助手さんのひとりごと
6月29日(金曜日)
まいった。パソコンにインストールしている朝鮮語入力システムが動作不良を起こしている。ワープロがフォントを認識しないのだ。Windowsのフォルダの中のFontを見てみると、あったはずのフォントがなくなっている。で、さっきから何度も再インストールをしているのだが、再インストールの段階では、『フォントはあるのでインストールしません』というメッセージが出てくる。何が起こったのだろう。こういうときに限って、朝鮮語で書かなければならない書類や論文、原稿などの仕事が舞い込んでくるに違いない。しっかし、どーしようかなあ。
どーでもいいことだが、韓国では前期が今日で終わり。3月から始まっているのだから、日本よりも1ヶ月早い今月で終わることに何の不思議もないが、さっき、韓国で働いている友人に相談事があって連絡をとったら明日から海外に出るから不在だという。6月で終わるということをうっかり失念していたのだ。ま、とにかく、連絡が取れてよかった。
国際電話は高くつくので、韓国を始め、海外の友人と日本語教育に関する相談や資料についての議論をするときには、インターネットを通じたチャットを利用するように心がけている。これだと、自宅からでも市内通話料金だけで済むから。研究室からだと、無料で1時間でも2時間でも議論ができる。節約というのはこのあたりからするべきだろう。本を買う費用も、文具を買う費用も節約するって言ったって限度があるもんね。
明日は大学院生との勉強会。
今日はその準備に時間をとるつもりだ。
6月27日(水曜日)
アジア文化コースのホームページの訪問者数が、先ほど、午後3時50分で僕のホームページと同数になった。公開当時は、1000近く差があったので、なかなか感慨深い。コース所属の学生が見てくれているのだろうか。ホームページに掲載する情報をどの程度にするかというのは、おそらく、他のWEB管理者の方も持つ悩みだと思う。個人のページでもコンセプトなどから悩むことが多いのだから、コースのホームページなどとなったら調整なども大変だ。もう少し時間と予算が取れれば、多言語化を図りたいところ。せっかく、韓国、中国、台湾の学生からの問い合わせがきているのだから、アジアの言語に対応したページを準備しておきたいものである。
広島市内は昨晩、激しい雷雨に見舞われ、我が家ではうっかりしていてじゅうたんを干したままにしていた。幸い、雷の音で目がさめて取り込んだので、それほど濡れてはいなかったが。上空の大気の状態が不安定なのだろう。傘はまだ持ち歩くようにしておかなければ。
今はとってもいい天気なんだけどな。
6月26日(火曜日)
郵便局の話題をいくつか。
そのいち。先日来、書留郵便を利用することが多いのだが、窓口で「書留でお願いします」というと小包にしたほうが安いですよとか、○○にしたほうが安いですよ、と声をかけてくれる。これは非常にありがたい。郵便局全体でこのようなサービスをするように指導しているのか、その局でのみの対応なのかは今ひとつわからないのだが、とても気持ちよく郵便局が利用できる。
そのに。結婚してから今の家が2つ目の家だが、結婚前の下宿ということも考えると、この2年の間に3回転居をした。そのたびに、郵便物の転送願いを郵便局に出しているのだが、この転送の扱い、ちょっと困ったことになっているようだ。よくわからないのだが、どうもある一定数の郵便物がたまらないと転送してくれていないようで・・・もしかしたら、ある一定の日数なのかもしれないが、締め切りがきられている書類などがぎりぎりで届いたり、期限を過ぎて届いたりしていて困る。前住所地の郵便局は、少し配達が遅れていたというのも事実。山口県から広島県に郵便物を送るとき、遅くても中一日見れば届くと思うのだが、往々にして中2日から3日かかることがあった。広島市内に転居したとたん、それがなくなったのだから、前住所地の郵便局の対応がおかしかったとしか思えない。
そのさん。韓国の郵便局、集配局になるのだろうか、規模の大きな郵便局では有料でパッケージサービスを行っていた。これは非常に便利だった。とにかく、小包で送りたいものをそのまま郵便局に持っていって、このパッケージサービスのコーナーに行く。海外か国内かという送り先に答えると、ダンボールに梱包してくれる。クッションなどももちろんかませてくれるので、安心。そしてパッケージされたものを窓口に持っていくという形で、韓国にいたときにはよく利用した。ソウルに行くときは、僕は専ら古書店街と書店を回るので、鍾路一帯がなわばり(笑)なのだが、ここでは光化門郵便局にパッケージサービスがある。気をつけないければならないのは、週末は休みだということ。金曜日の夕方までに買ったものを台車に乗せて郵便局に行き、着替えやお土産などと一緒にパッケージしてもらって日本に送るというのが賢い方法だと思う。
そのよん。そういえば、先日、他のホームページで郵便局で封筒を売っていないという苦情があった。茶封筒で良いから各種封筒を置いてくれると良いんだけどなあ。
6月25日(月曜日)
PDAを購入しようかと思案中。出張や調査で家を空けるとき、メールのやり取りを今まではノートブックPCでやっていたのだが、1997年に買ったものなので、性能はともかく、重い。出張先でデータ入力をすることがないわけではないが、パソコンを持ち歩くメリットはそれほどないと判断したため、メールのやり取りと後可能であればデジカメ機能のあるPDAを購入しようかと考えたわけ。研究費では買えない金額なので、お小遣いをためて、ということになるか。カタログを見ていたり、ホームページで機能を調べたりしていると、自分が取り残されているような気がしてきた。
それは、どのPDAもメールのやり取りやインターネットへの接続は可能ではあるのだが、PHSや携帯電話を使うことが前提になっているからだ。公衆電話のモジュラーからつないで・・・と考えていたので、ショックが大きかった。もちろん、PHSや携帯電話を持てばいいのだろうが、普段の生活では必要性を感じないので、月に何回かの外出のために契約しようとは思わない。機能的に「これが適当」と思っていた機種は断念せざるを得ないようだ。
そういえば、学生の名簿を作成するときのデータでPHSや携帯電話の番号を書かせてみると、今年度になってこれらを持っていない学生がほとんどいなくなった。昨年度は、まだ結構空欄が多かったのだが、今年の空欄は数えられるほど。
僕の大学時代は・・・ポケットベルが出始めた頃だったかなあ。でも基本的に、留守番電話もそれほど普及していなかったような。僕の妻の妹が就職活動をするのに必要だからといって留守番電話を買ったという。それまでは留守番電話がない一人暮らしでもそれほど困らなかったのだ。僕が留守番電話を買ったのは、1995年のこと。留学生のチューターをしていて、連絡が取れなかったためトラブルが起こったことがあったからだ。韓国にいた1996,1997年は僕は韓国でポケットベルを持っていた。これが留守番電話代わりだったが、今ではほとんどの学生が日本と同様、携帯電話を持っているという。通信機器の発達には眼を見張るものがある。 伊丹監督の映画「マルサの女」で、査察に入る係官が携帯電話をかける場面がある。ショルダーバックのような大きな機械だ。あれからまだ何年もたっていないだろう。
そんなこんなで、先週末、ショッピングモールへ行って携帯などを見てみた。結論から言えば、まだ必要ない。携帯電話を持ったところで、妻と両親にしか知らせるつもりはないし、かける必要もないと思う。月々の基本料や通話料、例え3000円であっても、本が1冊は買えるからねえ。それに、週末や休日、退勤後まで仕事をするつもりはないし。(笑)
週末、休日、退勤後は自分の勉強の時間だと思っているし、家族のための時間だと思っている。その時間をがんばって作りたいものだ。
6月22日(金曜日):その2
午前中に書き込んだ下のひとりごとに追加。
話題にした本、待ちきれなかったので昼休みを利用して引き取りに行った。自転車の二台にくくりつけてふらふらしながら帰ってきた。66冊のセットだから、なかなかの重さ。今、『国語読本』については、『所蔵している「国語読本」一覧』にデータを書き込んだところだ。今回入手した66冊のセットの中には、修身や算術、国史を始め、当時使用されていた教科書が一揃い入っている。じっくり読ませていただくことにする。
しかし、いまさらながら、自分の研究が多くの人に支えられているのを感じる。今回も、僕が必要としているということを知っていて、古書店のご主人が買い入れてきてくださったということだからだ。ありがたく思う。
6月22日(金曜日)
昨日の退勤直前、懇意にしていただいている古書店のご主人から電話をいただいた。いわく、上田さんが買うんじゃないかなという本があるんだけど。幸い、雨も降っていなかったので、帰りに早速寄ってみた。学生時代に購入したいと考えては、高価なために断念していた本だった。今でも、定価で買うと1ヶ月の給料の大半が消えてしまう。広島大学の中央図書館には入っていた本だったので、必要なときに借り出しては利用していた。それを破格の値段で譲っていただけるという話で、しかも、ある時払いで良いとまで言っていただけた。とはいえ、へそくりと今月のお小遣いとをなんとか都合をつけ、今月中にお支払いは済ませようと考えている。と、書くと、研究費で買えばいいじゃん、という方もいらっしゃるだろうがちょっと無理なのが現状。助手さんの研究費は少ないのです(笑)。そんなこんなで、昨日は永年ほしいと思っていた本が入手できたということでとても幸せな気分。
おまけとして、『英文熟語集』なる書籍まで譲っていただけた。これは、慶応4年に出された英和辞典である。日本語の変化に興味を持っているという話をしていたら、『こんな本があるからあげよう』ということになった。
うちのコースの主任が、「本や資料は求めている人のところに集まる」とよく口にされるが、確かにそんな気がしてくる。水曜日に県立図書館に行って、必要だと思っていた資料があっさりと見つかったのも、そういうことなのかな。探していた資料が出てきたときほどうれしいことはない。そして、その資料をめくりながら1行1行確認していく作業が、実はとっても好きだったりする。学生のときは、というか、博士論文を書いているときは、期限に追われてノイローゼ気味になりながらやっていたことが、実際は一番好きなことだったわけだ。
最近ショックを受けたことがある。大学4年のときに買ったサボテンが、最近元気がないなあと思っていたらついに枯れてしまった。サボテンを枯らすというのは並大抵のことではないような気もするが、普通に日をあてて普通に水をやっていたつもり。水をやりすぎたかなあ・・・妻よりも付き合いの長いサボテンだっただけに、かなりさびしく感じている。愛知から富山、富山から広島、広島から山口、そしてまた広島。6回の引越しをいっしょにやってきたので、僕のことを一番よく知っている相手だったのだが。子供が生まれて、世話が行き届かなくなったのかもしれない。植物は声を出さないから、こちらが気を配ってやらないと。
6月21日(木曜日)
水曜日は研修日ということで、昨日は広島県立図書館へ出かけた。広島市内に転居して何が便利かというと、各種公共施設に出かけやすいということか。バスの便も多いし。
