることだと思っている。とても全てを扱うことは出来ないし、不得手なところに時間をかけても、その分野の専門家のほうが短時間ではるかにすぐれた結果が出せると思うから。
話がおかしな方向に行っちゃったけど、卒業論文のテーマ、基本は自分の関心のあること。それも大学4年間の生活で、本当に面白いと感じたこと。指導教員は、これをしろ、なっていわないんだから、自分でいろいろなものを見て決めましょう。
卒業論文に取り組み始めて、論文や文献の検索方法がわからないと研究室にやってくる学生もいる。知らないことを知らないというのは別に恥ずかしいことではなくて、知らないままで卒業論文を書いてしまうよりもずっといいことだと思う。2年生でも3年生でもかまわないので、興味のある分野の本や論文が探したいけど…と思ったら、図書館の司書さんに尋ねたり、研究室を訪ねてください。
10月22日(月曜日)
古書店から、昭和18年(1943年)のアクセント辞典を購入した。蔵書印こそないが、背表紙には図書分類のシールが貼ってあって、どこか機関の蔵書だったような代物。こういう貴重な資料が図書館などで廃棄物扱いとなり市場に出回ってくるのは、古書店で資料を集めている僕のような人間にとってはうれしくもあり、悲しくもあること。本当にこの本を「いらない」と判断したのだろうか。個人の蔵書の場合、本人がいらないと思って売却したり、家族が遺品の整理をしていて不要と判断するというのは問題ないと思うのだが、この本が仮にどこかの図書館から流れてきたというのなら、少し、考えなければならない。 以前から折に触れて書いているが、資料は散逸したら二度と集まりはしない。収集家の手にまとまって動けばいいほうで、ばらばらになって行方知れずになる資料だって多いわけだ。こうして偶然に目録から見つけた資料というのは、僕の研究室の本棚には多い。
話は変わるが、大学祭が昨日で終った。昨日はあいにくの雨だったが大丈夫だったのかな? 晴れていたら子供を連れてみんなで見に来ようと思っていただけにちょっと残念。土曜日には講演会の仕事もあって出てきていたんだけどね。
アジア文化コースの3年生が中国語スピーチコンテスト広島県大会で最優秀賞を取ったという。アジア文化コースのホームページにも紹介しています。
10月18日(木曜日)
今週末は大学祭。アジア文化コースのホームページには書いたが、今年は研究室出展ということで主任の原田教授が講演を行う。多くの方に来ていただきたいもの。
狂牛病騒ぎ、都道府県によって一次検査の後公表か二次検査の後公表かという対応が分かれた。国の方針はあっちへ行ったりこっちへ行ったりで定まらない。なんというか、情けないというか寂しいというか。とりあえず、ここに都道府県の対応一覧が掲載されている。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20011018-00000185-mai-soci
国会議員の一人が、500万頭に1頭の割合でしか真性の狂牛病罹患牛はいないと声を荒げていたが、500万頭に1頭の割合でいるんじゃん。どうも各業界団体が陳情したようだ。だが、一人の消費者として考えると、「安全ですよ」という肉と、「500万分の1だから大丈夫ですよ」という肉とでは、前者を選ぶのは間違いない。かえって、牛肉の消費は落ち込むだろうなあ。ファーストフード店では「国産牛は一切使っていません」という一昔前なら考えられなかったポスターが掲げてあるし、その場しのぎではない10年後20年後を見据えた処置をしないと日本の畜産業は数年のうちに姿を消すかもしれない。
つい先ほど、韓国の友人から「たぬきうどん」はなぜ「たぬき」かという質問がきた。さっそくネットで調べてみたんだけど、関東と関西で違うらしい。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~univ/kyoyo/soron/tanuki.htm
http://www.mediawars.ne.jp/~ghost/e49.htm
に詳しい調査報告?が掲載されている。この調査報告が正しいのかどうかは、関西人の知り合いへのインタビュー調査が必要不可欠だとは思うが、インスタント食品やレストランのチェーン店の影響で、関東の食文化になっている自分の気がつく。
最近、ラジオ放送が文化に与える影響ということを調べているが、ラジオというメディアが登場して以来、近代国家成立のための道具としてラジオは利用されてきているということを如実に感じるようになった。文字媒体ではなく、音声を利用したラジオは、ほぼ同時に同じ情報を全国民が共有しうるからだ。テレビのような視覚に訴えるメディアの登場でそれは拍車をかけられているような気がする。
まあ、何にしても、情報は発信したところが中心となるということには変わりはないわけで、そういう意味では、このホームページが植民地朝鮮における「国語」教育に関しての情報発信の中心地となるように内容充実に努力していきたいと思っている。よろしくお願いします。
10月15日(月曜日)
