助手さんのひとりごと

6月30日までのものは、こちらに移しました。

8月30日(木曜日)

 しばらくホームページの更新作業から遠ざかってしまった。今日からまたまじめに更新していこうと思う。
 さて、昨日まで東京に出張していた。出張といっても史料の調査が主目的だったので、いい史料と出会えれば成功、出会えなければ失敗ということで、そういう意味から言えば今回の出張は成功のほうに入るのかな。古書店街は初日と最終日に脚をぼうにして回ったのだが収穫はゼロ。これは悔しい。詳細は書かないが、自分が探している資料がどういう分類になるのかさえ曖昧で、「○○専門」と書いてある古書店を見ても、ここに自分が探している資料があるのかどうか見当がつかない。ということで、一軒一軒まわった。もちろん、事前に目録を送っていただいていたり、ネットで検索していたりしていたのだが、やっぱり実際に行ってみないと。

 実際にいってみて、初めてわかることって結構多いでしょ? やっぱり。

 さて、いよいよ小中高校では夏休みが終わり。僕は8月31日の夜、始業式の日に持っていく宿題を袋に詰めていて、絵を描き忘れていたことに気づき、それから大慌てで適当なものを書いた記憶が。なんか、最近は夏休みの宿題が減ってきているという話もあるし、そんなことになる人はいないんだろうなあ。

 あ、そうそう。一般の方には関係ないことだと思いますが、集中講義「アジア地域概論U」のレポートの締切、明日ですよ。まだほとんど提出されていないので、すごくすごく心配しています。ここを見て、不安になったあなた、確認してみましょう。
 

8月20日(月曜日)

 夏休みも終わって、今日からまた仕事。夏休みの間は、子供を連れて田舎に行ったというほかは、家の中で京極夏彦のミステリを読んだり、ゲームをしたり、来週出かける東京での作業の打ち合わせを先方としたりで過ごした。
 昨日は僕のリクエストで妻と二人、餃子を作った。作ったといっても、僕が手伝ったのは皮で包むところだけだが。韓国で餃子を注文する時には、「マンドゥ」といわなければ通じない。焼き餃子は「クンマンドゥ」、蒸し餃子は「チンマンドゥ」、水餃子は「ムルマンドゥ」だ。ところが、これは僕が暮らしていた大邱に限ったことなのか、蒸し餃子だけは「チンギョース」という単語が通用していた。プンシク(粉食)屋さん(小麦粉を使った料理がベースになっている食堂)の
配達用メニューにも、蒸し餃子だけ「ギョース」という単語がある。どうしてこの単語だけなのか、語彙史を手繰っていけば面白いものが出てくるかもしれない。

 さて、来週の月曜日から水曜日にかけて2泊3日で東京へ調査に出かける。訪問先の方とメールのやり取りをしてこちらから持っていくものなどの準備を今日から始めている。休み明けで頭がまだよく動かないので、抜けが多そうだけど。

8月9日(木曜日)

 8月の集中講義は、今日で終わり。次回は、9月3日から始まる集中講義である。教員も出張や調査でこの週末からしばらく顔を合わせない方が出てくる。そういう僕も、明日から夏期休暇。なので、ホームページの更新も、次回は8月20日になる予定。

 昨日、韓国の食事のことを書いたら、「大勢で行ったら何を食べますか」というメールをいただいた。そこで、僕のお薦めの韓国料理、「大勢篇」をお送りしたい。
 最近、スーパーに行くと「タッカルビ」が売られていることがあるが、韓国のタッカルビはそれにくらべてはるかにうまい。ただ、かなり辛いので内臓が弱い人は旅行中ずっと苦しめられる可能性があるので、初日に食べることはお薦めしない。僕も1週間以上滞在する時には食べるものに入れるが、短期間だと外しがちの料理。

 辛くないものとしては、「サンパプ」がおいしい。蒸した葉野菜にご飯や味噌を包んで食べるものだが、味噌や野菜の組み合わせがいい味を出してくれる。これは日本でも僕が食事当番の時によく作って家族で食べている。もちろん、キムチを包んでもおいしい。韓国が初めてという人や辛いものに疲れたというときには、いいんじゃないかな。ただ、普通の食堂に行ってもメニューにない時がありますから、ガイドブックなどで確認してくださいね。

 定番の焼肉だが、僕は豚肉のほうが好き。お薦めできるのは「デジモクサル」。日本でいうと豚の肩ロースになるのかな。岩塩を溶かし混ぜたごま油につけて食べるのだが、実にうまい。カルビも豚のほうがいい味が出ると思う。

 まあ、大勢で食べるんならどんなものでもおいしくなるからね。ただ、焼肉を食べる時、「プルコギ」を2人前と「デジカルビ」を3人前とかいう注文をするとお店の人が困ってしまうので、1種類のものをたくさん食べるという方向で行きましょう。炭火で焼いてくれる時に、一つのテーブルで一つの練炭コンロになるから、難しいみたいですよ。

 それでは、8月20日にまた。旅行にいかれる方、気をつけていってきてくださいね。

 

8月8日(水曜日)

 立秋を過ぎたからか、ちょっと暑さが落ち着いてきたような気がする。まだまだ油断はできないが。
 
 さて、夏休み中の集中講義も明日で前半は終了。夏休みは明後日の10日から19日まで。5日間取ることができるのだが、今回は、うまく割り振れたので土曜日日曜日が2回ついて長い休暇になる。20日からの週は、アジア文化コースの先生方が出張や研修でほとんど留守にされるので、留守番もかねて出てきます。本当は、僕もこの週に調査に出かけたかったのだが、ま、仕方がない。今、調査に行くところから調査内容の問い合わせが来ており、その返答作りでちょっと忙しい。夏ばてということもないのだろうが、勤務が終わったら家にすぐ帰って休むようにしている。9月に入ったら、2本論文をまとめなければならないし、今月も1本まとめなければならない。頼んでいる資料が一向に届かないので、進めようがないという状態。こんなことになるんだったら、韓国に調査に出かければよかった、と後悔もちょっと。

 話は変わるが、今日は集中講義に来ていただいている先生とお昼をご一緒して、食べ物の話に花が咲いた。とはいっても、食べ物そのものの話というよりも、それを食べたお店や場所にちなんだ話だったが。
 韓国の料理で何が一番好きかということは、韓国で暮らしていた時も、帰国した今でも、よく尋ねられることだ。どれが一番好きということはいいにくいのだが、好きな食べ物をいくつか紹介しよう。一人で韓国に行くと、焼肉の類は食べにくいので一人でも食べられるものということにして。