県立図書館、実は蔵書に関しては結構な穴場で、本学の図書館にない朝鮮関係の資料があったりする。ネットを通じての蔵書検索ができないというのが最大の悩みである。早期に検索が可能な状態にしていただきたいと思う。幸い、今年度から研修日を毎週1日いただけているので、学外の資料館、図書館等での調査が計画的に進められる。インターネットを通じての情報検索は、ネット上に情報が公開されているという前提のもとで自宅や研究室から資料の検索、貸し出しの依頼などが行えるわけで、公開されていない以上、自分で直接出かけるしかない。この手間は、ネットが普及する以前と同様である。
梅雨もまだ明けない時期にこんなことを書くのもなんだが、もう1ヶ月ちょっとで前期の授業が終わる。もっとも、8月上旬と9月には集中講義があるので、その準備に終われることは確かなのだが、その一方で、ようやく調査のための長期出張・研修ができるということでわくわくしている。お盆の時期は休みをとっても、出張を入れても、満員の交通機関の中を動かなければならないので、今年はそれを避けて休みや出張を入れたいと考えている。まあ、どうなるかはふたをあけて見なければならないけど。
6月19日(火曜日)
昨日は、娘の検診の日だった。大雨の中、妻が連れて行ってくれたのだが、すくすくと育ってくれ、病院の先生からもう近所の小児科に検診に行けばいいですよ、といってもらえた。もう6キロを越え、生まれたときの倍以上になったのだから、子供の成長というのは眼を見張るものがある。
梅雨らしい天気になって、傘が手放せない。韓国では雨が降らずに自殺者が出るという騒ぎだったが、昨日は大雨洪水警報が出るほどの雨が降ったらしい。僕の働いていた啓明大学、市の中心部から郊外へ移転した真新しいキャンパスだった。で、僕の所属していた国際学大学(国際学部に相当)の建物は、一番の高台にあった。問題はここ。登っていく坂が急で、しかも、上りきったところで建物に入る階段やエントランス部分がすべて大理石。もうすべるなんてものではなく、こわくて歩けなかった。そんなことを思い出した。
6月18日(月曜日)
この週末、広島市内の本通、八丁堀界隈をベビーカーを押しながらうろうろした。幸い、天気にも恵まれ、余計な苦労をしないで済んだ。あるデパートにベビーレストランがあって、離乳食を食べさせてくれる。そのお店には授乳室やおむつ替えのテーブルなどもあり、非常に便利だった。まだ本格的に離乳食をということではないが、こういうお店があると、安心して外出できる。今回は一つの下見、であった。都市で暮らすと、こういうところが便利だ。
この日、うれしかったのは、いいお店を見つけたこと。
入り口はちょっと狭いのだが、赤ちゃん連れでいいですか、と尋ねたところ、気持ちよくどうぞといってもらえた。ベビーカーも玄関に置かせていただけた。靴を脱いであがるのだが、子供には危ないからということで、掘りごたつではない座敷に案内していただいて、とても気持ちよく食事ができた。
雰囲気もよく、今度は夜、お酒を舐めに来ようと思ったりもして、店の名前と電話番号はしっかり控えてきた。
新しいプロバイダーに乗り換えた際、ホームページも用意してもらえたので、こういうオススメの店などはそのうち、そちらで紹介しようと思う。やっぱり、大学のサーバーを利用したページでそういうのはまずいから。
肝機能が低下しているということで、春からお酒を止めている。なくてはならないほど酒が好きなわけでもないので、日常生活に支障はないのだが、先生方や学生との飲み会に参加したときは、ちょっと気が重い。乾杯くらい、と思う人もいるかもしれないが、そこから一口くらい、1杯くらい、1日くらい、となっていくのが恐いので、原則として飲み会はお断りしつづけている。飲むことよりも、食べることのほうが好きだから(笑)
30歳を越えた頃から、量より質、という食の嗜好にシフトしたような気がする。食べ放題、飲み放題、という店に行くよりも、いいお店のランチを食べに行くほうがいい。お酒も、ビールを何倍も飲むというよりも、うまい日本酒を1合、ゆっくり飲むというほうがいい。年末(まだまだ先の話だが)、人間ドックの検査を受けるが、それで肝機能のほうがよければ、少しはお酒を飲み始めようかな、という気も。
好きなものをやめてまで長生きしてどうする、という意見をいただいたこともあるが、酒は僕の中ではそういう位置付けにはない。あっても困らない、なくても困らない、そういうものだ。で、できればお酒は友達と飲むか、家族と飲むか、一人で飲むか、がいい。ベストは一人で飲む、かな。
6月15日(金曜日)
博士論文のオンデマンド出版が開始された。4500円。はたして、どのくらい売れるものだろうか。
というのも、学位を授与されて以降、友人やお世話になった先生方などには簡易製本したものを配布しているし、学会などで配布したこともあるので、同じような関心を持っている人のうち、何割かはすでにお持ちだという事情があるからである。簡易製本したものがなくなってしまい、最近は論文が読みたいというお問い合わせをいただいても、この出版を待っていただくようにお願いしつづけてきたので、ちょっとほっとしている。
さてさて、この週末は娘を連れて初の広島市内探訪の予定。天気がいいといいのだけれども。
6月12日(火曜日)
最近、娘がむずかっているときに、夜風に当てながら歌を歌ったり、昔話を聞かせたりしているのだが、童謡なんて忘れているの物のほうが多いようで、歌詞が途中でわからなくなったり、正しいと思って歌っていると部屋の奥から妻に「違う」といわれたりして、情けないことになっている。娘の手を取って不利をつけながら歌を歌ったりするのだが、「げんこつやまのたぬきさん♪」とか、「おおきなくりのきのしたで♪」とか、「幸せなら手をたたこう♪」、「結んで開いて♪」などが関の山で、他の曲が出てこない。まあ、小学校のときの音楽の成績なんて2や3だったのだから、仕方ないかな。
とはいえ、最近、学校の音楽で教える曲からいわゆる文部省唱歌というものが姿を消しているようである。流行した曲などが掲載されているという。それはそれでおもしろいかもしれないが、流行曲なら学校以外で、そう、カラオケでも歌うことができる。唱歌は、僕の中では世代を超えたものとしての位置付けがあって、おじいちゃんおばあちゃんと一緒に歌える曲という意味で、唱歌には唱歌のよさがあるのではないか、と思うのだが。
話は変わるが、大学院生だったときに鈴木孝夫先生(言語学)の集中講義を取ったことがある。鈴木先生とお昼ご飯をご一緒したときに、先生は「誰もやっていないことをやる」ことの大変さとおもしろさについて話してくださった。思えば、あれは僕が研究テーマを決めるときの一つの重要な一言だったと思う。
学部時代から集中講義に来てくださる先生との食事には、積極的に行くようにしていた。飲み会のほうは、お金がなかったからほとんど参加していなかったけど。うちの大学も集中講義にはすばらしい先生方が日本国内はおろか、海外からも来てくださっているので、お昼ご飯を一緒に食べる、ということに対してもっと積極的になってもいいのではないだろうか。授業のときには聞けなかったこと、自分の卒論のこと、相談すれば、いろんな話が聞ける。
とはいっても、あんまり自分が不勉強だったら恥ずかしいよね。集中講義を受講しようと思ったら、その先生の著書、論文には目を通しておきましょう。今から準備しておけば、8月上旬の科目でも間に合いますよ。
6月11日(月曜日)
金曜日になんともやりきれない事件が起こった。大阪教育大学附属小学校の児童殺傷事件については、もう僕がここで取り上げる必要もないほどに多くの報道がなされている。今回の犯人にしても、以前、殺傷事件を起こしたほかの犯人にしても、共通して気になったことがあった。それは、殺人の動機に「自殺できないので死刑にしてもらおうと思った」と語ったことである。
野坂昭如氏が「なぜ人を殺してはならないのか?」という問に対して、「殺してもよい、だが、君も殺される」という答えを示していたが、その「自分も殺される」ということが、何の歯止めにもならないということを最近の事件は示しているようだ。いや、「自分も殺される」ことを希望する人間が他者を殺すという方法を選んでいるところに、おおきな問題がある。
亡くなった子供たちの冥福を心から祈りたい。
ご家族の方、学校関係者の皆さんのご心痛も察するに余りある。
さて、話は全く変わってしまって恐縮だが、土曜日の夜は麦とろご飯を作った。山芋をすりおろし、だしと卵の黄身をよく混ぜ込んで、塩としょうゆで味付けをする。お好みで酢を加えてもいいだろう。それをご飯にかけてかきこむと、これがまたうまい。ししゃもをあぶり、卵焼きを作って出来上がりとした。料理を作るのは結構好きで、学生時代から新聞や雑誌のレシピの中で食べたいなあと思ったものは切り抜いてスクラップブックに貼り付けていたのだが、自分が料理を担当する日にちょっとずつそれを作ったりしている。早く娘と台所に並んで話をしながら料理を作りたいと考えたりしている。
昨日は広島大学に「ハングル」能力検定試験の試験監督に出かけた。午前8時40分に広島大学に行くのは日曜日だったせいもあり、結構大変だった。普通なら1時間30分みていれば何とかなるのだが、昨日はバスの連絡が悪く、6時20分に家を出た。帰りも広島大学のバス停で1時間ちょっと待つことになったし、もう少し、交通の便がよくならないものだろうか。あれでは、自動車で学生が通学するようになっても仕方ないと思うけどなあ。
6月8日(金曜日)
昨日、某テレビ局の番組で麦とろご飯を扱っていたが、あれ以来、どうも胃袋が麦とろご飯を要求しているようで、やりきれない。明日は僕が食事を作るということになっているので、麦とろご飯を作ろうとレシピチェックをしている。おいしいものを作るのも食べるのも楽しいよね。
どうでもいいことだが、一人暮らしをして12年、結婚をしてからは家事の負担が半分になり非常に助かっているのだが、12年も一人暮らしをすると大概の家事はできるようになってくる。が、僕は一つだけできないことがあって(一つだけではないことはわかるのだが、はっきり認識しているという意味で)、これだけは妻の手を借りなければいけない。それはアイロンかけである。いや、学生時代って、アイロンが必要なものを着てこなかったから。スーツなどを着たところで、1年に数回だったし、来シーズンまで着ないということならクリーニングに出しちゃってたから。ということで、料理も裁縫もそれほど苦にならないが、アイロンだけはダメ。
僕が一人暮らしを始めた頃には、すでにコンビニはあちらこちらにあったし、ファーストフード店ももちろんあったが、それに食生活を頼るということは、食費が以上に高くつくという状況に結びつき、アルバイトを増やさなければならないということに結びついた。僕は働くのが嫌だったので(笑)、自炊を心がけていたのだが、当時はひとり分のおかずがパックされているということがほとんどなく、材料を買い込んで作るという形になり、2、3日は同じ物を食べるという生活だった。ま、それはそれでいいけど。
学生食堂が大きかったのが幸いしていて、昼ご飯は学生食堂で食べていた。88年当時、味噌汁が30円、ライスは60円で、100円あれば何とか食べられたものだ。
愛知教育大学の生協食堂はおいしかった。メニューも多く、安かったし、食堂が清潔だった。
