論文の書き方シリーズ(3)

<注の付け方>

 注には、引用・参照した文献を明示する「引用文献注」と本文を補うために自分が書く「補注」があります。


<引用文献注>
引用:他の人の文章をそのまま引用する時には、必ず引用文を「」でくくり、注を付す。(引用はここぞと言う時に限定して短めに!)

参照:他の人の文章を少しでも変えた場合は、「」をつけず、注を付す。

出典:図、表などをのせる場合、必ず出典を明記する。
   (例)出典:経済企画庁編『生活白書』,1990年,12頁。

   データを元に自分で図表を作成した場合には、以下のようにする。
   (例)出典:経済企画庁編『生活白書』,1990年,12頁より作成。

<補注>
注釈(補注):詳しく説明したいが文章の流れが悪くなるような既述は、注釈として文末に記載すると良い。

 研究分野によっていろいろなスタイルがありますが、ここでは社会学におけるスタイルを二つ紹介します。
 スタイル1は、補注と引用文献注が分かれるので注が読みやすくなりますが、引用文献注が多い場合は本文が読みにくくなりますので、その場合はスタイル2を選びましょう。
 スタイル2の引用文献注で、「同上」と「前掲」の区別に注意してください。なお、注番号の記号の種類やつける場所に、決まりはありません。スタイルは一例です。
 引用・参考文献には、単著、単行本の中の論文、雑誌論文の3種類があります。下の例のを参考にしてください。(単著は、福武や余のものなど、単行本の中の論文は、青井や陸のものなど、雑誌論文は、李のものなどを参照。)


スタイル1:注と引用文献を分ける

・本文への補注は、本文箇所の右肩に(1)、(2)、(3)の記号をつけ、論文末の文献リストの前に一括して掲載する。

・引用文献注は下のように掲載する。
 引用文献注は本文の該当箇所に[ ]を付して[著者名(姓のみ)、西暦発行年、引用ページ]を示す。同じ年に発行された同じ著者の文献が複数ある場合には、「1988a」 「1988b」のように発行年の後にアルファベットを付けて区別する。
 引用文献は論文末の補注の後に、著者姓のアルファベット順に@著者名(外国人の場合も姓を最初に)、A刊行西暦年、B書名または論文名(日本語・中国語の場合:単行本は『 』、論文は「 」;欧米語の場合:単行本はアンダーライン<可能な場合にはイタリック体(斜体)>、論文は“ ”)、掲載誌名、巻号)、C出版社または掲載雑誌名(和雑誌の場合は『 』、洋雑誌の場合はアンダーライン<可能な場合にはイタリック体(斜体)>)D掲載頁(論文の場合)の順に一括して掲載する。また、同一の著者の同一年度に発行の複数の著書または論文がある場合には、発行年度の次にa ,b ,c ,‥‥を付する。

【例】
世界的には、日本の研究が有名である(1)。その中で青井は、「これはまいった。」と述べている[青井,1996:81]。これに対してエルダーは、青井の意見を悲観主義とみなし、否定的な評価を下している[Elder,1974:訳書14−15]。エルダーの主張は、現在の主流意見を占めている(2)

<注>
(1) 日本以外では、中国での研究が盛んである[余英時,1987][陸学芸・張厚義,1992]。
(2) しかし、エルダーの主張も、特殊日本的な状況にどれだけ応用ができるかという点については、疑問が残る。因子分析などの結果を詳細に検討すると、1980年代以降の日本の都市社会に関しては、必ずしもよい結果が得られない。ただ、これについては、本稿のテーマからはずれるので、別の機会に論じることにする。

<引用文献>
福武直,1946,『中国農村社会の構造家族』,大雅堂.
青井和夫,1996,「都市住民の生活誌」,青井和夫編『中国の産業化と地域生活』,東京大学出版会,313−339.
経済企画庁編,1990,『国民生活白書(平成2年版)』,大蔵印刷局.
Balazs,E.,1968,La Bureaucratie Celeste, Editions Gallimard.(村松祐次訳,1971,『中国文明と官僚制』,みすず書房)
Parish,W.L.and Whyte,M.K.,1978,Village and Family in Contemporary China,University of Chicago Press.
Lee,Y.F.,1989,“ Small Towons and China's Urbanization Level ”, The China Quarterly,120,771−786.
White T.,1990,“Political Reform and Rural Government ”,in Davis and Vogel E.F.(eds.), Chinese Society on the Eve of Tiananmen, Harvard University Press,37−60.
余英時,1987,『士与中国文化』,上海人民出版社.
陸学芸・張厚義,1992,「轉形社会中的農民分化」,陸学芸主編『改革中的農村与農民』中共中央党学校出版社,15−39.
李銀河,1996,「中国女性的性観念」,中国社会科学院社会学研究所社会学研究編輯部編『社会学研究』62,36−39.


スタイル2:補注と引用文献注を分けない

【例】
世界的には、日本の研究が有名である(1)。その中で青井は、「これはまいった。」と述べている(2)。青井は、大阪の事例で説明をしているが(3)、これに対してパリッシュは、青井の意見を悲観主義とみなし、否定的な評価を下している(4)。パリッシュの主張は、現在の主流意見を占めている(5)。しかし、青井自身も、パリッシュに同意しているところもある(6)

<注>
(1) 日本以外では、中国での研究が盛んである。以下の論文を参照のこと。
 余英時,『士与中国文化』,上海人民出版社, 1987年.
 陸学芸・張厚義,轉形社会中的農民分化」,陸学芸主編『改革中的農村与農民』中共中央党学校出版社,1992年.
(2) 青井和夫,「都市住民の生活誌」,青井和夫編『中国の産業化と地域生活』,東京大学出版会,1996年,313−339ページ.
(3) 青井、同上論文、10-12ページ参照.
(4) W.Parish,.Lhyte,Village and Family in Contemporary China,University of Chicago Press, 1978,PP.55-57.
(5) しかし、パリッシュの主張も、特殊日本的な状況にどれだけ応用ができるかという点については、疑問が残る。
(6) 青井、前掲論文、98ページ.


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