 韓国に行くと、必ず食べるものとして「ビビンバ」がある。これは、どの食堂に行って食べてもそれほど「ハズレ」のないメニューの一つである。僕はねぎは大丈夫だがシソを始めとした香味野菜があまり好きではないからかもしれないが、大邱市内にある一軒の食堂で食べたビビンバだけは、二度と食べたくないと思うような味だった。香味野菜の味が強すぎたというのが理由だ。この時、僕の食事のスピードが遅いのを見て取ったお店のおばさん、「辛いんだろう」と笑いながら、僕の丼にもう一杯のご飯を勝手に放り込んだ。僕としては、辛いわけではなく、どっちかというと辛さで香味野菜の風味を消して食べようとしていただけに、食べ終わるまでは拷問に近い状態だった。ご飯の追加料金は取られませんでした。念のため。
 ビビンバは日本ではやっている石鍋(トルソプ)のものもうまいけど、普通に食べるのもとてもおいしい。韓国に行って、ぶらりと食堂に入ったのなら、食べてもいいんじゃないかな。

 韓国に行くと、必ず食べるもののその2に、「デンジャンチゲ」がある。味噌汁をイメージしてもらえばいいかな。でも日本の味噌汁よりは具だくさんでいい。これをご飯にかけながらいただくと、ぴりりとした唐辛子の辛さとご飯がマッチして最高。注意しなければならないのは、何人かで出かけてこのメニューを注文する時。一人に一つ出てくるというわけではなくて、3人くらいまでは、一つのものを一緒に食べさせられる。それを思うと、一人で行った時に注文するのがお得ではある(笑)

 夏に行くのなら「ネンミョン」(冷麺)も外せない一品。僕は「ムルネンミョン」の方が好きで、去年の夏に調査に出かけた時もとりあえず抑えた一品。

 ビビンバが好きな人なら一度は試していただきたいのが「ポリパプ」。文字通りは「麦ご飯」だが、炊き立ての麦ご飯に野菜を混ぜてビビンパのようにしていただく。大邱市内に一軒、取って置きのお店があるのだが、夜行くとちょっと恐い雰囲気の町にあって、初めて妻と一緒に行った時、「何をされるのかと不安だった」(笑)とか。去年の夏に行ってみたら、店の中には入れたのに、誰もいなくて無用心だなあと帰った。もう営業してないのかなあ。大邱で暮らしていた時には、1ヶ月に1度は行くお薦めのお店だったのに。

 夜、通りに出る屋台でなにかを食べようとするのであれば、「オデン」とか「ティギム」(てんぷらの類)がうまい。おでんは日本のおでんが基本になってるんだろうと思える料理だが、具はもっぱらねりもの。20センチはあろうかという練り物が串に突き刺してあってそれをしょうゆだれにつけて食べる。おなかは結構膨れます。僕は、ティギムのなかでも、ゲソあげとキムパプ(海苔巻)のテンプラが好きだ。それぞれ、3000ウォン(300円ってとこかな)もあれば、結構楽しめる。

 ここまで書いて、そろそろ退勤の時間。上にあげた5つの中で今一番食べたいのは「ポリパプ」というところ。この週末は出かけるので無理だが、今度の炊事当番の時には作ってみようかな。自分で料理を作るというのは、食べたいものが食べたいだけ作れるということで、幸せになれます。男とか女とかは関係なく、幸せになりたければ料理を覚えましょう(笑)
 

8月4日(土曜日)

 オープンキャンパスも無事終わり、学内が静かになった。今年のオープンキャンパスは、僕にとっては2度目のことで、昨年よりも準備がうまくできたと思う反面、昨年も同じことがあったと進歩のない自分を情けなく思ったりした一日だった。来てもらった高校生やご父兄の方から回収したアンケート結果を見て、来年度のオープンキャンパスを少しでも改善できるようにしたいと思う。

 さて、8月1日から始まっている集中講義だが、今日で最初の3本が終わり。大学院の授業では、院生が講義終了後にやってきて、記念撮影のカメラマンを頼まれた。いい雰囲気で講義していただけたのは、非常にありがたい。印刷を頼まれた資料は一部ずついただいているので、僕からも知りたいこと、分らないことをお尋ねしていきたいと考えている。来週月曜日からも1本の集中講義が始まる。今日は、その準備をして退勤する予定。
 「退勤」と書くと、土曜日なのに出勤?と疑問に思う方がいらっしゃると思うが、ご心配なく。すでに火曜日に代休を取っていますから。

 オープンキャンパスに来ることができなかったけど、いろいろ聞いてみたいという方。アジア文化コースの掲示板へカキコをよろしく。掲示板はこちら。

8月3日(金曜日)

 明日はオープンキャンパス。ということで、午前中から、会場の設営作業に取り組んだ。会場の設営といっても、全体的なことは事務局の方がやってくださっているので、僕がやるのはもっぱらアジア文化コースの模擬授業が行われる会場の準備。垂れ幕を作ったり、パネル展示物を作ったり、机を運んだり、リーフレットを作ったり・・・。暑さで頭の働き悪くなっているから(笑)、作業に使う荷物を開城に運んでも必要なものが何か足りないということが続き、結局7往復近く研究室と会場との間を行ったり来たりした。ま、それは自分のせいだから仕方ないんだけどね。

 事務局の方に伺ったところによると、問い合わせの電話は殺到しているよう。お昼ご飯、コンビニや食堂はパニックになっているだろうから、手配しておかなくちゃいけないかしらん。うーむ。難しいところだ。

 さて、ちょっと夏ばて気味の今日この頃。来週の金曜日から夏休みを取ることにしている。
 皆さんも体調にはくれぐれも気をつけてくださいね。

8月1日(水曜日)