富山大学の生協食堂は、海産物に関してはぴか一だと思う。大学生協でいくら丼、うに丼が食べれらる-しかも500円しなかったと思うーなんてことは他にあるだろうか。天丼なんかも秀逸で、ちゃんとしたえびが3匹載っていた。
広島大学の生協食堂は、キャンパス内に数ヶ所あるのだが、それぞれ個性があり、冷凍食材を使うところ、生鮮食材を使うところと違いがあって、前者は品切れしにくいが後者は品切れしやすいとか、前者は値段変動がほとんどないが後者は値段が日によって変わるということがあったように思う。広島大学生協の食堂で天丼を食べるのは、富山時代を経験した僕にとってはつらかった。何がつらかったかを知りたい方は、広島大学生協の天丼をお召し上がりください。すぐにわかります。味は申し分ありませんから、ご心配なく。
広島大学の生協食堂は、いろいろなイベントをやってくれたので、そのチラシをみるだけでも楽しかった。テーブルマナー講習会や各種パーティなど。愛知教育大学生協のビアホールも懐かしい。
ここ女子大の食堂、何回か利用してみたけど、僕としては毎日通おうとは思わない。メニューが少ないのと、量が少ないのとが理由だ。
女子大に来て、これがつらい(笑)
6月7日(木曜日)
「鬼平犯科帳」の放送が終わり、新たに「剣客商売」の放送が始まった。これも好きな時代劇なので、この時間には間に合うよう、退勤時は気をつけている(笑)。
それはさておき、リンク集に朝鮮日報日本語版からリンクされていた「韓国ホテルの検索・予約」へのリンクを加えた。日本語で検索や予約ができるというサイトである。ただ、価格が円で表示されており、実感として割高である。能力があれば、直接ホテルに電話して予約をしたほうが安いと思う。僕の愛用しているホテルの値段が、3割くらい高かったから。ま、韓国に旅行しようと思う方はいろいろと工夫してみてください。
ただ、僕が小売業の家庭で育ったからということでもないのだろうが、あんまり値切るのもどうかと思う。ぼられている、と思うのならともかく、自分が納得できる価格であれば、それで購入するのがスマートなやり方だと僕は考えている。日本人向けのお店で日本語で買い物できるのなら、そこの店員さんの日本語学習に拍手を送る気持ちで気持ちよく買い物をしてもいいと思うのだが。
ま、観光地での買い物は気をつけたほうがいいのは事実。時々、10倍以上の値段で売っていることもあるから、こちらも向こうの言葉の準備をしていくのが一番。
今日の広島は梅雨の中休みのようで、いい天気。
研究室は相変わらず片付かず、午後から直射日光の入る部屋はエアコンをつけていたところで蒸し風呂状態。窓を開けていれば結構いい風が入るんだけど、今度はブラインドが痛みそうな感じで舞い上がるし、ブラインドを上げると直射日光が入る。難しいところだ。何かいいアイデアをお持ちの方、是非、ご連絡ください。エアコンの使用量が増えて、研究費が削られるなんてことになったら泣くに泣けないから。
6月6日(水曜日)
出勤前にテレビを見ていると、広島県南部地方に大雨洪水警報が出されたという。ここを書いている今、その警報が解除されたかどうかはわからないが、梅雨になったとたんにこうなるとは。我が家は広島市内、南区と中区を隔てる京橋川の側にある。川が増水したりするとちょっとドキドキする。
昨日、コースの先生方と自分の研究で行き詰まっていることについて話していて、多くのアドバイスをいただいた。資料の所在、目録、手持ちの資料などを見せていただきながら話をしていくうちに気づくのは、就職して以来、こういう時間を持つことが激減していること。大学院生のときには、授業のたびに先生や他の院生からいろいろなアドバイスをもらう機会があったが、今はほとんどない。院生の研究会に参加する時間もほとんどなく、学会に行く時間も費用も捻出しにくい状況である。助手というポジションでさえこうなのだから、授業を担当し多くの学内の会議に出席なさる教授、助教授の先生方には研究する時間がほとんどないのではないかという気もしてくる。大学の教員になって研究する時間がないというのは、人材と時間の大いなる浪費だと思うのだが。
さてさて、先日、山口の実家に子供を連れて帰った際に撮影した写真が出来上がってきた。やっぱりプロがとる写真は違う。このとき、僕の着ていた母の手編みのレースの服を子供に着せたのだが、これがなかなかよかった。
6月5日(火曜日)
梅雨入りしたそうだ。しばらく傘が手放せそうにない。
さて、岩手県はちょっとした騒ぎになっている。テレビ番組のひとつのコーナーで不法投棄のゴミを収集するという企画があるが、岩手県庁の対応をそのままテレビで放映したところ、苦情が殺到したという。この放送自体は見逃してしまったが、番組のホームページで大まかな流れを見た。岩手県庁のホームページには県知事の名前で謝罪文が出され、多くの新聞でこの騒動を扱っている。
4月に大型家電の有料リサイクルが開始され、駆け込み需要が見られたのと同時に、不法投棄が過去をはるかに上回るペースで増えているという背景がこの問題にはある。ゴミ処理費用を誰が負担するのか。使用する、或いは使用した人間が負担するという極めてあたりまえのことを、一種の「性善説」的な観点から廃棄する際に徴収するという形にしたため、不法投棄が増えていると見る人もいる。購入時に負担するという仕組みであれば、現在使用中のものはどうするのかという問題もあるだろう。だが、現在使用中のものを税金で処理したところで、今の不法投棄を防止するための巡回や不法投棄されたゴミの収集処理作業に税金を投入するのと比べたら、前者のほうが労力ははるかに少ないと思う。税金投入の学がはるかに多くなるかもしれないが。
ゴミ処理に限らず、たらいまわしに会うことはよくある。これは官公庁だけではなく、民間企業でもよく見られることである。そして、日本だけでなく、2年過ごした韓国も例外ではなかった。せめて自分のところに相談に来る学生に対しては、自分で解決できないにしろ、担当者などをはっきり示すことができるようになりたいと思う。
さて、プロバイダーの乗り換え、順調に行っている。ちょっと困ったことがあって、電話をかけたが非常に応対が早く、気持ちがよかった。なんでも、「何時間使っても安いプロバイダー」部門で2位に選ばれたとか。1位はどこだろう? ま、いいか。安い、だけがいいということではない。以前使っていたプロバイダーは、とにかく回線がいっぱいでつながらないことがよくあった。それがないだけでもプロバイダーを乗り換えたかいがあったかな。
常時接続のことも考えてみた。家にいる妻がそうしたいといえばするつもりだったが、今はまだ見送ることに。ケーブルテレビの回線を利用したり、光ファイバーを利用したりという方法が思ったよりも早く普及しそうだから。電話回線を使うという方法だと、ある大手企業が参入妨害をしているとかで費用も高額で、今ひとつ、踏み切れない。「当社指定の機種に限る」という記述が契約書や利用案内書にある限り、その会社の想定している方法でのインターネット接続は普及はしないだろう。利用者は安い回線、安い機器、を選ぶ権利が当然ある。それがわからない企業は遅かれ早かれ破綻すると思う。
6月4日(月曜日)
プロバイダーの乗換えを進めている。従来使用していたところにファックスを送り契約の打ち切りを申し込んだ。この契約の打ち切りなどをファックスや電子メール、或いは郵送で行って、いつも嫌な気分になるのは、「受け取りました」という連絡がないこと。今回打ち切ったところも、自分の接続IDが今日になって使えなくなっているのを知り、終わったんだなあとわかるという始末。ファックス送信用紙に「なぜやめるのか」という理由を書き込む欄があったが、打ち切った後の連絡の有無というのは記すことができない項目ではある。とはいえ、このプロバイダー、約3年間利用した一番長く付き合いのあったところだっただけに、感慨無料という気もする。3年の間、一度も値上げ、値下げがなかった。つまり、今日では、とても割高なプロバイダーであるということ。使い放題で1000円を切るところがどんどん出ているのだから、もう少し、値下げがあってもよかった。もっと活発に競争が行われることを期待している。
でも日本の通信費は本当に高い。通信費がインターネットなどの普及を妨げているというのは否めない事実だ。
さて、先週末から広島市内で「とうかさん」のお祭りがあった。今年は歩行者天国が廃止され、車道の1車線のみが歩行者用に確保されたという。東広島市西条に住んでいた学生の頃は行きたくても時間がなかったり、お金がなかったりでいけなかったのだが、今、歩いて15分という恵まれたところに引っ越してきても、子供のことがあってなかなか出かけようという気にならない。歩きタバコの人のタバコが子供にあたったら、とか考えちゃうし、人ごみにベビーカーというのは迷惑かなとか思って。広島の町は、ベビーカーや自転車で移動しても歩道が整備されていて苦にならない。西条はちょっとひどかったからなあ。
5月31日(木曜日)
娘がツベルクリン、BCGの予防接種などを受け始めた。ちょっと小さめの娘なのでもう少し先に延ばしてもいいかなあと話していたのだが、外出が増えてくるし、夏、体力を消耗したときにやるよりは今のほうがいいかも、ということで受けに行っている。どうもうちの娘は暑がりのようだ。ちょっとでも蒸し暑いと、大声で泣く。うちわで扇いだり、扇風機で風を動かしていると、機嫌がよくなる。厄介なのは、さびしいから抱いてくれ、と泣いているようなとき。抱きかかえると、暑苦しい、と泣く。おろすと、抱けぇ、と泣く。エアコンがないわけじゃないのだが、まだ5月。それに、エアコンにあてて育てたくないなという二人の考えで、当面はうちわになりそう。
それはさておき、昨日は広島大学での研究会で発表をしてきた。研修日にしているのので、午前中に図書館で調べ物をし、午後から発表をし、夕方はいろいろと意見を交換してきた。有意義な一日だった。この研究会は、僕が広島大学の院生だったころ、院生の有志とともに立ち上げたもので、もう3年目に突入している。毎年、論文集(レフェリー有)を発行している。この研究会も、ややもすれば特定の人物の負担が増すきらいがあったのだが、どうにかこうにか、続けてこれているようだ。参加者の努力に敬意を示したい。
気が付くともう5月が終わる。そろそろ梅雨入り。
5月28日(月曜日)
大学院生との勉強会も第4回目が終わり、どうにか定期的にやるというリズムが出来上がってきたようだ。僕は物事をするとき、終わりを考えて始めるように努力している。例えば、ここでいう勉強会も、誰もやる気がないのに惰性で集まっているというような形になるのは避けたいから、1年間だけやる、とか半年だけやるとか、全員が1回ずつ発表したら終わるという形を取りたいと思ってもいる。1年たったら、またメンバーを集めなおして始めればいいじゃんという考え方。
こういう勉強会は、はじめよう、と言い出した人間がいるうちにやめ方を決めておいたり、やめておかないと、はじめようと言い出した人との人間関係などから、その人が参加しないようになってから会の運営がおかしなことになってしまう。そういうのを何度も見てきた。事務局の仕事も、だれか特定の人物が負担を負うような形にしてはダメ。できるだけ輪番で担当するようにしなくては。もっとも、半年だけやるとか、一年だけやるという形だったら、その会の事務局という形をとってもそんなに負担にはならないよね。口は出すが働かないというのが一番厄介。自分だったらこうする、という発言は、じゃあやってくれという話になったときに引き受ける覚悟で口にするべきだと思うのだが。「任せる」といったらなるべく口を出さないというのが、最低限のマナーだと思う。