とてもいい天気の広島。
先週末、僕の住んでいるアパートで排水管の一斉点検・洗浄作業が行われた。5年に1度やる作業なんだそうだ。30分ばかり、洗面所、浴場、台所、洗濯機排水などの各排水管を高圧水流で洗浄していただいた。するとすると、今までしていた臭いがおさまり、水の排水の勢いもけた違いによくなった。頭髪の抜けが気になる年になって(笑)、髪の毛が結構引っかかっていたのかもしれない。担当の片に話を聞いてみると、パイプ洗浄の市販の薬品はなるべく使って欲しくないとのこと。なんでも、パイプの接合部分が変形する原因となっているそうだ。とはいっても、一般の人には、それを使うしか方法がないから、やめろとはいえないんだけど、ともおっしゃっていた。
話が変わるが、僕が韓国にいた頃、日本から韓国に流れてきたアーケードゲームでダンスのステップで得点を競うものがあったが、これは家庭用ゲーム機にも取り入れられている。昨日、妻とお小遣いを出し合って中古でソフトとマットを買った。で、お互いにテレビの前で怪しげな踊りを踊っているわけだ((爆)) 下の階の人、うるさくないかしらん。こういうゲーム機、先日、知り合いとの待ち合わせ場所がゲームセンターだったもので、待っている時間、中を色々と見てまわったりしたのだが、いろんな種類のゲームが登場しているのを知った。スキー、釣り、マラカスを振ったり、ギターを弾いたりというのは前前から知っていたが、タンバリン、ドラム、和太鼓を叩くものやちゃんばらをするものまであって笑えた。パラパラなんかも家庭用ゲーム機に移植されている。ゲームセンターに入るのは、久しぶりだったので見るだけでも結構楽しめた。
正確にいうと、ショッピングセンターに併設されているゲームセンターになら最近も出入りした。プリクラで娘を交えて3人で写真をとったりしたから。いろんなフレームがあるのは楽しいんだけど、3人が頬をくっつけて画面に収まろうとするのがなかなか大変。フレームの幅が太すぎるわけ。プリクラも僕が韓国に行く直前に登場したんじゃないかな。
韓国以外の外国を知らないからなんともいえないのだが、ゲーム機の発達というか、最新技術を遊びに転用するということでは日本の会社はなかなか面白いんじゃないかな。PS2なんて、ゲーム機ではなくてコンピューターとして輸出品目に分類されるとかされたとかいうし、上にあげたゲーム機だって各種センサーのかたまりだし。
もうすぐX−Boxも発売される。どんなゲームが登場するのか。セガのゲーム機を見ても分るように、ハードがどれだけすばらしいものであってもソフトに魅力がなければ廃れていってしまう。これは研究でも大学でも、企業でも家庭でも同じだろう。時代に合わせたサービスを提供するのはそれほど難しいことではないが、時代を先取りした、時代を切り開くようなサービスが提供できなければNo1にはなれない。なったところでその後の努力がないとすぐに廃れてしまうというのが、現在の状況で消費者の心理だ。プリクラを開発した企業も、そのあと大変なことになったというし、ね。
僕のやっている研究も、「独創性にとんだ」ものとしての評価を受けるためには、まだまだいろんなことを勉強してテーマを探していかなくては。その点、いろんな大学にいて、いろんな先生と出会えて、それで進学するたびにテーマを少しずつ変えていったことが役に立っているかも。
10月12日(金曜日)
野依名古屋大学教授のノーベル化学賞受賞のニュースと、教授の研究内容、受賞理由などを新聞で読んでいて本当にすばらしい研究だと感嘆することしきり。サリドマイドもこの研究によって無害化されるというし、今後様々な医薬品の副作用がなくなっていく可能性もある。中学3年生の時に数学が分らなくなり始めてそれ以来、理科系科目を苦手としている僕でさえ、野依教授のような方の研究について講義を聴いてみたいと思う。いや、実際の話、こうして大学で働いていて思うのは、先生方の講義に忍び込んで受講してみたいということ。以前、語学の授業にもぐろうと考え(笑)、テキストまで買ってワクワクしていたことがあったが、なぜか、その授業の時間に限って研究室を離れられない用務が入ったり、どこかに出かけなければならなくなったりで沙汰止みになってしまっている。ちょっと残念。
朝日新聞の天声人語に野依教授の言葉として「大きな発見はほとんど偶然からだ」という言葉が紹介してある。僕も、これは実感として納得できる。博士論文を書いた時もその中心となることは、東京に出かけて資料を見ていたときに目にした1篇の研究論文だった。あの時、東京に出かけなかったら、おそらく博士論文は書けなかっただろう。今、進めている研究も、最初は趣味のような形で集めていた資料を見ていて、ある日突然はっと気がついたことからスタートしている。これが実を結ぶかどうかは別問題だけどね。