 今日から8月。一応、夏休みということだが、今週と来週は集中講義があってなかなかたいへん。おまけに週末にはオープンキャンパスも重なり、その準備に追われている。いろいろとアイデアを提供してくださる方(教員学生問わず)が研究室に提案しにきてくださったり、メールでこうしたほうがいいという意見をいただいたりもするのだが、実現可能かどうかというところまで考えて提案してもらえるとうれしい。僕宛に「駐車場を確保してほしい」というメールをいただいても対応のしようがないです。後、遠くから分るようにアドバルーンを上げたらどうかというのも。こういうのは大学のほうに言ってくださいね。
 いや、労力を惜しむわけではなくて、会場を見ないままで意見をいただいても却下する以外にない場合もあって、非常に申し訳ないから。
 オープンキャンパスの位置付けとしては、高校生や高校の教員の皆さんに大学の雰囲気や授業、施設について理解していただくというのが趣旨だから、教員側の自己満足で終わるというのが一番まずい。ある意味、「成功だった」といえるのは、来春、オープンキャンパスを見て入学してきた学生から肯定的な意見がもらえた時だけだろう。いや、オープンキャンパスを見て「受験するのを止めた」と考える高校生の意見こそ大切なのだろう。
 今年は、昨年度日本文化コースでのみ行った「模擬授業」を英米文化、アジア文化の両コースでも実施するというの目玉になるだろう。また、在学生による個別相談のコーナーも去年以上に充実すると思う。8月4日まで、まだまだ準備は続く。

 受験しようと思っている皆さん、是非きてくださいね。リーフレットとか作ってお待ちしています。

7月27日(金曜日)

 今度の日曜日は参議院選挙。20歳になってから韓国に滞在していた2年間を除き、全ての選挙に投票している。不在者投票も4回行ったことがある。選挙に行かなくてはその選挙結果に対する批判も、その後の政治の行方に対する批判もする権利はないと考えているからだ。適当な候補がいないというときであっても、白票を投じるという形で自分の意思を示すべきだろう。「投票率100パーセント、全て白票だったので選挙のやり直し」なんてことになったら、候補者も考えるんじゃないのかしらん。今回の選挙から新しい選挙制度が導入される。拘束名簿式の時には、事前に当選者がある程度把握できるということが起こっていたが、今回はそうはならない。ただ、タレント候補が乱立するという比例代表制選挙の悪い面がさらに強調されるようにも感じる。
 まあ選挙制度なんかは素人がいろいろ考えても限度があるから、今後の議論を見ていきたい。

 さて、今まで経験した不在者投票で不思議に思ったことがある。それは、不在者投票に行くと、投票する自分の名前を記入した封筒を渡され、その中に自分の一票を封入して投票すること。これって記名投票じゃん。開票作業の段階で、僕が誰に投票したのかが明らかになるというのは非常に嫌な気持ちである。これはなんとかならないものか。今回の選挙からだったか、前回の選挙からだったか、不在者投票する理由が大幅に緩和された。僕が不在者投票に行ったときには、えらく厳しい基準だったのを覚えている。不在者投票で不思議に思ったこととしては、自治体によって粗品を配るところと配らないところがあるということ。「投票に行こう」と書かれたうちわやポケットティッシュ、ボールペンなどを配ることにどれだけの意味があるのか。だいたい、投票に行っている人間に「投票に行こう」もないもんだが。これは税金の無駄遣いじゃないのかなあ。

 僕が韓国から戻って、在外邦人の選挙が行われるようになった。その時期、韓国にいた妻は手続きの煩雑さ、投票所の遠さなどを挙げ、とても権利を行使するという状況ではなかったという。まあ、始まったばかりだから不備も多かったのだろうが、手続きの煩雑さ、投票所の遠さなんてのは投票日になる前から分っていること。徐々にでも改善してほしい。

 ホームページを選挙運動に使うのは違法なんだそうだ。まあ、準備された法律がインターネットの普及を想定していないというのだからし方がない部分もある。とりあえず、こんなページがあるので投票前に見てみてはどうだろうか。
 「開け電網政治の時代」。ここは、政治家(国政、地方ともに)のホームページを評価しているところだが、政治家個人の主張や活動が見えてきてなかなか面白い。投票の前に立ち寄ってもいいかも。

 女子大の学生も、単純に考えて半数の学生に投票権がある。投票日の翌日はまだ試験期間だからみんな広島にいるよね。これから6年間、国政を左右する人たちを選ぶ選挙です。僕にとっては、娘が小学校に上がるまでの日本を動かす人たちを決める選挙。是非投票に行きましょう。

 上に韓国のことを書いていて思い出したことが一つ。プサンの総領事館では、日本語教育のために韓国に滞在している日本語教師のためにセミナーを開いてくれていた。僕も参加したことがるのだが、領事館の日本語教室を担当している人たちのマナーが非常に悪かった。いろんな場所で日本語を教えている人たちが一堂に会するのであるから、情報交換するのはあたりまえだが、講演会場内で雑談をするというのはいかがなものか。情報交換、雑談の必要があれば会場の外ですればいいのに。あの会から何人かの大学専任講師の人たちが参加しなくなったことをご存知だろうか。

 話は変わって、友人の博士論文審査が終わった。うまくいったらしい。自分が博士論文を書いていた頃、審査を受けていた頃を思い出すと、今の友人の気持ちが痛いほどよくわかる。へそくりがまだすこぅし残っているから、お祝いしなくちゃ。友達のことだけれども、なんか、涙が出ちゃいそう。
 おめでとうございます。

7月26日(木曜日)

 特別事業費として今年度ついた研究費で日本語教育用の教科書や参考書を注文し始めた。今年度、交換留学生が本学に来ているが充分な日本語教育のフォローができていないため、教材作りをするということで申請して認められた研究費である。韓国の大学で働いている知人との共同研究ということにしている。幸い、妻も韓国の大学での日本語教育経験が3年間あり、現在も某日本語教師養成講座の講師として働いているのでアドバイスが得られる。正直なところ、大学院進学を決めたときの動機の一つに韓国語母語話者に対する日本語教育用教材・辞書の作成がしたいという希望があった。そのために韓国語の構造を知りたくて言語学の勉強をしていたわけ。博士課程では、植民地期の朝鮮における日本語教育について教材分析の形での研究を進め、それなりに素地を作ってきたつもりだったが、いざ作るということになると、なかなか難しい。もっとも、今回取り組んでいるのは交換留学でやってくる学生を対象とし、広島女子大学で勉強する、女子大学の近くで暮らす、という使用者を絞り込んだ教材で、且つ、3ヶ月程度の短期コース向けの教材である。韓国で教鞭をとっていたときに担当した「日語会話」「日語作文」「実用日本語」「日本論講読」などで使用してきた手作りの教材がたたき台ではある。加えて、現代の韓国人学生が極端に弱い漢字についても取り上げたいと考えている。夏休みはこれと格闘しなくちゃいけない。