日本でも韓国でも同じようなことを結構目にし、耳にする。いや、もしかしたら僕もその一人か。
今週の水曜日、研究会での発表を担当している。発表題目の連絡が遅れて、催促されてしまった(笑)。
週末、買い物に出かけたら365種類のテディベアがおまけになっているチョコレートを売っていた。誕生日と名前をもっているという設定で、多くの人が自分と同じ、或いは家族、友人と同じ誕生日のものを探して売り場に殺到していた。僕も20分くらい中に混じっていたのだが、結局見つけられず断念した。その後、妻が加わって、自分と子供の誕生日と同じ物を見つけてきた。ああいう売り方をすると、複数買っていくもんねえ。箱に月日を書いていないと愚痴っていたお客さんがいたけど、確かに、ポスターで張り出されている人形の姿かたちを覚えて箱に入っている人形を探すというのは大騒ぎになるよなあ。似てるのが多いんだもん、しかも。でもこれも、間違ったのを買わせてて再び買わせるという作戦かも。ちょっと深読みのし過ぎかな。
話は変わるが、昨日の夕方、玄関のドアを止めるドアストッパーを作った。以前、棚を作ったときに残ったあまりの板を張り合わせてのこぎりを引いたわけ。手作りならではのでこぼこのあるものができた。まあ、ドアが止まればいいわけだし。
またまた話は変わるが、交換留学生に日本語をボランティアで指導するために使用するテキストを用意した。交換留学生や私費留学生を受け入れているにもかかわらず、本学には留学生教育を担当する教員がいない。今年は、韓国からの交換留学生なので消去法的に僕がいろいろと雑用をお手伝いしているが、韓国で初級段階を終えた彼女たちに適当な教材というのはなかなか見つからない。読み書きのレベルを見ると、中級前半というよりも中級後半のように思えるが、話聞きは初級段階でもいいくらいだ。結局、音と文字が結びつかない状態なんだろうなあと思う。
韓国の大学で教えている友人と協力して、一つ、副読本でもいいから女子大に来ている留学生向けの教材を作ってみようかという話をしている。本来、教材はその地域に密着したものであればあるほど、学習意欲の向上につながるものだと思っている。実際に使えるし、実際に場面を頭の中で想定しやすいから。やりたいことはたくさんあるのだけど、経済的、時間的な裏づけがないと手が出せなくて。
ああ、最後に愚痴ってしまった。
5月25日(金曜日)
インターネット上で古書店の目録が検索できるのは非常にありがたい。探していた本がひょっこり見つかったりもする。それも、北海道の古書店であったり、四国の古書店であったりで、インターネットがなければ、おそらく手に入らなかっただろう。そのくらい、インターネットは研究に欠かせないものとなってしまっている。何か新しいことを調べようか、と考えるととりあえず検索してみるというのも重要で、見つかったサイトが案外違っていたときでも、そこからのリンクが思わぬ発展を見せることがある。
掲示板を見ていただいたらわかるが、朝鮮にいた自分の祖父に付いて何かわかったら教えてほしい、という投稿があった。僕も祖母が若い頃、仁川で暮らしていたという話を聞いたことがあり、祖母のおじが総督府の官吏だったという話も聞いたことがあるが、祖母のおじの名前もはっきりせず、また、暮らしていた場所も仁川ということ以外わからない。祖母がなくなってもう15年以上が過ぎ、僕が物心ついてからの祖母は入院しっぱなしだったのでなにもかもわからないままである。まだ100年もたっていない頃のことなのに、自分の知っている人のことなのに、わからなくなってしまったことは想像以上に多い。
僕は自分の研究分野を「歴史学」とは捉えていない。「日本語教育史」といえばやっぱり「歴史学」の一面もあると思われるだろうが、私の興味があるのは、教材の変遷、教授法の変遷、そして日本語の変遷である。その当時の言語政策そのものよりも、その政策の下で何が行われていたのかに興味がある。もちろん、当時の史料を細かく見ていくことは重要である。
先週末、子供を連れてはじめて帰省したことは以前にも書いたが、100日の記念に写真を撮りに写真館へ出かけた。そのとき、後から来たお年寄りが開口一番、「おはようございました」とおっしゃった。この「おはようございました」、うちの妻は非常な違和感を持って受け止めたらしいが、僕は子供の頃からある程度聞きなれていた言葉だったので、それほどではなかった。だって、小学校の運動会とかで、PTA会長とか、市議会議員さんとかが祝辞を述べられるときには「おはようございました」だったから。僕の母語としては「おはようございます」だが、「おはようございました」も許容される。
実は、「おはようございました」は朝鮮で教えられていた時期がある。
日本が朝鮮を併合する直前、日本語は「日語」として教育されていたのだが、1905年頃に出版されたと考えられる「日語読本」には「おはようございました」が挨拶の言葉として掲載されている。1907年に出版された「日語読本」では「おはようございます」に改訂されている。100年前には、「おはようございました」は朝鮮の人々に「標準語」として教えられていたわけ。100年の言語変化というのはおもしろいでしょ?
「日本語史」「国語史」という研究分野があるが(妻はこれが専門で、室町時代あたりの日本語の音韻を調べてます)、ぼくはそれほどの長いスパンで扱うことはせずに、明治以降の近150年くらいかな。明治以降の「標準語」がいかに変化していったかを学校教育の中で見ていこうというのが博士論文の一つのテーマでもあった。
そうそう。1905年から1945年までイヌの標準的な名前も教科書が変わるごとに大きく変わっていっている。そのあたりを細かく調べてもおもしろいかも。
5月22日(火曜日)
コースのホームページの背景を「アジアっぽく」したいなあと考え、ネット上にあるフリー素材を探索した。そのうち、韓国、中国などの食べ物の写真でもいいかな、とか、俳優の写真というのもおもしろいかもと考えが広がり、いろいろなサイトを探索した。思ったのは、あたりまえのことだけれども、すでにネット上には国境がないということ。日本のアイドルを応援するサイトにしても、日本のテレビ番組を紹介するサイトにしても、日本語以外の言語で運営されているページのなんと多いことか。コースホームページを日本語でのみ公開しているのがかなり恥ずかしくなってきた。何とかしたいものだけれども。
話は変わるが、今週から中国語の授業を覗かせていただくことにした。中国語を定期的に勉強するのは、富山大学大学院在学時に留学生に頼んで指導を受けていた時期が最後かな。学部の時代にはがんばったんだけど。オリゼミのときに中国語の先生の隣に座っていろいろ話をしているうちに、もう一度はじめようかなという気持ちになったわけ。もともと、台湾や中国東北部にある資料を調べるために中国語は必要不可欠なものだという考えをもっていたので、いい機会だと思う。とはいえ、「若い」学部生と一緒に授業を聞いてどのくらい頭に残るのか・・・さっき、テキストを購入してぱらぱらと眺めてみた。学部生時代に勉強していたものとテキストが違うのだから、既習単語も既習文型も異なっていて、戸惑うところが多い。本文の音読なんて、ピンインを見ながら顔を上下させて(笑)ちょっとずつ。
観光にしても調査にしても、その土地の言葉で少しでもコミュニケーションが取れたらとても楽しくなると思う。韓国での生活はそれを立証してくれた。今年は無理でも、来年、再来年、研究費がしっかりつくようになったら、台湾や中国東北部に調査に行ってみたいな。今晩は久しぶりに中国語の辞書をめくってみよう。
今日は演習室の蔵書の整理で一日が過ぎていった。研究室にはお昼ご飯の時間以外殆どいなかったから、電話連絡をいただいても不在だったと思う。しばらくこういう日が続くかもしれない。何か御用の際には、メールが確実です。よろしく。
5月21日(月曜日)
オリゼミ2日目のバーベキューも楽しく過ごすことができた。久しぶりに、肉をふんだんに食べることができた。食後は学生や他の先生方はアスレチックや野球で体を動かしていらっしゃったが、僕は一人で木陰に入り昼寝をしていた。こんなんだから、太るんだという指摘は正しいと思う(笑)。
さて、体中が悲鳴をあげるような状態で迎えた週末、娘を連れて実家に戻った。レールスターを使うと乗り換えの待ち時間、鈍行を使っても2時間もあれば十分。レールスター、子供連れだと7号車8号車の指定が便利だ。授乳や着替えに利用できる多目的室、電話、車掌室、トイレがすごく近い。禁煙席だし。で、2列2列の座席なので、通路もゆったりしていていい。ベビーカーでもゆったり通れそうだと思った。問題は、新大阪までしか走らないというところか。車がない分、移動手段はいろいろと考えてしまう。今回、レールスターおつかったのは正解だった、と思う。ただ、ね、トンネルに入ると耳がキーンとするでしょ。あれのせいで子供がむずかってしまいました。何か飲み物を用意しておいたら、そのたびに口に含ませることができて、解決できたと思う。
木曜日、金曜日とオリゼミで不在がちにし、土曜日、日曜日は帰省していたため、メールがいっぱいたまっていた。
ホームページの更新が終わったら、返事を書きますのでメールを送ってくださった皆さん、もう少し待っててください。
5月17日(木曜日)
今日は、オリゼミ第一日目。今年の国際文化学部の行事は、初日のソフトバレーボル大会、2日目のバーベキューということ。その第一日目のソフトバレーボール大会がつい今しがた終わり、重くなった足を引きずりながら研究室に帰ってきた。元来、スポーツとは縁遠い生活なので、3試合目くらいから足が張ってきてしまった。とはいえ、何か調子がよくて、結局3位に食い込むことができた。僕というよりも4人の学生の活躍が目覚しかったことは言うまでもない。賞品のもみじ饅頭などを手に入れて、帰宅してからおいしくいただくつもり。
明日のバーベキュー大会、天気はよさそうだから帽子を忘れないようにしなくちゃ。
今日は疲れたのでこれでおしまい。次の更新は週明けになります。
5月13日(月曜日)
今週末、子供を連れて帰省する。ゴールデンウィークをはずして移動することにしたのだ。新幹線を利用すれば乗り継ぎや鈍行に乗る時間、駅までの所要時間を考えても2時間程度で帰ることができる。便利になった。
韓国で暮らしていたとき、1ヶ月に1度、ソウルに遊びに行った。遊びに行ったというよりも、教材になるような日本の雑誌を買いに行ったり、日本の小説を買いに行ったりというのが主な用件だったのだが。1996、97年当時は、大邱にはまだ日本書籍を売る書店はなかったと思う。地下商街でアニメーションがらみの雑誌を売っている店は結構あったけど。それで定期的にソウルや釜山に出かけていたわけ。