今年度は海外での調査は難しいなあとちょっと気がふさいでいたんだけど、偶然(これも偶然)、ホームページを閲覧している時に探していた資料がなんと広島県立図書館にあることがわかって、水曜日に見に行った。5時間程度では見られる範囲も限られているが、いい手ごたえ。全部を見るのにはおそらく付きっ切りでも1ヶ月はかかるだろうから、気長に付き合うことにした。広島県立図書館の資料は、まだ外部からネット上で検索できないので、ネットサーフィン中にその資料を利用したことのある人の作った記録を見つけなかったなら、県立図書館に調査にはこの段階では行かなかっただろう。おかげで、海外での調査は難しいとふさいでいた僕も、ここにいて調査できるものが山とあることがわかり、ちょっと幸せな気分。
卒業論文の中間発表会まで1ヶ月を切り、報告タイトルの提出まで10日となったが、最近4年生がよく研究室にやってくる。卒業論文のテーマについて相談・・・いや、相談なんて感じじゃないな、愚痴を吐き出しに来る。オフィスアワーを決めてはいるけど、しゃべるだけしゃべったらすっきりするということだったら、いつでも来てくださいな。お茶や茶菓子はありません。念のため。
10月10日(水曜日)
日本手話研究所というところから『手話コミュニケーション研究』という所報が発行されている。先日、研究所の方から植民地時代の朝鮮における「ろう」研究に関して、資料の問い合わせをいただき、何度かメールのやり取りをしたのだが、その折、1999年9月号が「韓国のろう者と手話」特集であることを教えていただき、お願いして分けていただいた。恥ずかしいことだが、植民地朝鮮に関してこの側面からの研究がこんなに進められているとは知らなかった。勉強するいい機会をいただいたと思う。
ホームページを開設してうれしいのは、こういった形でいろいろな人から問い合わせをいただくこと。他大学の学生さんや院生さん、図書館の方からの問い合わせもいただいている。悲しいのは、十分に対応できるほど勉強してないということかな。涼しくなって、研究室の窓からは気持ちのよい風が吹き込んでくる。今日は水曜日だから、午後からは資料調査に出かける予定。いい成果が出ますように。
10月9日(火曜日)
連休も終って、次の連休はいつかなあとカレンダーを見ながら更新作業をしています(笑)。次は11月23、24、25日ですね。
日曜日は、家族にとってちょっとした記念日で、外へ食事に出かけた。前にも書いたが、子供がいるから外出できないというのはとてもいやなので、ベビーカーで入ってもいいですか、とか、7ヶ月の子供がいるんですけどいいですか、と問い合わせてから出かけるようにしている。お店のほうも、「大丈夫ですよ」と答えてくれれば、たいていの場合、ベビーカーを入れるスペースのあるちょっと広めのスペースを確保して席を用意していてくれる。入り口の脇であっても、化粧室の脇であっても、それはまったく問題ない。お店の方の配慮に感謝している。
まあ、問題といえば、エレベーターがあると信じて出かけたのにエレベーターがなかったりとか、静かな場所を確保してくださったのはいいけど、2階席だったとか、そんなことかな。
でもでも、子供が生まれてから外出が出来なくなるなんてのはおかしい。もちろん、子供の具合が悪いとか、子供が嫌がるとか言うのなら別。僕が言うのは、「子供連れなのに…」という有形無形の外圧のこと。
そうはいっても、マナーはマナー。子供がぐずり始めたら、迷惑をかける前に外へつれて出るかどうかしないと。赤ん坊は話して聞かせてもわからないから、連れて出るのが億劫になることはあるし、確かに、外に出てなき始めてからの苦労を思えば端から外出をしないようにと考えるのも仕方ないだろう。閉口するのは、話して聞かせれば分るような小学生くらいの子供が店内を走り回ること。「子供だから」と放っておくのが、「子供がいるのならお断り」というお店を増やしていく原因になってるんじゃないのかしらん。と、思ったりする。
仲のいい友人が、来月から韓国に行く。韓国での生活は、4年ぶりになるのかな。今、下見というか、職場の面接というか、そのために韓国に行っているのだけれど、僕が大学院を修了してから年に数回しか会えない状況だったから、ますます会いにくくなると思ってちょっと寂しい。メールやチャットで離れてはいても気軽に連絡が取れるようになってはいても、やっぱりね。元気に過ごして欲しいな。
全然話が変わるけど、靴がだいぶくたびれてきて、修理に出そうかなあ、新しいのを買おうかなあと思案中。
韓国で暮らしていた時には気軽に修理に出していたんだけど、日本に帰ってからは修理に出すということがほとんどない。冗談だと思われるかもしれないが、修理に出したいなあと思う靴をはいて韓国に出かけ、街角の修繕屋さんに入って修繕してもらうこともよくある。だって、安いし、職人技がすぐそばで見られるし。日本で一度靴を修理に出したときに、確かに希望した個所は修繕されてはいたものの、全体的に形が崩れてしまっていたことがあった。あの靴はそれ以来あまり履いていない。修繕して使えるのなら修繕して使いたいよね。自分が買う時に一生懸命考えて、一番気に入ったものを買ったんだから。というのは、秋冬に向けて、昨日、コートを押入れから引っ張り出してきたんだけど、このコートも大学1年のときに買って、以来、3回も修繕を経て使っている愛用品なもので。
10月5日(金曜日)