 今年の夏は、韓国への調査にいけそうにない。こうして働いていて困るのは、集中講義があったり先生方が調査や出張でいらっしゃらない時期には連絡を取る必要があるからという理由で動けないこと。実際、冬や夏の学会には去年に続いて今年も参加できない状態だ。学会発表が論文投稿の前提となっている学会が僕の所属している中で3つあるのだが、そこには論文も投稿できないので非常に困っている。愚痴っても仕方ないことなんだろうけど、助手が複数いるようなところだったら、もう少し自由が利くんだろうなあ。
 まあ、8月の下旬に東京に調査に行くということで、今年の調査は終わりの様子。せいぜい準備を整えて、しっかり調査ができるようにしておこう。
 調査や学会発表が自由にできないということだけ見ると、学生時代のほうがよかったかもしれない。何もかも整って研究できるというのは無理な話なのかしらん。
 

7月24日(火曜日)

 いよいよ明日から前期の定期試験が始まる。いい成績が取れるといいね。
 僕が学部の1年生のときに1つ、2年生のときに1つ単位を落としたことがある。一般教養の授業の『地学』と、教職科目の『英語科教育なんとか』という科目。僕の在学していた愛知教育大学の日本語教育コースは、教員免許、英語と国語のどちらかが取得できるというところだった。日本にある日本語教師養成課程の多くが国語の免許しか取得できないのに比べ、『外国語(非母語)教育』という視点で免許を取得できた。で、書道と古典と漢文が苦手な僕は、英語の免許を取りに行ったわけ。教員免許を取ったからよかったこと、というのは今まで生きてきてなかったように思う。通信教育の添削のアルバイトも、教員免許があろうがなかろうが、採用試験があるわけだし、家庭教師のアルバイトをする時だって教員免許を持っている科目だけ教えればいいというわけでもなかったし。
 無駄だったかというとそうでもないと思う。シェークスピアの時代の英語を読むなんてことは、独学でできるようなものじゃないから。それがなんの役に立っているのかというと、ただ話題にするのに面白いとか、ヨーロッパの言語を勉強していて「あ、なるほどっ」とひざを打つことがあるとか、そういう間接的な部分かもしれない。学部時代にかじったラテン語とか、中国語とか言うのは、いろんな言語を考えるときに比較的客観的な見方をするのに役に立ってるかな。
 

7月19日(木曜日)

 広島市内は、中州に発達した地理的状況もあって、自転車の利用が便利だ。市内を流れる川を横切るときは、堤防分上がらなければならないので、東西の移動は南北の移動に比べてちょっときついかな。
 それはさておき、昨日は退勤後に用があって広島駅まで自転車で出かけた。駅まで自転車で20分というところか。広島の中心街に出かけるときも自転車をよく利用するが、広島の町は駐輪場が便利なところにあると思う。今まで過ごした多くの町で、駐輪場がこれほど便利な町は少なかった。駅のすぐ側、歩いて5分もかからないところに駐輪場はあるし、中心街でも通りの1本裏に駐輪場がある。1回100円という利用料は、バスを利用したり路面電車を利用することを思えば、かなり安い。こういう環境で路上に自転車を止めるのはいかがなものか。確かに、目的としているお店が駐輪場から遠くはなれているということもあるから、今後も駐輪場の確保、設営というのは続けていかなければならないと思うし、ある程度、店のほうでも駐輪場の確保を義務付ける必要があるようにも思う。自転車が歩道を占拠してしまうというのは、美観の問題ももちろんだが、車椅子の人が通る時に非常に不便である。点字ブロックがふさがるのも問題だしね。

 話は変わるが、インターネットを利用してJRのチケットを購入した。カード決済なので、当日はみどりの窓口に行って決済に使ったカードを渡して手続きをすれば切符がもらえる。ちょっと不便だと思ったのは、結局はみどりの窓口に並ばなければならないということ。当日、慌てなくていいようにとネットを利用して購入しても、みどりの窓口に行列ができていれば、購入していない人と同じだけ並ばなければならない。ネット購入者専用の引渡し専用窓口を設けてもいいんじゃないかな。人件費が問題ということだったら、機械で対応するということにしても。便利そうで、結局何の役にも立っていないような気がする。こんなんだったら、近くの代理店に行って切符を発行してもらうほうがよっぽど便利だ。もちろん、JRのほうでも購入した切符の宅配業務をやって入るようだが、これが有料というのでは普通は利用しようとは思わないよね。

 インターネットを通じて物を買うということ、まだそれほど嫌な思いをしたことがない。自宅に居ながらいろいろなことができるというのは、今後、山間地域や離島を始め、外に出歩けないお年寄りや障害のある人々に多大なメリットがあるだろう。こういう やむをえない環境・状況で暮らす人々に対しては常時接続を無料にしてもいいように思う。ネットの普及は、結局のところ接続費用が以下に安価になるかにかかっている。

 通信の話で思い出したのだが、マイライン、どのくらいの方が登録を終えられたのだろうか。我が家ではまだ。全ての分野(市内、県内市外、県外、国際)で同じ会社にするつもりは全くない。市内と県内市外は同じ会社だが、県外は他社にし、現在は国際電話をどこにするかの検討に入っている。テレビコマーシャルを見ても、肝心なことは分らない。結局は、自分で調べなければならなくなる。ただ、今回のマイライン登録のドタバタを見ていると、どうしても腑に落ちないことが一つ。それは、登録作業をしなければある特定の会社に自動的に登録されてしまうという制度。これは問題だろう。現在、会社識別番号が不要のある会社にも識別番号を割り振るという作業がまず第一段階として必要なのではないか。
 

7月18日(水曜日)