さて韓国の鉄道は、まだ国有鉄道で、日本の新幹線のように軌道が広い―いわゆる広軌―。日本と異なっているのは、プラットホームが低いこと。列車に乗るには、列車の乗車口にある階段を上らなければならない。これが結構大変。日本はプラットホームが高いから、乗り降りは便利だよね。その代わり、転落しての事故が絶えないけど。旅行用の転がすタイプのスーツケースなど、かなり気合を入れないと重たくてあがることができない。韓国では基本的に、改札口を通る事ができるのは目的の列車の表示に『改札中』という文字が点滅しているときである。ホームにいるのは、その列車に乗る人だけ、という形になるので、それほどの混雑はない。車内放送は、僕の住んでいたときには、韓国語と英語だけだったが、最近では日本語のアナウンスも行われるようになった。大邱からソウルまではおよそ3時間。日本での鉄道利用になれている人間にとって、韓国の鉄道ははるかに安い。つい贅沢をしてセマウルの特室(グリーン車に相当)に載ってしまう。それでも大邱からソウルまで2000円くらいだった。食堂車はあまりお薦めできないかな。ゆれはきついし、料理も値段の割に今ひとつだし、僕は列車で酔ったことがなかったのにセマウルの食堂車では酔ってしまった。
話がそれてしまったが、子供を連れての旅行は今度のこれがはじめて。新幹線自体には30分程度しか乗らないのでおむつ替えの心配はあまりないのだが、駅でのおむつ替えは結構大変なんだろうなあ。女性用トイレにその設備があったところで、僕が一人で子供を連れていたら、入るには入れないし。もう少し利用しやすくなればいいのにな。
関連した話だが、駅や地下街の階段、もう少しエスカレーターやエレベーターをふんだんに設置してはどうだろうか。
少なくとも、階段ごとに上り下りのエスカレーターは必要である。車椅子利用者を始め、松葉杖の人もいるし、ベビーカーの人もいるし、買い物をしての大荷物の人だって。そういう不便を感じる人に遠回りをさせるというのは問題があるだろう。
たとえば、駅の階段なんかには、車椅子の人は駅の係員を呼んでくれと書いてある。じゃあ、そういうひとのグループ旅行のとき、駅の人はどれだけの人数を割いて手伝いに来てくれるのか。ちょっと想像力を働かせば何をしなければならないかわかりそうなもの。障害を持つ人に便利なものは、普通の人にも便利なものが多いんだけどな、実際。自販機の受け取り口が腰の高さくらいにあるというのも、かがんで取るよりも取りやすいでしょ。効果の投入口が皿タイプになっている自販機だったら、手袋したままでも放り込めるでしょ。
ちょっと普段から不満に思っていることを書き連ねて話がどんどんそれてしまった。
話は全然変わるのだが、急に思い出したことがある。
僕が韓国の大学との契約を終えて帰国するちょうど2ヶ月くらい前、韓国はIMF危機に陥った。日ごとウォンで渡される給料の価値は目減りしていき、外国人講師はアメリカドルでの支払いを要求するということにもなった。が、ウォン建ての給与の額がどんどん増えていくことで、落ち着いていた。
さて、そのIMF危機のとき、韓国では外貨不足ということで輸入が極端に減った。その結果何が起こったかというと、小輸入に頼っている食品の値上げだった。笑ったのは、ビビンバから卵が消えたこと。一時期、うわさではオムライスからも卵が消えると聞いたこともあった(笑)。卵なんて輸入してないだろうにと思っていたのだが、こんな話を聞いた。マヨネーズなどの加工食品では粉末状に加工した卵を輸入している。ところが、この輸入がストップしたために、国内で生産していた生卵がそちらにまわされ、結果として生卵がなくなったという。
このときまで粉末卵なんて考えたこともなかったのだが、日本でも『新鮮な卵を使ったマヨネーズ』というのが売りになったり、最後に卵を入れて完成させるマヨネーズなどがあるところを見ると、僕が専ら食べていたマヨネーズも粉末卵を使ったものだったのかもしれない。食料自給率がどうこう言うつもりはないが、日本も韓国と同じようなことになったら、食べ物はどれくらい確保できるのかしら。興味のある人は、ここをクリック!
5月9日(水曜日)
いやぁ、急に暑くなってきて、汗っかきの僕としてはつらい季節になってきた。幸い、研究室のある7階は、廊下の窓も全開にしておけば、真夏であってもいい風が吹いて涼しい。午前中はエアコン要らず。午後は、直射日光が入ってくるので、ブラインドを下ろしておかないとそれこそ生きた心地がしない。で、この前から研究室の模様替えをしているのだが、ホワイトボードを窓際から机の前に持っていって・・・といっても、研究室を見たことのない人には何のことかわかんないだろうなあ・・・風がうまく入るようにした。
今日は、インターネットを通じて知り合った(まだ実際にお会いしたことも、電話で話をしたこともないんだけど)研究者の方から論文の抜きずりを送っていただいた。学会も重なってなかったのに、ホームページを通じて知り合えさらに情報が交換できるなんて、ほんの10年前には想像もできなかったこと。これで勉強できなかったらうそみたい...とか思ったりもする。だが、それだけに確実に自分の研究も人の目にさらされるということだ。昨年は、朝鮮総督府編纂の教科書について日本各地の図書館から問い合わせがあったが、関心を持ち探している人がそれだけいるということ。古本屋さんを巡っても集まりにくくなったのはそのせいかしらん。まあ、じっくりと集めていきましょう。
博士論文の出版に向けた確認用の製品本が届いた。ちょっと問題があるのがわかったので、作り変えになると思う。すこし発売が遅れるかも。
5月7日(月曜日)
今年の連休は、思っていたよりもゆっくりと過ごすことができた。資料の整理や調査も順調に進んだし、たまっていた本もある程度は読めたし、子供と散歩にもいけたし、妻と食事にも出かけられた。
妻の両親と弟が子供の顔を見にやってきて、みんなで食事に出かけたりもした。平和大通りで催されたフラワーフェスティバルにも、ベビーカーを押しながらちょっとだけ出かけてみた。ものすごい人出で、ベビーカーを押して通るのは結構大変。今回は、義父の退職祝いを兼ねてという気持ちでちょっといいお店に食事に行った。山のふもとにある豆腐料理専門店で、雰囲気もよく、値段の割に質量とも充実したトコだった。豆腐料理というと、枯れた印象を受けるが、これが実にうまい。毎回焼肉とか、寿司とかいうのではおもしろくないしね。
話は変わるが、子供のおもちゃのことを考えているときに義父からユニセフの販売しているおもちゃの事を聞いた。購入すると、利益の一部が寄付されるという仕組みだという。ユニセフのホーム-ページへの無断リンクはできないので、今日のところはそういうものがあるという紹介だけ。検索エンジンでユニセフを検索すれば、ホームページにたどり着くのは簡単なことなので、興味のある方は是非。子供用品だけでなく、ハガキを始め、かばんなどの一般向け物品もあります。
さてさて、今週はアジア文化コース主催でアジア文化セミナーを開催する。多くの方が参加してくださるとうれしいのだが。
5月2日(水曜日)
今日の広島は雨。先ほど、妻からメールが届いた。広島市内に大雨洪水注意報が出たらしい。午後からは雷を伴う激しい雨とか。
本来、水曜日は自宅研修日なのだが、本や資料を殆ど大学に持ってきていたり、図書館を利用したいということもあって、大学に来ていることが多い。今日もそうだ。水曜日だけは、コースの先生方も僕に回す仕事を明日以降にしてくださるし、家族のほうも放っておいていいということにしてあるので心置きなく本が読める。幸せな一日だ。
さて、ホームページの更新、次は連休明けの5月7日が予定です。
明日からゴールデンウィークの後半に突入。広島市内の平和大通りではフラワーフェスティバルとやらが催される。雨が上がってくれればいいのだけれども、晴れたら晴れたで、ものすごい人ごみだろうなあ。我が家から平和大通りまでは、歩いて5分程度。雨さえ上がれば、娘と一緒に出かけようかなと思っている。
博士論文のオンデマンド出版も、内容確認の製品本が来週早々に届くという連絡があり、もう一歩というところ。内容確認が済んだら、ホームページから販売のページまでのリンクを貼りますから、是非、ご購入ください。1冊4500円の予定です。子供のミルク代になります(笑)
以前、ホームページでオンデマンド出版の準備中と書いたら、結構問い合わせをいただき、ありがたく思っている。しかし、博士号を授与されたときに100冊簡易製本したものを作って、指導してくださった先生方やお世話になった方々、学会で配ったりしたので、もう買っていただける方は少ないような気もする。とはいえ、植民地朝鮮における「国語」教育に関心をもたれた方のとっかかりの1冊にでもなるとうれしい。
目指すのは「時代に左右されない研究」。
これは当然のようで、実は非常に難しいこと。文系だけでなく理系もそうだと思う。時々、大げさに言うと、命を張ってる、と思うことがある。特に植民地に関わる研究など、発表するたびに腹の奥底に力が入るんだよね。学会で言い合いになったりするし(日本国内ではまだ経験してません。韓国での学会発表で一度かなり厳しく突っ込まれて言いあいをしました。``r(^^;)ポリポリ
イデオロギーは確かに社会を動かし、人を動かす力がある。ある事象を見てイデオロギーを抽出することは間違っていないと思うが、特定のイデオロギーに乗っかっての研究は意味がない。まだまだ植民地に関する研究では事実の掘り起こし、積み上げが不十分だと思う。「事実の発掘」が、おそらく僕の一生をかけてやる仕事になるだろう。その「発掘された事実」に基づいた分析は、次の世代かその次の世代の仕事になるかな、という気も多少している。「事実の発掘」といっても、これも結構大変なんだよね。だから、自分を常に常に客観的な位置に置こうと意識し、努力する。そうすると、教科書の分析は非常に機械的な作業になってきてしまって眠くなっちゃったりして。
例えば、カタカナの「ハ」と「タ」を教育するときに、「ハタ」(旗)という単語にして教えるか、「ハ」(葉・歯)「タ」(田)という単語にして教えるか、或いは「タハタ」(田畑)という単語にして教えるか。教科書の編纂者はいずれかを選ばなければならないとする。「身近にある物」という基準では、おそらく選択できないだろう。直接法での教授を考えれば、いちばん簡単なのは「旗」だろう。だが、教科書に日章旗の挿絵とともに「旗」という単語が導入されていれば、直接法に便利な語彙を選んだという分析ではなく、イデオロギー教育のために便利な語彙を選んだと考えられやすい。実際はどうだったのか。
「実際はどうだったのか」ということを明らかにするのは非常に難しい。文書として残っていたとしても、それは他人の目を意識した記述であるかもしれないし、取捨選択された文章であるかもしれない(新聞の投稿や雑誌の投稿はこれがこわい)。だが、「旗」という語彙から教えたという事実は、教科書を調べればすぐわかる。そういう蓄積が、従来の植民地教育における教科書研究では欠けていたきらいがあった。
博士論文では、朝鮮で使用された全6期にわたる『国語読本』を異本も含め可能な限り収集し、その中の記述を句読点や活字の異同を含めて詳細にデータ化した。
このあたりのことをわかってもらった上で、趣味が仕事になっているわけではないというところを理解してもらえるとうれしいなあ。日本の近代を扱っている研究者は、それが歴史学であろうと言語学であろうと、教育学であろうと、みんなその時期と四つに組み合って格闘しているわけだから。
論文や調査報告、1行書くために何週間、何ヶ月の準備がある。今書いている論文も、次の1行を書くための準備が終わらないまま、もう3ヶ月が過ぎようとしている。研修日は本当にありがたい。後は、研究費を確保するだけかな。がんばろっと。
5月1日(火曜日)