アジア文化コースのホームページにアップしたが、本学の大谷森繁教授が『しにか』、『韓国文化』、『世界の文学』に次々と原稿を寄せられた。毎日、学内でお目にかかっているが、研究に取り組まれている真摯な姿勢には頭が下がる。一字一句を大切に何度も何度も推敲を重ねていらっしゃることは、研究室でお茶をいただいたり、ご自身大好物とおっしゃる「はったいこ」などをいただいたりする折に目にし、自分もあのようにありたいと思うことしきり。
さて、新学期が始まって成績表をはじめて手にした1年生なんかは、キャンパスのあちらこちらで悲喜こもごもといった様子。僕の研究室にやってきて、単位を落としたけどどうしようという学生もいて、来年取るしかないじゃんと慰めにも何にもならないことを言ったりしている(笑)
僕も学部時代には単位を落としてたからなあ。確か、教養科目の一般地学という授業を落とした。それと、英語科教育なんとかという科目。後者のほうは、3年生の前期の科目で、落としたら4年生の前期というのが最後のチャンスとなっていたから必死だった。そういう話をしているともう10年以上も前のことなんだけど、懐かしく思い出されてくる。
体育の日が10月10日ではなくなって、今年は10月8日。3連休になる。確かに、連休になればどこかに出かけようかという気持ちになるから、ある程度の経済効果というのはあるのかもしれない。大学が始まって1週間過ぎたところの連休というのは、ちょっとした息抜きになっていいね。
10月2日(火曜日)
インターネットを利用したショッピング、我が家ではかなり頻繁に行っている。自動車保険もインターネットを通じて契約したし、この前の宮島旅行の祭のホテル予約もそう。記念日に花束を贈るときもインターネットを通じて注文したし、本を買うのもインターネットを通じて購入することが多い。書店経由で買うと、なかった場合2週間近く待たなければならないからだ。2週間待って送料を浮かすか、送料を払っても翌日手に入れるかという選択。研究費で購入する時には、インターネットを通じての購入は出来ないので、本を発注してから2週間から1ヶ月待つことになる。これにはちょっと参るのだが。まあ、それはさておき、我が家でのインターネットショッピングは、もともと僕も妻も行っていたのだが、子供が生まれてから頻繁に利用するようになった。それも子供に関わるものに関してである。
うちの娘は、哺乳瓶からミルクを飲むのが下手で、いつも空気を大量に飲み込み、げっぷをさせないととんでもないことになって困っていた。哺乳瓶の乳首の部分をいろいろなメーカーのものに変えてみて(4社のもの)、大きさを変えてみてと工夫していたのだがどうもよくない。そんな時、妻がインターネット上で空気をあまり飲まないという売り文句の哺乳瓶を見つけた。外国製のもので近くの店では見たこともない形と構造。これをネット上で購入することにした。届いて使ってみると、これがとてもいい。最近、娘はこの哺乳瓶を愛用している。
哺乳瓶といえば、先日の旅行の時には携帯用パックを利用する哺乳瓶を利用した。帰省したりするのであれば、お湯を使ってビンを洗ってということもそれほど神経を使わないのだが、ホテルや旅館に泊まるときには、哺乳瓶を洗ったり消毒したりする道具のことで頭が痛い。で、それに対処するために、インターネットで携帯用哺乳瓶を探したら、これも外国製のものが見つかって購入した。こちらはいまいち娘のお気に召さなかったよう。今回は1泊2日の旅行だったので、『お気に召さなかったよう』で済んだが、長めの旅行になるようなら、ちょっと考えなくてはいけないだろう。
こういうのが面倒だとか、大変だとかいうことで外出の機会が減るというのはちょっとさびしい感じがする。せっかくいい季節になったのにね。いろいろ工夫してみたいもの。
子供を連れて出かけるということを考えると、特に、車を持っていないで公共交通機関だけを利用すると思うと、出かけるのは非常に億劫になってくる。今回の宮島旅行は、路面電車を利用したが、路面電車の低床車両を2本やり過ごして待っていたのだがこなくて、結局ベビーカーを抱えて乗り込むという騒ぎになった。バスの時刻表には低床車両のバスには○がつけてあって分りやすいのだが、路面のほうは時刻表が電停にないから待ちようがないわけ。JRならホームと列車の間に段差がないということも考えたんだけど、あっちは陸橋を通っていかなければならないでしょ。エスカレーターを利用するにも、ベビーカーは無理だし、そのために駅の人に声をかけてエレベーターを動かしてもらうというのもね。
ベビーカーで動き始めて分るのは、車椅子を利用する人の不自由さ。上に書いた移動手段なんてそのまんま当てはまる。宮島観光で思ったのは、宮島口駅前の地下道に設置されているエレベーターのありがたさと、宮島の中の移動の不便さ。階段にはスロープがついているんだけど、階段の一番端に直角に曲がったスロープで、ベビーカーでさえ曲がるのが厄介だから、車椅子なんて、それも一人出来ている人にとっては通れないというのと同じじゃないのかな。
というようなことは、以前も書いたっけ?