 唐突で恐縮だが、僕は機械類が苦手だ。いや、新しいものにはすぐ手を出すし、興味がないわけではないから苦手というのは正確ではないかもしれない。えっと、理屈を理解するのが苦手、といえばいいのかしらん。パソコンをいじるのは好きだが、どうしてこのように動いているのかを理解するのは苦手。そうそう、これが正しい。
 こうしてホームページを作っていると、機械類に詳しいと勘違いする人がいるが、僕は経験した範囲のことしか知らない。未知の事象には対処する能力はない。ワープロ専用機全盛期から今日のパソコン普及期に至って、論文や書類の作成を手書きではなくワープロを利用して作成するようになり、機械が苦手な人や利用する訓練を受けていない人にとってはひと手間もふた手間も余計な手がかかるようになった。家族、友人や先生方から手書きの原稿を渡され、ワープロ入力を頼まれることが結構多いのだが、こちらとしてはべた打ちした原稿をお返しして、レイアウトだの、フォントの変更だのは、先方にやっていただく形にしたいと考えている。が、実際は、べた打ちのほうが単純作業であって、段組をしたり、縦書きの中に横書きを混ぜたり、という作業こそ、やってほしいということが多い。まあ、それはそれで仕方がないと思うのだが、僕も初めてやることであったりして、なかなか要領よくはできない。今までの経験をフル動員して作業をしているわけで、正直に言って、機械が苦手な僕としては依頼されてレイアウトなどをいじっている時間は拷問に等しい時間でもある。自分が納得できればいい、自分のできる範囲のことでいいというわけじゃないから。
 僕も学生時代、論文を書くのが間に合わなくて、業者に入力を代行してもらおうかと考えたことがあったが、これが非常に高くつく。最近は、過当競争になって価格も下落気味だというが、一字10円とか言う時代があった。今は、一文字あたり0.5円から2円といったところ。これにはレイアウト料金などは含まれていない。べた打ちだけ。ファックスで手書き原稿を送って、メールに添付されたファイルで受け取るというシステムを導入している業者もある。ホームページには、「現在の待ち時間」がリアルタイムに表示されており、おもしろい。
 大学時代の指導教官は、ワープロの利用を嫌がる方だった。僕が聞いた理由は次の二つ。
 そのいち。「誤字脱字が自分の責任ではなく、機械の責任になるから」
 そのに。「手書きのほうが熟慮した文章になるから」
 この二つの理由は、ともに僕も賛成ではある。たしかに、最近の論文よりも、ワープロなどが普及する前の論文のほうが読みやすかったり、分りやすかったりという経験がある。

 ここに書いている文章も、入力しっぱなしの文章だから、分りにくく、変な文章なんだろうなあ。話もあっちこっちに飛ぶし。
 ちょっと反省してます。m(_ _)m

7月17日(火曜日)

 娘の離乳食導入が思いのほか順調で助かっている。もう母乳だけでは物足りなくなっているらしく、離乳食を与えていないと不満そうにぐずつく。おもしろいのは、もう僕たちの食事の様子を見て理解しているようだということ。晩御飯なんかは、一緒に食べるようにしているのだが、椅子に座らせて僕たちがもぐもぐと食べていると、興味深そうにじっと見ている。早く一緒に同じ物を食べたいなあと思うこのごろ。いっしょに料理をしたら楽しいだろうなあと、この前は買い物に行ったときにエプロンのコーナーで立ち止まってしまった(笑)

 料理を楽しくやろうと思えば、使いやすい道具をとことん探してみるというのもいい。その道具を使ってみたくて料理をするということが結構あるから。中華なべを買ったとき、鉄のフライパンを買ったときなど焦げ付かないように最初に野菜をいためたり、油をしいて焼いてみたり、いろんなことをして手をかけていく。で、自分の手になじんできたところで、集めておいたレシピから作りたいものを選んでちょっとがんばってみる。僕は卵料理が好きで、卵焼きとか、目玉焼きとか、オムレツなどを一人暮らしをしていたときによく作っていた。フライパンを振って中のものをひっくり返すことができるようにと練習したのはいつの頃だっただろう。これは、別に料理番組などを見て真似がしたくなったというのではなく、単にフライ返しなどの道具を使いたくなかった、言い換えれば、洗い物を少しでも少なくしたかったというルーズな性格の賜物である。卵を片手で割るというのも、そのあたりの性格から練習したことである。ルーズな性格から購入に至ったものというのが結構多い。
 例えば、食器乾燥機。大学1年のときに買ったのだが、これは梅雨時期に食器を洗いっぱなしにしておいて箸にカビが生えてしまったことが原因。拭いてしまえばいいだけのことなのだが、面倒だということで買った。トンカツにはキャベツの千切りだ、と買ったのはクッキングカッター。これは失敗したと思っている。だって、使うたびに洗う部品の多いことと言ったら。大家族になったら、便利というほうに軍配が上がるかもしれないが、一人暮らしではたかが知れている。オーブンレンジも、今度買い換えるときにはよく考えないと。今使っているのは、89年製のものだが、オーブンと電子レンジが一帯になっているものは、庫内の天井が低い。オーブンの加熱がうまくいくようにという配慮なのは分るが、ちょっと背の高いコップは入らない。それと、電子レンジとオーブンを両方使う料理をするとき、オーブンを先に使ったらさめるまで待たなければならない。オーブンレンジをうまく使いこなしている方に、このあたりの工夫をお聞きしたいものだが、まあ、今度の買い替えの時には電子レンジは電子レンジ、オーブンはオーブンで買ったほうが良いかな。

 さて、今日の広島は雷を伴った激しい雨。出勤時には曇っていたから自転車で来たのに。

7月16日(月曜日)

  もうすぐ前期も終わり。来週は試験期間になる。廊下で話をした1年生は、レポートが多いと悲鳴に近いことを言っていたが、まあ勉強しに入学したんだし、それはいってもしかたない(笑)。3年生や4年生からは、大学院進学の相談を受けることが出てきた。確かに、国際文化学部の中でもっとも最後に大学院生活を終えたのは僕だから、いろいろ情報をということなのだろう。まあ、こんな頼りない助手さんの話でよければ、いつでも聞きに来てくださいな。

 話は変わるが、暑さのためか頭が悪くなっている。元からという説もあるが、週末最近テレビで盛んにコマーシャルしている「消しゴムで消せるボールペン」というものを買った。妻とコマーシャルを見ながら、消せるのなら書類を書くときに失敗しては書き直しということがなくていいねと話をしていたのだが、ここで気がつけばよかった。買って帰ってきて、実際にメモしにいろいろ書いて消しゴムで消すと、消える。科学の進歩とは偉大なものだと感動しながら、履歴書とか、書類をこれで書けばイライラしなくて大丈夫だと思った瞬間、消せるんじゃだめじゃん、ということに気がついた。笑えるのは、ボールペン本体にも公的文書には使用できませんとある。勝手に書き換えが聞くようなインクじゃだめだよねえ。くすくす。
 とはいえ、このボールペン、それなりに役に立っている。本などの書き込みに良いみたい。