ゴールデンウィークの前半が、それこそ、「あっ」という間に過ぎてしまった。何をしたかといって、とりたててやったこともないが、こたつを片付けて扇風機を出したとか、ステレオの配置を変えて子供に何かを聞かせようとごそごそしたことくらい。だって、雨だったから、広島は。傘をさしてまで、子供を散歩に連れて行く気もしないから、ね。
とはいっても、初日4月28日は、少し離れた大型モールに買い物に出かけた。ベビーカーを押しながら、妻と3人で。この大型店は、子供の生まれる前に行ったことがあったが、バリアフリーで店内に段差が殆どなく、エレベーターも非常に広いのでベビーカーを押しながらの買い物が苦にならない。勿論、通路も広く、安心して子供と回れる。妻に聞いたのだが、授乳室も清潔で、ベビーベッドもきれいにしてあったとのこと。このお店では確認しなかったのだが、最近の大型商施設では、男性トイレにもおむつ替えのためのスペースがあって評判がいいという。この日でかけたお店では、授乳室はベビー用品コーナーのそばにあったが、そうはいっても、男が入るにはかなりの勇気がいる。中で授乳中のお母さんもいるだろうし。
でも、これでこのお店は子供と来ても大丈夫という安心感ができ、家に閉じこもっておかなくていいねという話になった。
話は変わるが、28日の夕方にステレオの配置を換えた。アナログプレーヤーだ。CDの登場、正確には覚えていないが、僕が高校生(85〜87年)のときだったのではないだろうか。一般に出回るという意味では。最初に見たのは、近所に住んでいるおばがCDプレーヤーを買ったといってうちに見せに来たときのことだ。当時はLPレコードが主流で、レンタルレコードのあの大きな包みを持っているのが一つのステイタスだったりもした。で、当時使っていたアナログプレーヤー、アンプ、スピーカーの3点は、大学進学の際、部屋が狭いからといって実家に置きっぱなしにしていたのだが、結婚してちょっと広めの家に越したために実家から運んできたものだ。12年近く放っておいたものだから、ちょっと具合の悪い部分もあるが、ま、それでも使うのにそれほどの不便はない。
それを今回、スピーカーだけ子供の寝ている部屋に引っ張り込んで音楽を聞かせようと考えたわけ。なにぶん、中学生、高校生の自分に買ったレコード類なので、クラシックといっても15枚くらいしかない。そうこう思っていて、昨日の夕方、散歩がてら一人で広島の中心街に出かけた。うろうろしていると、中古レコードを販売している店を見つけ、早速店内に。
クラシックはなかったけど、懐かしいレコードの数々。見ていて驚いたのは、米米クラブのLPがあったこと。まだLPレコードを出していたじだいだったっけ?と一人首をかしげていた。後藤久美子というのもあったな。3枚500円という値段なので、けっこう気軽に買いこめた。山口百恵とか尾崎豊なんて一枚あたりの値段になっていてちょっと格が違う扱いだった。買った6枚のLP(何を買ったかは秘密)、家に帰って聞いてみたが、1枚、針飛びをするものがあった。針飛びをして、同じフレーズを繰り返してしまうというのも、アナログレコードならでは(笑)。
でも、最近はアナログプレーヤーが復活してきていて、ちょっとうれしい。ジャンルに偏りがあるようにも思うのだが・・・ま、それもしかたがないかな。
さてさて、今日は連休の中日。授業はしっかりあるのだけれども、休む学生が多いんじゃないかな。帰省したりしてるだろうし。
連休といえば、僕の大学一年目の連休は悲惨だった。当時、まだ日曜日、祝日のキャッシュコーナーはしまっているのが普通で、開いているのは本店くらいだった。お金を引き出すのを忘れていた僕は、連休中ずっと家にこもっていた。銀行の本店まで行くためのバス代なども財布にはなかったから。銀行にはお金があったんだけどね。友達はみんな帰省してたし、なんか、家でずっとテレビを見ていたように思う。なにやってたんだか。
4月27日(金曜日)
いよいよゴールデンウィーク。このホームページの更新は、5月1日までお休みです。
このゴールデンウィークは、家の周りの公園や広島市内の歩いていける範囲で催されるイベントに出かけようと考えている。まとめている論文を一気に仕上げれば、という気もするが、新展開の資料があることがわかったので、それが出てくるまではお預け状態。古書の整理も少ししたいと考えてはいるが、夏に向けての家の準備もしなくては。梅雨に向けて、おむつが乾かないと困るのでストーブは出しっぱなし。
やっぱり4月はとても慌しく、自宅研修日をいただいたおかげで少しは勉強できたが、体系だったことがあまりできなかった。ここのところ、古書店を回ったり、古書店のサイトを探しても、なかなか朝鮮で使用されていた教科書の類に出会うことが少なくなった。韓国に行っても、大都市の古書店ではめったに見かけなくなっている。とはいえ、もう7ヶ月も韓国に行っていない。2〜3ヶ月に1回くらいの割合で韓国に行くことができれば、資料集めもスムーズに行くんだろうけど。まあ、こんなことは愚痴を言っても始まらない。
韓国に関心を持つ学生が今年は多いという話は以前に書いたが、1年生の中で勉強会をやろうかという動きがあるらしい。交換留学生もいるし、今年はそういうことを始めるにはいい年だと思う。ネイティブの先生もいらっしゃるし、なんたって広島女子大学はアジア関係の教員の充実度は中四国地域でダントツだから。
4月26日(木曜日)
インターネットでの情報公開のおかげで、海外から大学院進学の問い合わせをいただくようになった。修士課程は今年が2年目ということで、修士論文執筆が待ち構えている。アジア文化の院生は、社会人の方が多く、2年で書き上げるというのは一般の院生に比べてはるかに大変な作業だと思う。それに、先輩がいないという状態は、資料の探し方、論文の書き方、そしてその大変さやテクニックを半ば独学していかなければならないという大変さが伴う。
今年入学してきた2名の大学院生は、先輩がいる分、気持ちが少し楽かな。
さて、おとといの続き。
子供のおもちゃ、あーでもないこーでもないと妻と二人でネットにつないだパソコンの画面を見ながら話をしていたが、ふと、子供が二人であれば、いいものを大切に使うと半額になる、三人なら三分の一だ、ということに気づいて、それなら木製のしっかりしたいいものを買おうかという話にまとまりつつある。カタログやネットの写真だけでなく、実物が見られるところはないかなあ・・・
4月24日(火曜日)
「マイライン」、どこがいいのかということで、先週末から妻と資料を見ながら検討を重ねていた。しかし、実に見にくいデータだ。もっとも、料金なんて各社が自由に決めるわけだから、距離や割引率、割引の基準がまちまちであっても仕方がない。ここはあきらめて、よくかける何件かを選び出し、実際にどれくらいかかるかを計算してみて、と思っていた矢先、電話料金がいくらかかるかを計算してくれるフリーソフトが開発されたという記事があった。昨日、自宅で早速ダウンロードして、いろいろな試算をしてみた。結果、今の我が家の状態だとこのまま登録をしないでいる状態に比べるとかなり安くなる会社を見つけた。いいソフトを見つけたと昨日は妻と二人、なかなかの上機嫌だった。
ついでにいうと、今、プロバイダーの見直しも進めている。今、利用しているプロバイダーは「定額使い放題」の先駆け的な会社で、料金も当時は一番安かったのだが、3年近く経った今、決して最善の選択ではなくなっている。電話代を含めた料金体系をもつものや、同じ定額使い放題であっても、現在使っているプロバイダーの半額以下のところだってある。ISDNなどには今のところ手を出すつもりがないので、普通の回線接続という前提での話だが、安いプロバイダーだと回線がいつもいっぱいで接続しにくいという状態が生じることもあるので、回線状態と料金の天秤という感じ。
インターネットを使った買い物、よく利用するという話を書いたが、回線が混雑しているときに利用すると思わぬ失敗をしてしまう。先日、花束を贈るということで、ネットを利用したのだが、回線が混雑していて『注文』というボタンを押しても次の画面につながらないまま接続がきられてしまった。仕方なく、もう一度つないで、同じように『注文』というボタンを押してしばらく待っていて、うまくいかないなあと思っていたのだが、後日、花束がなぜか3つ注文されていたことが分かった。妻が、キャンセルの電話をしたとき、『二つ注文が入っている』と聞き、その二つをキャンセルしたのに、当日、一つの花束が届いたという連絡が先方からあった。注文確認のメールをしっかり見ていなかったというところは自分のミスだが、「何で3つも注文が・・・」と、妻と二人でいぶかしんだことがあった。
とはいえ、昨日の夜も、自宅から子供のおもちゃを検索した。カタログで予め探していたのだが、あまりにも高くて、ネットだったら中間マージンがない分安いんじゃないかという話になり、接続していろいろ見てまわった。
プラスチック製のおもちゃよりも木製のほうがずっといいね−センスも、値段も、安全性も−ということで、今晩も安く買えるサイトを探す予定。別に国内に限らなくても、海外に直接注文したっていいわけだから。でも、「買う」と言う選択のほかに「作る」という選択もある。今の家に引っ越してきたときに、棚がいるということで大きさを測って随分と家具屋さん、ホームセンターを回ったことがあったが、結局、板を買ってきて自分で作った。子供のおもちゃも、とりあえず、積み木くらいは自分で作ろうと思っている。角材を買ってきて、切って、やすりをかけて・・
ある意味、ウィンドーショッピングとか、カタログを見るとかいうのは、アイデアや工夫を自分に取り込むという働きもあって、子供のおもちゃも金額によっては、自分が作ってしまうものが多くなるかも。
竹とんぼなんかは、父によく作ってもらった。万華鏡も作ってもらった。僕は子供に何が作ってやれるのかな。ゴールデンウィークは、木工三昧になるかもしれない。
4月23日(月曜日)
留学生に日本語を教える、ということに関して、興味を持つ学生がボランティアに応募してくれている。学習者の母語を知らないと教えられないと信じている人がまだまだ多いようだ。もっとも、教師が学習者の母語を知っていて使わないのと、知らなくて使えないのとでは、雲泥の差があることは否めない。でもそれは、学習者の間違いを分析するのに必要であるとか、学習者の間違いを予見するのに必要だということである。
もう10年以上も前のことだが、日本語教育学会の中部地区の研究会で、早稲田大学の川口義一先生が直接法の実際を聴衆を相手に実演なさったことがあった。ロシア語を直接法で習って、その後、簡単なテストをして成果を確かめるというものだった。学部の2年生のときだったと思うが、まだ日本語教授法の授業を取っていない段階で、『直接教授法』に一抹の不安を感じていた自分としては、まさしく、目がさめるような体験だった。とにかくおもしろく、そして、頭に入ったのだ。ただ、直接教授法は、教師側の準備が大変であることもわかった。そして、授業時間中、教師は、学生の集中力を途切れさせないように、絶えず動き、話し、非常な重労働であることもわかった。
いまだに日本語教育といえば英語でやるのかという誤解をしている人がいる。それに日本人なら誰でもできるというこれもまたひどい誤解をしている人も多い。こういう認識は、僕が大学に入った頃と大して変わってないなあ。実は、戦前にもこのような認識の人が多かったらしく、当時の日本語教師がその著書の中で同じような愚痴を書いているのがわかる。学生にはそんな誤解を持ってほしくない。