体の不自由な人、お年寄り、子供に利用しやすいものは、みんなが利用しやすいものになるんだけどな。
10月1日(月曜日)
「モーニング娘。」に新メンバーが加わったというのはちょっと古い話になるが、選ばれた時に「夢がかなってうれしい」というようなことを言っていた。確かにオーディションを経て芸能界入りするなんていうのは大変なことなんだろうなあと思いつつも、13歳だっけ、14歳だっけ、まあそのくらいの年齢で「夢がかなう」というのもうらやましい。とはいえ、目標をクリアしたあとの気持ちの持ち方というか、体制の建て直しというか、次の目標を作ることというか、そんなことが意外に難しい。昨日のマラソンで世界新記録を出した高橋尚子さんは、オリンピックと世界記録の二つが目標だったということで、オリンピックの終わった後も練習を積み重ねてきたという。目標を持ってそれに向かって努力するというのは、なかなか出来ない。まあ、僕の場合、体重を減らそうというところからして挫折の繰り返しだからよく分るけど。
さて、今日から後期の授業が始まる。学期中よりも夏休みのほうが疲れが溜まっていたりして。そういう僕も、夏休みの疲れが秋とともにやってきたという感じで、家族みんなが風邪を引いているという状況。
9月末に、古書店から昭和2年に発行された『四季の料理』という本を購入した。NHKで毎朝放送していた料理番組のレシピを集めたものだ。大正15年から昭和2年にかけて、約300種の料理が掲載されている。開いてみて驚いたのは、その料理のレパートリーの豊かさ。戦前というと、貧しい食生活を想像していた僕はかなり驚いた。確かに、大正時代というのは、ハイカラな時代であったので食生活にも大きな変化があったのだろう。とはいっても、このメニューは一体・・・ということで、メニューだけは、ホームページ上に公開しています。ご覧になってください。こちらをクリック。
そういえば、国語の教科書に出てくる犬の名前なんかも大正時代だけ妙にハイカラな名前になっていたのを思い出した。昭和10年代、20年代に少年期を過ごした人たちは、それ以前の世代ともそれ以後の世代とも食に対する意識が違うんじゃないだろうか。昭和10年代、戦中、戦後の復興期にかけての食生活は『特別』なものとして扱う必要があるのではないだろうか。これは、僕が朝鮮の国語教育について教科書を見ていても感じることだ。朝鮮の国語教育はいわゆる皇民化教育の道具として利用されていたという分析が多いが、その傾向が強いのはやはり昭和に入ってからであって、それまでの教科書は思想を教育するというよりも言語を教育するという面が強かったようだ。
「朝鮮を植民地にした」というスタートが今の視点で言えば間違っていたのだから、朝鮮での政策が否定的な言葉で語られるのは仕方がないだろう。
何がいいたいかというと、「戦前は」とか「昔は」とかいう言葉である時期をくくってしまうことの危うさ。
それも、何かの分野で利用されている時期区分は、他の分野に当てはめてうまくいくようなことでもないし。今、戦前の新聞を一日ずつ読んでいる作業をしているが、記事や広告に見られる人々の生活の息吹というのは、研究書を読むだけでは到底感じられないもの。
今回手に入れた料理の本を見て、自分の祖父母の世代がどんな食生活をしていたのかがちょっとだけ想像できた。
研究室に置いてある本、ホームページで紹介して興味を持った方は、研究室までおいでいただければお見せいたします。ただし、私物ですので貸し出しはお断りしています。おいでいただき、学内のコピーでコピーを取っていただくのは一向に構いません。
9月27日(木曜日)
戦前の朝鮮で発行された新聞『毎日申報』をルーペ片手に見ているというのは、昨日も書いたが、読んでいるといろいろと面白いことに出くわす。1941年にはいると、選挙の立候補広報などには顔写真と名前が出ているのだが、名前のすぐ横に括弧付で「旧名 ○○○」と書かれている。創氏改名が進められていた時期なわけだ。選挙のように名前が重要な時などは、確かに創氏改名後の名前だけでなく、それ以前の名前も書いておかなければならなかったのだろう。僕の妻が論文を発表したりする時に、結婚前の姓を使わなければ、以前の業績と別人のものだと思われてしまうという不利益をこうむるのと同じだ。興味深いのは、姓名判断をしたり命名を取り扱う会社・団体があって、そこが積極的に「創氏改名」を利用使しようとしていることだ。僕の取り扱っていることからずれるので追究する予定はないが、日本のそういう会社・団体の歴史をたどってみると、この時期の朝鮮総督府の政策とのかかわりが意外に見えてくるかもしれない。
卒業論文を抱えている4年生は就職活動も抱えていて、じっくりと卒業論文に取り組む時間が採りにくいようだ。インターネットを利用して、資料集めは以前よりずっと簡単になったかもしれないが、問題意識を持って資料を読んでいくという作業がどれだけできるのか、ちょっと心配。腰を据えて自分の関心を持っているものをとことんまで追いかけることが出来るのは今しかないといってもいいのに。
1週間やそこらでできると思っているのなら、ちょっと考えてみよう。卒業論文は、自分が大学生活4年間で関心を持ち、疑問を解決しようと取り組む最後の課題。自分の大学生活4年間が1週間やそこらでまとめられるうすっぺらいものなのかということを。
ということで、卒業論文の中間発表は11月6日(火曜日)です。念のためにいうと、卒業論文提出は、来年の1月21日から23日の間、午前9時から午後5時の間に必要書類に記入の上本人が直接事務局教務課に提出することになっています。代理人による提出、郵送による提出は認められていません。また、締切日以降は一切受理しないことになっています。もひとつ付け加えますが、口頭試問は来年の2月18日と2月19日に行われます。口頭試問も卒業論文の一環で、必ず受けなければなりません。
この時期、海外旅行のチケットが安いから、と旅行の予定を入れたりしないように(笑)!