 最近の学生は本を買わなくなったというのは、先生方だけではなく、後輩の大学院生と話をしていても共通の話題になる。外国語の授業を取っているのに、その言語の辞書を持っていないというのは、ちょっと信じられない状況である。高いというのはわかるけど、勉強しに来てるんだから、学用品に最初にお金を使うのが筋じゃないかしらん。とはいえ、奨学金をもらって一生懸命やっている学生もいるということで、アジア関係の辞書類は図書館や演習準備室、演習室にそろっている。共用のものなので持ち出してはだめです。もって帰るなんてことも論外。卒業論文で使うとか、レポートで使うというのも問題外です。自分が占有する時間が長いのであれば、1冊買ってみましょう。
 僕の実家の倉庫には、天文学とか、生理学とか、およそ今の専門とは関係ない本が眠っています。それらはみんな大学の1、2年のときに使用した教科書です。ラテン語の辞書、スペイン語の辞書なんかもあります。研究職につかなくても、大学4年間、勉強した記念になるものを少しそろえてみてはどうだろう。勉強は大学でだけやるものじゃないけど、大学に通った4年間でしかできないものもきっとあると思う。

 ということで、卒業論文や修士論文を書こうとしているあなた。本は買いましょう。自分のものにしてから、書き込んだり、メモしたりすればきっと役に立ちます。

7月13日(金曜日)

 本学の国際文化学部国際文化学科には3つのコースがあるが、7月5日に日本文化コースのホームページが開設され、3コース全てがホームページを持つこととなった。それぞれに特徴があっておもしろい。
アジア文化コース
日本文化コース
英米文化コース
 こうしてほしい、という意見があったら、随時受け付けています。ただし、技術力の面で対応できないこともありますので、そのへんはよろしく。

7月12日(木曜日)

 ホームページをいろいろなサイトで紹介していただいている。最近は、僕のほうから情報サイトに入っていって、登録させていただけるようであればどんどん申し込むようにしている。今働いている広島県、そして、生まれ育った山口県は、戦前朝鮮に渡った人の多かった地域である。今手元にある資料を見てみると、

都道府県 明治43年 大正12年
合計 割合 合計 割合
山口県 10863 10127 20990 12.26402417 19168 18142 37310 9.257811822
福岡県 7125 6385 13510 7.893614411 15156 14220 29376 7.289131066
長崎県 7246 6841 14087 8.230743612 12382 11969 24351 6.042266836
広島県 5669 5169 10838 6.33241991 12686 11560 24246 6.016212957
熊本県 4439 3844 8283 4.839586096 10518 9562 20080 4.982494274

 というような数字が見られる。こうやってホームページを公開していると、自分の祖父が朝鮮で働いていたとか、自分の家に資料があるとかいうメールをいただくことがある。今のところ、Yahooで「朝鮮」という言葉で検索したら引っかかるようになっているが、他にも言語学のサイトや日本文化のサイト、歴史系のサイトにもリンクしていただいている。そうこうしているうちに思い至ったのは、地元の人がよく利用するホームページに紹介してもらえれば、多くの情報が集められるのではないかということ。それで、最近はいろいろなところでホームページを紹介するようにしている。

 そういう形で、山口や広島の人たちがよく見ると思われる情報サイトを見ていると、小学校、中学校、高等学校のホームページはもちろんのこと、同窓会のホームページがある。規模の大きいのは、「ゆびとま」や「MeMe Town」などで、ここでは懐かしい友達を見つけることができたりする。もちろん、友達のほうも僕を見つけて、いろいろな情報を送ってくれる。

 今日も1箇所、登録を申し込んだ。新たな情報源になることを祈りながら。

7月11日(水曜日)

 「日本文化総合情報サイト」というホームページに当ホームページを登録していただけた。特選リンク集からもリンクを作ったので日本文化に関連するホームページの検索に是非利用してほしい。
 朝鮮における「国語」教育という名で行われた日本語教育に関する研究を日本文化の中でどう位置付けるかという問題は、常に、現在の日本を前提にすることから起こっていることだと思う。1910年の韓国併合以来、1945年まで朝鮮は日本の一部として社会システムが動いていたわけだ。僕が朝鮮における「国語」教育についての基本的な資料を集めようと図書館にこもっていたとき、朝鮮をはじめとする植民地で行われていた「国語」教育は、今日の「国語」教育界からは「非母語教育である」という理由からか排除されており、非母語としての日本語教育という分野からは「国語」教育であったという理由からか詳しく解説されていなかった。
 また、日本語史という研究分野からも植民地で使用されていた「国語」は見放されているように思う。確かに、朝鮮語を母語とする人たちに教育され、学習された日本語を母語として運用する日本語と同列に扱って日本語の歴史的変化の中に位置付けるというのは問題があるかもしれない。だが、教科書に記載されている日本語は、当時の「標準語」を見る上で非常に重要な役割を果たすと考える。実際、調べてみたら、「内地」で教育されていた「国語」と朝鮮で教育されていた「国語」の間には違いがある。植民地教育は、確かに強烈な国家イデオロギーの下で進められているものだが、教育効果に重点を置いている時期もあり、朝鮮だけを見ても足掛け36年*の支配を一まとめにして評価することはできない。

*・・韓国では、日本の植民地支配を「日帝36年」という。しかし、1910年8月29日に韓国併合に関する詔勅や条約が公布され、1945年8月15日の日本の敗戦により解放されたのであるから、厳密に言うと35年に14日足りない。以前、韓国の歴史学者の方とお話した折に、年齢と一緒で「数え」で考えるのだと教えられた。確かにそう考えると、併合の1910年が1年目ということになるので、1945年は36年目ということになる。

7月10日(火曜日)

 自治体職員協力交流事業として韓国から高校の日本語教師の方がいらっしゃった。昨年に続いて2度目になる。僅か1週間という短い期間ではあるが、講義を聴いたり、図書館を利用したりして実りある研修期間にしていただきたいと願っている。

7月9日(月曜日)