4月20日(金曜日)
今年度前期分の履修登録の受付を昨日、今日と行っている。一年生が質問にやってきたりするが、自分の昔を思い出して楽しかった。何人かの一年生は、自分が登録しようとしている授業数が適当かどうか、ということで悩んでいた。自分で好きなように授業を選ぶというのは、考えてみればほとんどの学生にとって初めての経験だろう。
働き始めてわかるのは、大学、大学院と学生時代には時間がいっぱいあったということ。有意義に過ごしてもらえたら、と思う。
さて、本学に4人の交換留学生がソウル市立大学からやってきた。受け入れは初めて(私費一般留学生は別)で、その対応にあたることになったが、事務の方のお世話でどうにかこうにか今日までやってこれた。今、彼女たちは奨学金の応募や、自転車レンタルの申請などで忙しい。物価の安い韓国から来た彼女たちにとって、全てが高い。教科書一つ取ってもそうだから。もう少し早く手を打って卒業生から自転車や電気製品を集めておくんだったなと思うが、後悔先に立たずというやつ。学生ボランティアの集めてくれたものを元に生活を始めているようだ。
学生ボランティアや、日本語の勉強の相手をしてくれるボランティアの募集も順調のよう。僕も学部生の時代から結局12年間、ずっと誰かのチューターをしてきた。中国、韓国、台湾、インドネシア、タイ、フィリピン、ガボン、スリランカ、ベラルーシ、マレーシア、いろんな国の人と出会え、いっしょに書類を書き、日本語の勉強の手伝いをした。政情不安のため、帰国後連絡が途絶えてしまった留学生もいる。いまだに連絡を取り合っている留学生もいる。全てを教員や事務の方で対応するのは無理。そして、留学生にとっても教員や事務の方との付き合いだけでは日本に留学してきたところで楽しさは半分以下になってしまうだろう。是非、多くの学生のボランティア参加で、彼女たちの日本での生活をいろいろな面でサポートしてほしいと思う。
あ、でも、一人で抱え込んじゃダメ。友達や、教員や、事務の方に困ったら相談をする。がんばることと、無理することは違うから。
という言葉は、もう10年以上も前に僕が留学生教育担当の先生から言われたこと。まさか同じことをいうはめになるとは・・・
4月18日(水曜日)
韓国にいるとき、日本の金利の話をしたら何人かの学生が笑って僕にこういったことがある。
「先生、パーセントは100倍にします」
何の事はない、当時韓国の金利は17パーセント前後だったように思うのだが、日本は0.05パーセントくらいで、100倍したところで5にしかならないわけだから、日本の金利が低いとはいえ、100倍して0.05というのは信じられなかったのだろう。
時間外手数料で105円取られたり、振り込み手数料で210円取られたりということ、これだけの金利を稼ぐにはどれだけのお金を預けなければならないのか、銀行も「口座維持費」の徴収というような方向での差別化を図るべきではないか。某外資系の銀行なんかそうだよね。あと、子供が生まれて母親は外に出られない、父親は仕事という状態のとき、インターネットで振込みなどができるインターネットバンキングの制度はとてもありがたいと思う。もっと大々的に普及を図ってもいいのではないだろうか?セキュリティの問題があるのかしらん。
最近は、電報を打つのも、花束を贈るのも、それから、ギフトの注文もほとんどがインターネット経由だ。家で、妻と二人が画面を見ながらあーでもない、こーでもないと話をしながらみている。赤ちゃん用品なんかもそう。子供がようやくベビーカーに載せて外に出られるというくらいになったのだけど、まだ、人ごみに連れて行くのは嫌なので、夫婦でそろっての買い物は専らインターネット。
話が長くなって恐縮だが、大学院生主催の勉強会も今週末で3回目。社会人学生が多いので、週末を利用するということになっているのだが、今年は修士論文を提出するという計画を持っている院生が多いので、発表も充実してくるのではないだろうか。
教員側もアジア文化セミナーを企画している。2月にも行ったが、今の次の企画を準備中。準備が整い次第、コースホームページで告知します。お楽しみに。
4月16日(月曜日)
自宅近くのスーパーで韓国物産展をしている。
そこの大きな垂れ幕にこう書いてあった。
「ネゴヒヤソ キムチ」
一体何のことだろうとしばらく考えていたのだが、「あっ」と思いついた。4番目の「ヤ」は、本来小さく書く拗音の「ャ」だ。そして、「ソ」は「ン」の書き間違い。本来なら「ネゴヒャン キムチ」が正しくて、「私のふるさとのキムチ」といったところの意味になるのだろう。韓国でかかれている日本語を見て「どうして日本人に一度見せないんだろう」と疑問に思ってはいたが、まさか日本でこのようなものにお目にかかれるとは思ってもみなかっただけに、家に帰ってから妻と大いに盛り上がった。
妻も私も韓国で暮らしていたことがある。妻と私は同じ大学で教鞭をとっていた元同僚だ。で、妻は在職時にその土地の観光案内地図の日本語版の作成をしていた人から個人的に校正を頼まれたことがあった。校正を済ませて渡したのだが、何も変わっていない状態で印刷され完成した。なんでだろうと思ったら、間に合わなかった、という。こういうことは韓国でしょっちゅうあった。僕と妻が校正を頼まれた教科書も、校正が来た段階で明日までに出してくれという始末。徹夜でがんばって、で、渡したときには、なぜかもう印刷機が回っていたりする。で、書き込んだ校正は殆ど何も反映されなかったりする。で、構成した人間として名前が残ってしまう。そんな嫌な思いをしたこともある。あ、思い出した。論文を掲載してもらったときも、校正が反映しなかった。名前が違っていたことさえあったぞ。
てなことを思いながら、韓国で買った日本の海賊版CDを見てみる。「長淵剛」の「身をすここニそ」っていうのは、「身をすててこそ」だろうなあ。藤谷美和子の「わずかの漏」というのは「わずかの涙」ってとこかな。VANILLAの「愛をちょろだい」は「愛をちょうだい」。
ネイティブに一度見せたところで、僕たちのように反映してもらえない訂正ということもあるし、こういうのを「楽しむ」という姿勢もいいかもしれない。
いい忘れてた。そこで売ってたキムチは、とてもとてもおいしかった。韓国直輸入と書いて普通に売っているのより、遥かに韓国のキムチだという味がした。今日まだやっているようだったら、もう少し買ってきておきたいな。
4月13日(金曜日)
さてアジア文化コースのトップページを新しくした。トップページ以外は、手をつけていないのでぼちぼち作り変えていきたいと考えている。今回のリニューアルの特徴は、「軽い」。動画や音楽をなくし、旧機種のパソコンでも早く情報が集められるように、と配慮してみたのだが。iモード対応の希望もあったのだが、自分が持っていないので画面上の確認作業が難しく、今のところ作成は考えていない。ま、ぼちぼちと試行錯誤を繰り返していくつもり。何かいいアイディアがあったら、知らせてくださいね。
明日、4月14日は韓国で言うところの「ブラックディ」。2月14日のバレンタインディ、3月14日のホワイトディに続くもので、愛を告白しなかった人、されなかった人がさびしくジャジャンミョンという料理を食べる日、とされている。このジャジャンミョンは黒っぽい味噌というか、タレというか、それをかけて食べる麺類である。味は、韓国の料理としては辛くもなく、個人的にはもう少し塩気か辛味がほしいと思うくらいの味だ。ものすごく人気のある料理でもある。軍隊に入営中の学生が休暇を取ると必ず食べたくなるものとして有名である。韓国に行く機会があって、辛い料理に参ってきたら食べてみてもいいかも。さっぱり系の味ではない、ということは付け加えておく必要があるだろう。
韓国の料理で何がおいしいかということを時々尋ねられるが、僕は「サンパプ」という料理が好きだ。蒸した葉野菜にご飯やキムチなどを包んで食べるもので、簡単に作れるし野菜不足が一気に解消できるということで、結構自宅でも作る。それから、日本でも人気のビビンパブ。パジョンという韓国のお好み焼きのようなものも好き。韓国というと焼肉、ということもあるが、僕は牛肉より豚肉のほうがおいしかったと思う。ごま油に岩塩をといて、それに焼いた豚肉をつけて食べるのがなんとも言えず、うまい。なんか思い出してきちゃった。
この週末には何か作ってみるかなあ。
4月12日(木曜日)
今日は新学期最初の授業の日。昨日のオリエンテーションに欠席した学生が配布物を受け取りにやってくる。本学にやってきた交換留学生4名も、他の学生に尋ねながら、受講する講義を決めているよう。
しかし、返す返すも残念なのは、学生時代に学生として外国に行かなかったことだ。ぼくが韓国に行ったのは、確かに大学院生のときではあったが、韓国では大学の専任講師として2年間働いたわけで、韓国語ができなくてもまわりの学生や事務の方、先生方がいろいろと助けてくださった。それはそれでありがたかったのだが、韓国語を練習する機会が少なかったというのも事実である。
どうせ2年間いくのであれば、学生として行ってみたかったと思う。友達でも、学生としていっていたほうが確実に、言葉がうまくなっている。
僕が学部生だった頃は、日本語ブームということもあり、留学生の数がどんどん増えていっていた頃である。日本語教育という分野がにわかに注目され、僕もそこに進学した。留学生と付き合うことは多くても、自分が外国人である、あるいは、自分がマイノリティであるという体験がないままでの付き合いは、留学生たちにとって今ひとつ物足りないものであったかもしれない。周りがいろいろと助けてくれているとはいえ、韓国で過ごした2年間、自分が「ヨソモノ」であり、「外国人」であり、「マイノリティ」であり、「加害者の末裔」という視線を浴びる生活は貴重だったと思う。
日本にいるだけでは見えないものは確実にある。それをどれだけ実感できるかというのが、これから必要ではないだろうか。
ちょっとずれてしまうが、留学生たちが書いている書類を見て参ったことがあった。名前にふりがなをつけろという。確かに、ハングルや簡体字などは読めない人が多いだろうから、そういう気持ちになるのは仕方ないと思うのだが、ローマ字標記ぐらいでいいんじゃないだろうか。 韓国語も中国語も日本語のような有声音・無声音を利用する言語ではなく、有気音・無気音を利用する言語だから、仮名に転写するのは非常に難しい。無理(無茶とも言える)といってもよい。かな文字にしたところで、正確な発音をしてもらえるわけでもないし。日本人が韓国に行って、名前にハングル標記を付けろといわれてつけたところで、実際に呼ばれたときには誰のことだかわからないことが多いというのに。
ちなみに私の妻の旧姓には「ツ」の音があった。韓国語の音韻体系にこの音はない。ハングルで転写することができず、「ス」と発音されたり、「チュ」と発音されたりした。
4月11日(水曜日)
今日もいい天気。
今日は在学生のオリエンテーションだった。就職活動で忙しいのか、4年生の参加は昨年同様低調だ。
今年、ホームページ充実のために研究成果を解説するコーナーを新たに作ることにした。何か質問などあったら、掲示板に投稿していただくか、メールを送っていただきたい。また、博士論文のオンデマンド出版作業も、後一息といったところ。もうしばらくお待ちください。