卒業論文に関わるこれらの情報は、4月のガイダンス時に配布した学習便覧Tの6ページに出ています。「知らなかった」のではなくて、「読んでなかった」というのでは、僕のところに相談に来てもどーしよーもないですよ。
9月26日(水曜日)
戦前の朝鮮で発行された新聞『毎日申報』をルーペ片手に見ている毎日だが、活字がつぶれていたり、印刷がかすんでいたりで目が非常に疲れる。目薬は必需品だ。本学には幸い影印本が入っているので、研究室に持ち込んでゆっくりと調べることが可能だ。調査に出かけての作業だったら、今進めている調査は無理だっただろう。今年の夏休みは、去年よりは研究する時間が作れたと思う。
「研究する時間を作る」というのは、よく考えてみると大学教員が口にするのは異常な状態だ。だって、研究するのが仕事なんだから、『研究する時間を作る』というのは、『仕事をする時間を作る』というのと同じで、何のために研究室にいるのだかわけがわかんなくなる。僕は高校時代から奨学金を借りていて、大学・大学院時代は授業料免除を受けていた。学生はそれこそ「勉強するのが仕事」のはずなのだが、そのための奨学金も、授業料免除も膨大な書類作成が必要である。その書類を作成したところで、奨学金を借りることが出来るとは限らず、授業料が免除されるとも限らない。同じように、大学院時代の各種助成金申請もそうである。経済的に苦しい学生は、アルバイトをしたり奨学金や助成金を得るための書類作成に奔走するわけで、僕も、僕の周りにいた友人たちも大変な思いをしていた。
そういう僕も、学部時代には家庭教師を3件、修士課程に入る前に浪人した時期には家庭教師を1件と電器量販店の店員をしていたし、修士課程時代には家庭教師を5件、博士課程時代には家庭教師を2件していた。あと、臨時に見本市の展示会場設営とか、交通量調査、宅配便配達の補助なんかもしていた。今思うと、あれだけ時間をよく割けていたなあ。稼いだお金は飲み食いに消える部分も多かったんだけど(笑)。
もうすぐ夏休みも終わり。来週からは後期が始まる。授業が始まったら、授業を担当していないとはいえ、いろいろと仕事が増えてくる。何とか今週中に論文を仕上げなくては。
9月25日(火曜日)
祝い事があって、子供を連れ宮島へ1泊2日の旅行に出かけた。この時期、修学旅行などと重なる可能性が高いので、なるべく小さな旅館を探して泊まることにした。行ってみると、客は僕たちのグループだけ。大浴場も家族風呂として使わせていただけた。話を聞いてみると、例のテロ事件が発生したため、同時期に宿泊する予定だったアメリカ人やフランス人がキャンセルをしてきたとのこと。
朝は想像以上に乾燥するし、冷え始めるしで、旅館では暖房を入れることになり、我が家では昨日から加湿器を使い始めた。子供がいる分、気になることが多い。冬の暖房はどうするかというのが目下の課題。灯油ストーブはあるのだが、ちょうど子供が動き始める頃と重なるので、周りに柵でも置いて使おうかと考えてもいる。
狂牛病の騒ぎ、農林水産省の認識の甘さが出ている。昨日の報道を見ていると、乾燥させた病気の牛の脳0.1グラムを食べたら子牛は発病するという。この骨肉粉を牛に食べさせるのは禁止したが鶏や豚には食べさせてもいいという。飼料業者は牛用飼料の業者と他の動物用飼料の業者、重なってないの? 運ぶトラックとか、混ぜる道具とか、同じ物を使ってないの? 牛用飼料を作ったあとの機械は、分解して洗浄しているの? と多くの疑問が湧いてくる。農林水産省の発表を聞いていると、上の疑問に関しては「重なっていない」「使っていない」「洗浄している」と考えているみたい。
何が恐いって、僕は自分が料理をする時にブイヨンを結構使うんだけど、これにだって牛肉が使ってある。プリオンなんてたんぱく質なんだから除去のしようがないんじゃないかしらん。ポテトチップのコンソメ風味だってどうなってるか考えてみると恐い。インスタントラーメンなんかも。「よくない」とわかっていても便利さを優先して食べるというのは、その人の選択だと思うが「安全だ」といわれていてそれを選択して食べて発病するなんてのは勘弁して欲しい。すでに西欧諸国はもちろん、日本でも研究者は危ないと警鐘を鳴らしているのだから、これから10年後20年後に発病した人たちが裁判を起こしたら国は確実に負けると思う。「危険性があるとは思わなかった」とはいえないでしょう、まず。その時に裁判で争ったり、賠償したりする費用があるのなら、今、飼料業者に補償をして家畜の飼料の原材料を変えるという方法をとったほうが、より多くの人が幸せになると思うんだけどなぁ。
9月19日(水曜日)
事情があって、明日から年休を取るので次の更新は連休明けの25日(火曜日)になります。m(._.)m
9月18日(火曜日)
昨日、大学院時代の後輩が家に遊びに来てくれた。妻と子供と一緒に夕飯を食べた。彼女は1年、妻は3年、そして僕は2年の韓国での生活経験があって、後輩の彼女は近々、韓国に研究員として赴く予定があることから、子供の話が一区切りついた後では自然と韓国の話になった。僕は僅か2年ではあるが、韓国で暮らしたことで自分が外国人になるという経験をし、日本の残した様々なものを目にしてきた。韓国に行く前と帰ってからとだと、帰ってからのほうが韓国に対する好意は増した。結構、生活があっていたのかもしれない。結婚して子供が生まれると、海外での生活をするのに考えなければならないことが非常に増えてくる。やっぱり独身のうちに海外での生活は経験しておくほうがいい。特に、初めての海外生活は。