 金曜日の退勤時に花屋さんに寄って、七夕用の笹を買った。家に持って帰って、早速妻とふたりで七夕飾りを作ったりしたのだが、七夕飾りを作るなんてことは、小学校卒業以来のことだったので、どうやってつくるんだったっけ?という飾りがたくさん。結局、色紙を輪にして連ねていく飾りや、折鶴、スイカや魚の形に切った色紙、などで終わってしまった。来年は、本屋さんで立ち読みでもして充実した七夕飾りを(笑)!
 さて、この週末、広島市内にオープンした大型電器店の開店セールも最終日ということで、一人で町に出かけた。朝10時の開店と同時に行くと、まだ人が多くなくて、店員さんに詳しく話を伺うことができた。以前、ここにも書いたがPDAの購入を検討していて、今回、実際に手に持ってみてと思ったわけ。ネット上の説明ではよくわからない部分について尋ねたところ、必要なものをそろえればこの値段という金額についても教えていただけた。
 説明していただいた店員さんには申し訳ないのだが、ネット上には家電などの価格を調査して安い順に並べているサイトがある。「価格.com」だ。ここで候補に上がっている製品を調べたところ、15000円程度、店のほうが高かった。もちろん、アフターサービスの問題、製品が不良だったときの交換、送料、支払方法、などなど、価格だけで決められないことも多いが、僕は電気製品を買うときにはこのホームページで、「底値」というのを確かめてから買うようにしている。電気製品なんてどこのお店で買っても同じ製品ではあるが、安さだけを追究して買うわけではない。今回のように、疑問に思っていたことを丁寧に教えてもらえるのであれば、少々高くてもその店で買うようにしている。買ってからの説明も大切だが、買う前の説明も大切だと思うから。

7月6日(金曜日)

 韓国に留学したい、と考えたのは大学院修士課程を終えようとしていた頃。韓国政府の国費留学に申し込もうと思ったのだが、手配するのが遅くて無理だった。問い合わせた韓国大使館の方が、電話口で『韓国を好きになってください』とおっしゃったのが印象に残っている。
 当時、韓国政府の国費留学だと1ヶ月35万ウォンが支給されていた。金額の多寡はともかく、韓国で多くのことを学びたいと思っていた自分にとって、費用のことを考えずに留学するには、国費留学などの奨学金制度を利用するしかなかった。実際、僕は高校時代から奨学金をもらって学校に通っていたので、私費での留学というのは難しいと思っていた。まだ大学の交流事業といっても欧米が中心で、アジアといっても中国、台湾などがほとんどだった当時、韓国に勉強しに行くというのは、今ほど気軽なことではなかったと思う。
 本学では先生方のご苦労の甲斐もあって、日本全国で20名という韓国政府外交通商部の大学生訪問団に1名の推薦枠をいただいているし、姉妹提携しているソウル市立大学には交換留学生を年単位で派遣したり、夏休みを利用したサマースクールに3〜6名の学生を受け入れていただいている。費用はほとんどかからない制度である。自分の学生時代を思うと隔世の感がある。

 全然関係ない話だが、我が家の風呂は、浴室内だけではなくキッチンからもお湯張りやお湯の温度設定ができるというシステムになっている。というと、友人を始め大概の方が、いいねえ、とおっしゃる。でも一つ問題が。お風呂の排水溝の栓は、やっぱり浴室まで行かないとできないわけ。浴槽の排水溝の栓をしに浴室に行って、キッチンに戻ってお湯張りをするなんてことはまずない。浴室のパネルでお湯張りをする。なんか、役に立つのかたたないのかよくわからないシステムではある。もしかして、一人が風呂の栓をしに行って、浴室から『栓をしたよ〜』と言ってから、キッチンにいるもう一人がキッチンのパネルでお湯を張るのか? 我が家の7不思議、そのいち。

7月5日(木曜日)

 7月も第1週が終わろうとしている。来週は、自治体職員協力交流事業として、本学に韓国の高校教師の方がいらっしゃる。日本へは5月にいらっしゃって様様な研修を受けてこられた方で、本学には1週間滞在して研修を受けられる予定。昨年から始まったもので、昨年も韓国から高校教師の方がいらっしゃった。本学の授業に参加していただく形での研修だったが、一緒に出席していた学生に多くの影響を与えていただけたように思う。今年もそうなることを期待している。
 僕が韓国で働いていたとき、一人の学生が日本に行きたい理由に、「本当に日本語をみんなが話しているか見てみたい」というものがあって、非常におもしろいと感じた。外国に行くということは、様様な意味での自己発見につながるだろう。実際に行ってみて、初めて気がつくことも多い。僕がはじめて韓国に行ったのは、大学院博士課程の1年目、いまから5年前、26歳のときのことだ。韓国に関する研究をしている人の中では、おそらく一番遅いだろう。この時の韓国旅行、よかったことと悪かったこととがある。悪かったことは、物見遊山で行ったためこれといった資料的収集がなかったこと。よかったことは、それまで文字でしかなじみのなかった韓国語を肌で感じられたこと。その観光旅行から半年後、2年間滞在することになるとは思ってもみなかったが。
 準備の程度によって得られるものの量は決まっている。正確に言うと、準備をしていけば、決めた範囲の情報を深く掘り下げることができる。準備をしていなければ、広く浅い情報をえることができるだろう。
 もう僕のように働き始めてしまうと、準備を念入りにして、2泊3日程度で情報や資料を仕入れてこなければならないわけだから、毎日毎日資料とにらめっこという状態。ぶらっと行っておもしろいものを見つけてくるというのは難しくなってきている。
 今の仕事の状況を見ると、他の領域・・・日本の植民地だった南洋諸島や台湾、満州地域・・・に出かけるのはちょっと難しい。資料の準備でさえままならないので、当面は韓国について調査を進めるしかないだろう。学会誌や学会の案内を見て、自分の関心がある分野の発表があるとかなり焦ってしまう。この夏、韓国での調査は難しそう。来春の調査を見越して、準備をして行こうと思っている。
 そう、資料集め、資料集め。

7月4日(水曜日)