4月10日(火曜日)
どうでもいいことだが、野球が始まった。私は、スポーツが苦手な上に嫌いと来ている。見るのも、やるのもダメ。ということで、この野球シーズンをはじめとして、オリンピックだの、大相撲だの、スポーツイベントが新聞紙上をにぎわす時期になると、ものすごく憂鬱になり、新聞に関してはその面は読まないのだから、新聞代を返してほしいとさえ思ってしまうし、ニュースに関しても、もっと重要なことはあるだろうと愚痴っぽくなってしまう。テレビ全般にしても、野球中継のためにありとあらゆる番組がしわ寄せを受ける。娯楽が殆どなかった時代ならともかく、今のように、嗜好が多様化し、娯楽も個人によって千差万別であるにもかかわらず、なんで野球中継は特別扱いなのだろうか。まあ、実際は、放送局や新聞社などの系列ということもあるので、ある意味、当然の結果なのかもしれない。でも、放送時間を延長して見せる必要があるのか? どっちが勝ったかさえわかればいいじゃない。(野球好きの友人に言わせると、過程が大切なのだとのこと)
それを思うと、デジタル放送による多チャンネル化は非常に歓迎できるものだと思う。スポーツ専門チャンネルでスポーツが好きな人は情報を得れば済むからだ。僕は専ら、ニュース、映画、時代劇、といったところか。これ以上はないというほどのくだらないバラエティ番組も結構好き。番組編成も、本当に自由な競争が始まったら、かなり変化しそうな気がするが。巨人戦が20パーセントを割ったということがニュースになったのを知って、正直驚いた。今まで視聴率が20パーセント台を保っていたなんて、と。
好きな時代劇といったら、「鬼平犯科帳」なんかが一番かな。同じ時間枠で放送された「雲霧仁左衛門」なんかもよかった。
そうそう。
韓国にいたとき、やっぱり韓国の時代劇をテレビで見てて、家臣が王にむかっていっていた言葉を「ていねいな言い方なんだろう」と勝手に思い込んで使ったら大笑いされた。「さようでございまする」くらいのニュアンスの言葉だったらしい。時代劇じゃないドラマを見ていれば、言葉の練習になったんだろうな。
4月9日(月曜日)
先週末は、天気もよく、桜も満開の状態だったので、近所の土手に娘と妻と散歩に出かけた。ベンチに腰掛けて、30分くらい話をしただけだったが、気持ちよかったし、楽しかったし、なかなかよかった。
さて、今日は本学の入学式。地元の大学だからだろうか、保護者が付き添っている学生が圧倒的に多かった。大学生活は、これまでと違って自分の責任で学びたいことを学び、経験したいことを経験するところだから、その決意を保護者の方に見ていただくという意味で、入学式に出席していただくのはよい機会だと思う。
最近、僕の通っていた3つの大学と本学とをまとめて感じるのは、学生がまだまだ自立していないこと、そして、それに対して教員や事務がちょっと過保護気味ではないかということだ。学生に任せていたら何をするかわからない、ということで教員や事務局が手を出してしまえば、何をするかわからない段階が先延ばしになるだけのような気がする。4年後の卒業に際し、あるいは、数年後の就職活動開始の際に、恥ずかしくない常識や良識を身につけておくことが必要で、今のうち、失敗できるうちに失敗していくほうがずっとましだと思うけどなあ。
さて、新学期が始まって、輪をかけて忙しくなってきた。こうやってホームページの更新をしているのもお昼ご飯を食べ食べだし、そもそもお昼ご飯を食べる時間すらずれ込んだり、取れなかったりする。オフィスアワーを作ってはいるんだけどなあ。
4月6日(金曜日)
4日の夕方、学生時代の後輩からお花見の誘いを受けた。退勤途中に顔を出せるかなと思っていたのだが、仕事が片付かず、結局行くことができなかった。よく考えてみると、就職してから学生時代の友達と顔を合わせることが殆どなくなった。3月末に、母校へ資料調査に出かけたときがおそらく卒業して2回目になるだろう。私のように、学部、修士課程、博士課程を別々の大学に通った場合、自分のすんでいるところに友人がいるという確率が非常に低くなってくる。現に、一番仲のよい友達は、大学時代を過ごした愛知県に残っているし、その友達も転勤してしまえば、なおさら会いにくくなるだろう。妻のほうは、今、子供の相手をしているので、外に出かけることが難しいが、結構友達が訪ねてきてくれているようで、それなりにストレス解消しているようだ。
本学の入学式は来週の月曜日。今は事務局の方々と、各学科、各コースの助手がその準備におおわらわ。昨日になって、大学院生室の準備が済んでいなかったのを思い出し、机を運んだり、ロッカーの準備をしたりした。春休みなどの休みには学生が殆どいないので手伝ってもらうというのも難しい。別に、女子学生だからと遠慮しているわけではないのだが。今までいた大学だと、事務局の方がこういう準備は大概なさっていたし、そこで手が回らなければ大学院生が動いていたので、この大学に来て戸惑うことが多い。ま、大学院生は社会人の方が殆どなので、昼にいらっしゃることは殆どないのだから仕方がないか。
大学院といえば、今年度、初めての修了生が出る。修士論文の進み具合はどうだろう。アジア文化コースの院生の中で休日に勉強会を開いている。お互いに自分の研究を持ち寄って発表している。こういう形で研究が進んでいくのはいいことだと思う。修士論文を書くのがどれほど大変なことかをそれなりに知っているだけに、会社の仕事をしながら、家庭の仕事をしながら研究するのは、どれほど大変だろう。残りの日々を体を壊さず、充実して過ごしていただきたいと思う。
4月4日(水曜日)
注文していた本が届いた。『裏読み 深読み 国語辞書』(石山茂利夫 草思社)。「最近入手した書籍」のページで、思ったことを少し書くつもりだ。この大学には、私が研究しているテーマについて結構な量の資料がそろっており、ゆっくり研究だけすることができたらいい業績が残せるだろうなと思う。アジア文化コースの先生方のご尽力で、私は図書館で植民地時期の朝鮮の新聞を調べることができる。国語国文としての歴史の長い本学には、戦前の国語教育、国語学に関する書籍もそろっており、基本的な作業がやってしまえるのが、とてもありがたい。 今のように、一日以上席が空けられないような忙しいときでさえ、お昼休みに図書館へ出かけて資料を見ることができる。とはいえ、去年一年は、初めての一年だったから、研究や調査にかけた時間は、事務的な仕事に関わった時間の10分の1にも満たないだろう。それを思うと、学生時代には自分だけの時間がふんだんにあったなあと思う。
今回、交換留学生がやってきて、その生活の手助けをするボランティアの学生が何人かいてくれて、とても助かる。自分だけの時間をどう使うかというときに、彼女たちが出てきてくれている。妻がよく「想像力のある人」についてはなす。何かが起こったときに、そこからいろいろなことを想像して動く。阪神大震災のときも、現地で役に立ったのは携帯テレビ、水がなくても使えるシャンプー、絞ってラップをしたお絞りや雑巾だったという。留学生がやってくる、それを聞いて何を想像するか。ボランティアの学生は、何を想像して手伝ってくれているのだろう。彼女たちの中で韓国語がわかる学生なんてほんの僅か。本学では韓国語の授業もやってるんだけどなあ。関心を持つこと、想像力を働かせること、そして行動すること。人それぞれに得手不得手があるのは当然で、だからいろんな人がいるというメリットがあるわけ。
今日は、仲介の不動産屋さんではなくて、大家さんに実際にお会いできた。とてもよく気配りをなさる方だった。いっしょにお話をしていて、学生のことを大切に思ってくれていることが強く感じられた。本当にありがたいと思う。
4月3日(火曜日)
交換留学生が4名、ソウルからやってきた。自分が韓国にはじめていって暮らしたときのことを思うと、楽しみだけではなく、不安なことも多かったことを思い出す。外国で暮らすとき、やはり重要なのは友人ができるかどうか、ということだと思う。その点、僕のように講師として外国に渡るよりも、学生として外国に渡るほうが条件はいい。実際、韓国で知り合った人は自分よりもはるかに年上の大学の先生方ばかりで、今でも手紙や資料のやり取りはするものの「友達」という感覚とは違う。イギリス人の先生とも手紙のやり取り、メールのやり取りでお付き合いを続けている。今モロッコにいらっしゃるけど。
韓国で暮らしてつくづく思ったのは、意外と韓国語を使わなくても済む場面が多いということ。買い物もスーパーやコンビニだったら、しゃべる必要はないし。タクシーに乗れば地名くらいは言わなくちゃいけないけど。
幸い、今回やってきた交換留学生の世話というか、手助けをしてくれる日本人学生が何人か申し出てくれている。いい友達になってくれるといいけど。僕も日本語教育に関する研究を続けてきたので留学生と接することは多かったが、生活習慣も価値観も異なるわけだから、「同じ人間だから」と思い込んでしまうとトラブルの元になる。「違ってあたりまえ」というくらいの気持ちで接するのがいい距離を保てる原則だろう。
さてさて、アジア文化コースのホームページを見て海外から問い合わせがあった。大学院受験希望ということだったが、もうそういう時代なんだなあとちょっと感慨に浸ってしまった。インターネットは世界中に均一の情報を発信するのだから、問い合わせがあっても当然といえば当然なんだろうなあ。
3月30日(金曜日)
春の人事異動が発表され、女子大の事務局からも多くの方が栄転なさる。よく考えたら、今日が栄転なさる方々とお会いする最後の日。就職一年目ということで、本当に右も左もわからない状態の私を随分と助けてくださった。迷惑もかけてしまっている。それなのに、いやな顔一つせず、仕事をこなしていかれた姿勢には頭が下がる。本当にありがとうございました。また一緒に仕事ができる日を心待ちにしています。m(._.)m
そういえば、昨日、韓国の新しい国際空港である仁川国際空港が開港した。関西空港の2倍の規模(完成部分だけでも)だというから、東アジアのハブ空港として発展していくのではないだろうか。とはいえ、乗り継ぎはともかく、韓国に用があるときには使いにくいみたい。地下鉄も鉄道もまだ延長していないというから、高速バスかタクシーになる。その点、国内線専用に切り替わってしまった金浦空港のほうが便利がよかった。もう2〜3年後には地下鉄が接続するとはいえ、ワールドカップの時には、混乱が起こらないだろうか。
しばらくはソウル入りの方法を考えたほうがいいかなあ。バスってきらいだから・・・タクシーは高いし。
そういえば、ここ広島空港のアクセスも不便極まりないことは確かだ。まあ、市内から片道1時間というのは、ソウルの金浦空港からでもそうだったから仕方ないかも。でも向こうは首都圏の空港だし。鉄道との接続はさらに不便だから、市内からのリムジンバスを利用するのがベストだろう。これからますます飛行機を利用するようになるだろうに。何とかならないものか。
3月29日(木曜日)
ホームページを再度リニューアルした。少しは軽くなっただろうか。
先月生まれてきた娘を巡るドタバタや、年度末のドタバタでホームページの更新もままならなかった。
就職2年目の来年度は、ホームページをより一層充実させていきたいと思う。
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