そんなことを思った。
9月17日(月曜日)
狂牛病が発生したということで、千葉県産の牛肉だけでなく、牛乳、果ては鶏肉、豚肉まで忌避され始めたという。風評被害というのは畜産農家の方々にとって対処のしようのない大きな問題だろう。今回の狂牛病報道の中で見えてきたのは、日本も発生危険地域であると国際的に指摘されていたにもかかわらず、畜産農家に対する「配慮」から厳密な検査をすることなく「安全だ」といってきた政府側の責任の大きさである。しかも、発病した牛の処分についても、「(焼却処分だというのは)早とちりだった」というお粗末極まりない対応で、実際はえさに加工されていたというのだから性質が悪すぎる。いろいろなところで組織が機能しなくなっていたり、組織の中の人間が責任を持って働けなくなってきているのかな。
とはいっても、一概に個々人に責任を転嫁するわけには行かないだろう。不況ということで人員整理が続いている今、残った人々のこなす仕事量は以前の何倍にもなっていて、とても以前どおりの働きが出来る状態ではないからだ。鉄道の事故についても、休暇をろくに取れていなかったという運転士の過労・過密スケジュールが指摘されたが、結局は運転士の人員を減らしながら運行本数を減らさなかったという企業と利用者優先の経営が事故を引き起こしたと考えるのが妥当だろう。
父の職場でも、人員を3分の1にしたという。仕事の量は当初変わることがなかった。はじめはみんなががんばって決められただけの事をしていたら、会社の上層部は「減らしても大丈夫」という判断で、以来、職場は殺気立った状態だという。そのうち、けが人が出るだろうというのは、父や職場の同僚の方だけでなく、傍で聞いている僕でも考えられること。
いざという時に2人分の仕事をこなす、3人分の仕事をこなすということは出来ても、それを恒常的に続けるというのは無理だ。それを当然のように考えている組織は早晩破綻するだろう。今回破綻したマイカルは、中途退職者募集で中堅層が一斉にやめてしまい、売り場が混乱したというのも破綻の理由であると報道されていた。自宅側のマイカルは、バリアフリーの行き届いていた店舗でベビーカーで出かけても何の心配もないいいお店だ。お店の雰囲気もよく、天気のいい日は散歩がてら家族みんなでよく出かけていた。で、これからどうなるのかがちょっと心配。
9月14日(金曜日)
本学の大学院国際文化研究科修士課程で学ぶアジア文化の院生はM1,M2を合わせて9名。そのうち、変な言い方だがフルタイムの大学院生は2名。他の院生はみなさん、仕事を持っていらっしゃる方ということで、日中の大学院生室はひっそりしている。本学では社会人受け入れということで、大学院の授業は午後と夜間に行われる。午後と夜間に開講される科目は、それぞれ1年ごとに入れ替えられる。つまり、夜間しか大学に来ることが出来ない大学院生でも2年間で講義が一通り聞けるようにということだ。ちょっときついのは集中講義。なるべく短期間にまとめて授業をしていただくように配慮はしているのだが、そうはいっても平日に4日も仕事を休んで参加できる方は少ない。アジア文化コースで準備している集中講義、コースのホームページを見ていただいても分るように、日本国内だけでなく海外からも先生をお招きしている。他大学からも聴講ということで参加する院生もいる。後期の集中講義の日程を調整しているということもあって、なるべく多くの院生に参加してもらえるようにしたいと考えているところ。
さて、アメリカのテロ発生からずっと自宅では報道番組を見ているため、ちょっと寝不足ぎみ。Yahooの掲示板なんかも、リアルタイムで書き込みが増えていることから、関心の高さがうかがえる。とはいっても、Yahooの書き込み、玉石混交というか、マナーが悪いというか、ちょっと非難中傷がテロそのものに大してではなく、掲示板に投稿している発言者に対して行われ、ひどい状態になっているから、もうすぐ削除されるかもしれない。
さて、今週は集中講義や院生室への物品搬入などで忙しく過ごしたが、来週は週半ばから事情があって年休を取る。どうでもいいけど、僕の父の職場では部下が年休を消化出来なかった場合、上司の査定に響くという話。とりあえず、父も「長」のつく仕事をしているので、若い皆さんに年休を取るように口をすっぱくしていっているという。父の若い頃は、年休を消化するなんてことは考えられなかったとかで、父と同じ世代の人は「取ってくれ」といっても「休んだってすることはないから」といって出勤してくるとか。しかし、考えてみれば、僕も小学校から高校を卒業するまで、担任の先生が休みということはほとんどといって経験していない。・・・夏休みとか冬休みに取ってたのかしらん。まあ、いいけど。
9月13日(木曜日)
今日で娘は7ヶ月になる。生まれて1ヶ月近く入院していたことを考えると、退院後は病気一つせずに過ごしてくれて、とてもうれしい。最近、知恵がつき始めたせいか、離乳食を食べさせていると器の中のものを手でいじり倒すのでちょっと大変。