 今日も相変わらず暑い。今日は研修日になっており、古書店をまわろうかと考えていたのだが、先日広島県立図書館から借り出した資料のコピー、こいつの整理が終わっていなかったので、研究室にやってきてその整理をしている。資料というのは、探していればいつかは手に入るもの。この県立図書館で見つけた資料のおかげで、どうやら今進めている研究の入り口が整理できそうである。10月1日が締め切りの学会誌に投稿しようと考えている。
 土曜日や日曜日を利用して古書店を回ればいいという気持ちの方もいらっしゃると思うが、土日はきっちりお休みというお店が想像以上に多い。広島市内から広島大学が出て行ってしまったのが古書店の勢いを確実にそいでいると思う。なので、今年、水曜日に研修日をいただいたのが非常にありがたい。古書店を回ったり、図書館に行ったり、勉強がとてもやりやすい状況である。
 話は変わるが、僕は、1988年、大学1年生のときに日本語文書処理の資格をとった。いわゆるワープロ検定である。卒業論文を書くとき、僕の所属していたゼミではワープロの使用は禁止されていた。誤字脱字のチェックもするからというのがその理由だった。手書きで原稿用紙のマスを埋めていくという作業は、もしかしたら、僕の学年プラスマイナス3年が経験している最後の学生かもしれない。個人でワープロを持つ人間は少なかったが、学科やコース、講座に共有の機械はあって、みんなが泊り込んで交代で機械を使っていたからだ。今では、ほとんどの学生がコンピューターを利用してレポートや論文を書いているようだ。卒業論文の中間発表会では、パワーポイントを使った発表もいくつかあった。都内の有名私立大学を始め、多くの大学では卒業論文の中間発表や報告会においてパワーポイントの使用を義務付けし始めているという。プレゼンテーションの訓練という位置付けだということだ。
 こういう機器を使うということは、往々にして教員側の対応が遅いといえる。自分が充分に使えないと億劫になるのだろう。気持ちはよくわかる。もちろん、ソフトや機器の使用法に頼ってしまい、肝心の研究内容が充実しないという指摘もある。それはある面、そうかもしれない。だが、大学4年になった時点で覚えようとするからおかしなことになるのだ。昨日で全日程を終えたが、本学ではパワーポイント使用の講習会も開かれている。なるべく早く、脇の部分を抑えて本業に取り組めればいいと思うのだが。

 論文を書くときの資料探し、これもなるべく早く覚えておこう。図書館主催の文献検索講習会に参加するのはもちろん、演習の授業などで実際に資料探しを何度も経験しておこう。もちろん、資料探しは僕を始め、研究者としては基本中の基本。自分で資料が探せないのなら、自分の研究はそこまでということだろう。網を張っておくこと、こまめに資料を探すこと。
 自分が動けば済むときに他の人を使って自分の資料を探させるなんてことは、いかに卒業論文やレポートの締め切りが近づいているとしても、やってはいけないこと。大学に入ってまず教えられるのはそのことからだろう。

 図書館主催の文献検索講習会に参加しそびれた人、必要だったら気軽に尋ねてきてください。僕に時間があるとき、一緒に図書館に行って実際にやってみましょう。・・・『僕に時間のあるとき』だから、『明日がレポートの締め切りなんです』というのはナシ。

7月3日(火曜日)

 梅雨明けを思わせるような天気だ。暑い。懇意にしている本屋さんは、ボーナス時期の一括払いということで本を売っていただいている。ボーナスが入ったので明日あたりお支払いしなくてはいけない。今回は、同じ苗字の違う人の請求書が混じっていたため(笑)、身に覚えのない金額になっていてびっくりした。新刊本の購入ペースは、学生のときに比べて落ちている。理由の一つは、学内に書店がないのでぶらっと行って買うということがなくなったことに尽きるだろう。古書を買う分、新刊本の購入は経済的に難しい。学生時代と買うものが変化しているようにも思うが、研究を進める上で古書にしろ新刊本にしろ、本は必要不可欠。
 本が必要といって、どのくらい必要かというと、実際には僕の月給分の本を買っている先生もいらっしゃるわけで、自分が本にかけている費用は同じような分野の研究をしている人と比べて相対的に少ないほうだと認識している。研究費が増えないかなあと悩んだりしていたのだが、今回、特別事業費ということで本来の研究費を上回る特別事業費をいただくことができた。春に申請し、先日、学長をはじめとする審査委員の前でのヒアリングを経て決まったものである。
 年度内に成果が出る、と大見得を切った手前、がんばらなくては(笑)。
 韓国にいる友人を共同研究者にしているが、先ほどもチャットとメールで打ち合わせをした。電話を使わないところが節約モードではある。

7月2日(月曜日)

 7月1日で、ホームページ公開1周年。なかなか毎日更新するということは難しく、また、コンテンツの充実を図るのも思うに任せず、いろいろなホームページからリンクしていただいているにもかかわらず、申し訳ない気持ちでいっぱいである。
 とはいえ、この1年の間にホームページを通じて多くの方と知り合えたのも事実である。メールのやり取りをしていて気づくのは、自分の所属している学会とその方の所属している学会が重なっていないことが多いこと。つまり、このホームページでの情報交換がなければ、お互いに相手を知らないまま研究を進めていたかもしれないということである。それは翻って、従来の研究が自分の研究領域の中だけで進められてきたことも示している。僕は、博士論文を書くときに、従来の植民地教育史研究の枠に入っていることを望まなかった。それは、あまりにもイデオロギー的な分析に偏りすぎていたことに対する批判もあるが、何よりも、朝鮮での「国語」教育が「国語」教育なのか日本語教育なのかという問に誰も答えていなかったことに対する不満と批判であった。
 自分の研究を他の分野からの目で見てみること。それができると、いろいろな展開が生まれてくる。広島大学大学院在籍時に、大学院生の有志で立ち上げた研究会は、同じ分野の研究をしている院生は相互にほとんどおらず、教育学の発表に人類学の院生が質問をする、言語学の院生が意見を述べるという雰囲気で、自分が見落としていたことにヒントをもらえたり、解決できずにいた点を解決する糸口をもらえたりと非常に有意義な会だった。
 自分の研究を深めていくことは確かに重要なことで、僕の妻のように学部時代から大学院博士過程後期の単位を取るまで継続して同じ研究を続けてこれた人に対する一種の憧れとうらやましさは確かにある。その一方で、進学するたびに専門とする領域に修正を加えていった自分としては、そのおかげで一つの問題に取り組むときの視野の広さをえられたと考えている。だが、僕の場合、それはあくまで「ことばに関する関心」という枠を越えてはいない。政治学や歴史学、法学などには全くといっていいほど関心がない。その方向から見れば、おそらく、新たな発見があるのだろうが、そこに至るまでの基礎的知識の蓄積は、5年や10年ではおぼつかないだろう。それだけ時間をかけたところで、どれだけの仕事ができるか。そう考えると、これは僕のやる仕事ではないと感じる。政治学、歴史学、法学の知識のある誰かがこの分野に関心を持ったときにその人が切り開いていくことだと思う。

 さてさて、先週末は大学院生の勉強会に参加して発表もさせてもらった。今回は、アジア文化コース以外の院生の参加もあり、にぎやかだった。自分の研究も遅々として進まない今、社会人院生の方の苦労は容易に想像できる。体を壊されないよう、祈るばかりだ。
 


トップへ