一昨日、アメリカで発生したテロ、何度見ても身の毛がよだつというよりも、憤りを覚える。早急に犯人を突き止めて欲しいと思う一方で、マスコミによる報道が先走ることによって、関係のない人たちが危険にさらされることのないようにしてもらいたいと祈っている。すでにアメリカでは、イスラム教徒への暴行事件が多発している。そんなことしたってどうしようもないのに。
行方不明の方々の一日も早い救出を祈るとともに、犠牲者のご冥福をお祈りします。
9月10日(月曜日)
台風が近づいている。台風で思い出すのは、瀬戸内海地方と太平洋岸と、日本海側とで「台風が来る」ということに対する受け止め方が違うこと。
僕が18歳まで過ごした山口県防府市では、台風が上陸したこともあったが(中学2年のときだったか、台風の目の中というのを経験した)、台風が近づいてくるというとどの家でも屋根の修理をしたり、雨戸の確認をしたりと結構大騒ぎだった。大学時代に愛知県で過ごした5年も、台風といえばちょっとした騒ぎになった。伊勢湾台風なんて東海地方のことだしねえ。一人暮らしを初めて最初の夏に台風がやってきた時など、懐中電灯を買ってきたりして部屋に逼塞していた。アルバイトの家庭教師も「台風が来るので」と先方から中止のお電話をいただいたりした。しかし、富山で暮らしていた時に、「台風」というのはそれほどの大きな問題になることではないということを知った。実際、日本海側に抜けてくる時なんて、もう勢力は落ちているわけだから、「台風が来るから」という理由で外出を控えるということをちょっと違和感をもって受け止められたことがあった。
まあ、いろいろな地方で暮らしてみると、考えもしなかったことが、実体験として目の前に現れるから面白い。
以前にも書いたかもしれないが、「蛍の光、窓の雪」なんてのも、富山で暮らさなかったらわからなかっただろうなあ。雪が積もった日の夜は、とても明るくて、本当に本が読めるよう。「蛍の光」で読めるんなら十分読めるだろうな。富山で暮らすまでは、雪の光で本を読むなんてどういうことかわからなかったけど、今では実体験として理解できている。
話が変わるが、先週末、久々に報道番組に対して不快な気持ちになった。一連の外務省の問題で、逮捕された56歳の課長補佐に関する報道の中で、故郷の母親にインタビューするという場面があったのだが、あまりにも痛々しかった。僕は20歳を過ぎれば、本人の責任という考えなので、親にインタビューをしに行くという発想が理解できないだけでなく、許容できる内容ではなかった。20歳そこそこの若者というわけでもない、56歳の人間の犯した犯罪にかんして親を責めるのは筋違いだと思うし、責めていないにしろ、自分の子供が犯罪者であるということを突きつけに出かけていってなんになるんだ、一体。
えっと、今日は本学の大学院の秋季入学試験日。自分が大学院を受けた時と随分感じが違う。現勤務先と違う大学院だったからかもしれないが・・・でも、僕は成績がよくなかったし、研究計画を検討してもらう前の外国語の試験でよく足切りを受けてたようで、修士課程に入るときには一年浪人した挙句(一年目は、4戦全敗)、2年目にようやく合格して(5戦1勝)、博士課程に入るときにも唯一合格したところ(5戦1勝1不戦敗)に進学したわけで、大学院入試の経験だけは豊富だ。威張れることじゃないけど(笑)。あの時、別の大学院に進学していたら違う人生だったんだろうなあとか思ったりもするけど、まあ、結局は「万事塞翁が馬」といったところかな。
9月7日(金曜日)
久しぶりの更新だ。9月に入ってから、集中講義や後期の授業、来年度の授業にかかる事務仕事に追われ、ようやく今、更新する時間が取れた。ちょっとキーボードのたたきすぎで、今日は指がうまく動かない(笑)。大量の文書を入力する作業はやっぱり疲れる。昨日は一気にA4で20枚近い原稿を入力することを依頼され、それが終わった時には腕も肩も目も悲惨な状態。ということで、今日はほとんど入力作業はやっていない。明日あたり、マッサージを受けに行こうかしら。スキャナーを利用すれば早いんだけど、ソフトウェアに難があって、直接入力したほうが速いというのが笑えないところではある。
さっき、朝鮮日報や中央日報を見て驚いた。僕の住んでいた大邱市をはじめとして、慶尚北道でコレラが流行っているという。僕が住んでいた頃は、マラリアや結核が流行っていたのだが、今はコレラ。もっとも、マラリアにしろ結核にしろ、日本であっても実際にその症状を知っている医師が減ったために患者数は年々増えているというから、対岸の火事、なんて状態ではないだろう。飛行機で1時間ほどの距離にある国で流行っている病気は、発症する前に日本に持ち込まれることも多いだろうから、気をつけるに越したことはない。生物には特に注意しましょうね。
昨日、我が家では妻が餃子を作ってくれた。餃子は大の好物で、休日に作るのであれば、一緒に包む作業をして楽しんでいる。不器用なので、焼きあがった時に誰が包んだものかが一目瞭然となるのがちょっと悔しいけど。
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